2020年2月 9日 (日)

牡丹灯籠

 六代目三遊亭圓生は明治の三遊亭圓朝作品を圓朝全集を読み誰からも教わらずに自分の噺に練り上げた。原作の辻褄違いを修正、改作もしている。それを晩年までスタジオで録音した。「牡丹灯籠」一、ニは1973年7月16日、19日。三、四は7月23日の録音である。久しぶりに聴き、〈圓生百席〉にはない圓朝作品を全集で読み出し面白い。解説を書いている宇野信夫氏が強調する文学としての圓朝作品の価値を実感する。

 「牡丹灯籠」一、お露と新三郎 ニ、御札はがし 三、栗橋宿・おみね殺し 四、栗橋宿・関口屋強請 

 これも圓生は圓朝の原作を途中で止めている。興味あれば圓朝全集をあたるしかない。

 

 

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2020年2月 3日 (月)

三遊亭圓朝の作品

 〈圓生百席〉で圓朝作『眞景累ケ淵』の最後を聴いた。数年前に大阪に棲んでいたころ集中的に圓生を聴いて以来だ。圓生は第八集の『聖天山』の録音で噺を打ち切っているが原作には続きがある。他の噺家でそれをやった人がいるのか詳らかにしない。歌丸師はそれをやりたかったのかも知れない。しかし、圓生の噺だけでも物語の人間関係は複雑で錯綜している。それをわかりやすく語る難しさを圓生は避けたのかもしれぬ。アカショウビンは圓朝全集をあたってみようと思う。

 ちなみに圓生の録音は次の通り。

 一、宗悦殺し ニ、深見新五郎 三、豊志賀の死 四、お久殺し 五、お累の婚礼 六、勘蔵の死 七、お累の自害 八、聖天山

 圓朝作品39作中怪談噺は四作。それが傑作揃い。矢野誠一氏は、「群を抜く傑作」(『三遊亭圓朝の明治』2012年 朝日文庫)p118)と評し、『真景累ケ淵』を怪談噺に入れているが、解説を書いている宇野信夫氏は、同作は「単なる因果噺でもなく、怪談噺でもありません。そこには、江戸末期の旗本、町人、遊芸の師匠、遊人、町娘、番頭、手代、あらゆる階層の人々が生々とえがかれております」と記しておられ、百席の中では〈人情噺集成篇〉としてまとめている。

 

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2012年1月 9日 (月)

成熟しない芸とボンボンたちの共通点

 昨年亡くなった立川談志をマスコミは天才の死と惜しんでいるが、そのような戯言にアカショウビンは与しない。談志なんてチンピラ芸人の一人としか思わない。若い頃からほとんど聞かず嫌いだからファンの諸氏には恐縮。ただ聞かず嫌いでは批評はできない。先日「らくだ」と高評の「芝浜」をレンタルCDで聞いた。しかし納得できなかった。この数年は以前にあまり聞かなかった円生をよく聴いてきた。それは志ん生と共に話芸の頂点である。そのような芸を楽しめれば談志など聴かなくともよい。眠れぬ夜に名人たちの案内で笑いの世界へ誘われていくのは何とも至福の境地と言ってもよい。談志が志ん生や円生と比べてつまらないのは歳をとり彼らの芸のような成熟がなかったからだ。成熟した芸というのは落語の世界に限らない。先ごろ堪能したウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを見聴きして痛感したのは高齢の楽員、演奏家たちが多いことである。若い優秀な演奏家たちを集めれば優れたオーケストラができるわけではない。ベルリン・フィルとの違いの一つは、そのようなところにもあるだろう。とかく世間からは疎まれがちな中高年たちだが落語の世界で横丁のご隠居の存在は不可欠である。自らはさておいて、人は成熟する生き物である、という命題の真偽を考察しなければならない。三人の噺家の録音を聴いてそう思う。

 それは政治の世界も同じである。二代目、三代目たちがデカイ面して横行する我が国の政治状況は憤りを超えて呆れるしかない。そんな状況に学者、インテリたちがもっともらしい論説を吐く現状は茶番を超えて喜劇としか思えない。既に国庫は火の車にも関わらず独自の活路が見い出されない此の国の将来は暗澹としている。

 年末から新年にかけてお笑い番組やNHKの真面目な番組までアレコレ見たけれども興味深かったのは宗教学者の山折哲雄氏が福島の現状を含めて現今の窮状を法華経の譬喩品を引いてユダヤ・キリスト教文明との違いを強調していた話だった。氏はノアの箱舟に象徴される彼の宗教の選民思想と対比させて譬喩品で説かれる火宅の中の三車一車の喩えを例にとり、一部の人だけでなく全ての人を救おうとする思想を讃する。その詳細は近いうちに再考しよう。

 最近、五木寛之氏が「下山の思想」という著書を上梓した由。これは親鸞、法然、日蓮、道元たちが比叡山で学を修めたのち山を降り世間へ出て衆生済度を実践したことを再考せよ、という主旨の本ではないかと推察する。であれば、その言や好し。

 ところで談志である。数年前に柳家小三治師の高座を池袋で聴いた。そのとき師は、まくらで志ん朝、談志の姿が彷彿とするような話をした。ある飲み屋に小三治師と談志がぶらりと入ったら志ん朝が一杯飲みながら食事をしていたそうである。すこし離れた席で二人は飲んでいて、そのうち談志が聞こえよがしに「美濃部はようー」と志ん朝をからかったそうだ。志ん生の倅、志ん朝の本名は美濃部である。小三治師は、よしなさいよ、くらいのことは言っただろうがチンピラ芸人の談志はライバルを露骨にからかった。その三人の対比にアカショウビンは納得したのである。三人の中でもっとも成熟した芸域に到達しそうなのは今や小三治師であると確信する。

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2010年1月 5日 (火)

孤高の噺家

NHKのラジオ深夜便でウィンナ・ワルツを聴いてテレビの電源を入れると柳家小三治師のドキュメンタリーを放映していた。正月の功徳である。寝て飲んでの不健康このうえない日常にも幸いは訪れる。

池袋演芸場で師の高座を聞いたのは数年前の夏だった。会社の後輩の女性が寄席へ行きたい、というのでアレコレ物色しアカショウビンの好きな小三治師でよいか、と訊ねたら、よいという。その日の前日だかに体調が悪いというので彼女はドタキャン。アカショウビン一人で会場を訪れた。アカショウビンが学生時代から聴き続けてきた噺家と出会ったのは偶然の機会とはいえありがたかった。

 その頃にテープに録って繰り返し聴いた「死神」を68歳の師が演じている。正月の功徳はここに極まる。正しく正月は冥土の旅の一里塚なのである。

 師に興味を持ったのは師がクラシック音楽のファンだということが縁だった。レコードを白い手袋でプレーヤーに載せ謹聴するという逸話も面白かった。最近のネット配信の音楽受容の若者たちからは想像できない姿であろう。しかしアカショウビンの貧しい生活のなかから割く金で買い求めたレコードを聴く行為は師の姿に強く共感したのであった。

 一昨年は師を撮ったドキュメンタリー映画も面白く観た。師も68歳という。リューマチを患うなかでの高座は苛酷である。先のブログで藤原新也氏の著書から引用したチベット僧が言うテレビはマンダラという指摘は面白いけれども映像がナマという現実と一線を画することは言うまでもない。とはいえ昨年は愛聴する米朝師のお元気な姿もテレビで観られた。今年は20代から聴き馴染んできた噺家の老いに至る姿を正月の深夜に観られ自らも老いの過程にあることを自覚する。テレビがマンダラと判ずるチベット僧の視角は興味深い。曼荼羅とは何か?と今年は考察してみようか。

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2007年12月 8日 (土)

「らくだ」

 先日、ある落語会で「らくだ」という噺を久しぶりに聴いて、かつて聴いた中味と少し違うので志ん生のテープを聴き直した。これは全集のもので昭和33年1月の録音。先の落語会では桂 伸治師を初めて聴いた。そこで面白かったのが「カンカン踊り」の「歌」である。「カンカンノキュウレンス~」という歌を伸治師は入れていた。これは何かの映画で聞き覚えがあり面白かったのでメモしておいた。その内容を究明するには至らなかったが。その音程が面白かったのである。映画では俳優の仲代達矢氏が、あの独特の低い声で唸るように語るように演じていた。その唄いには何か特別な意味も込められていたかもしれない。

 聞けば、あれは江戸時代に中国から入ってきた清楽のひとつだという。「キュウレンス」は「九連環」。

 以下は映画からアカショウビンの聴き取りである。

 かんかんのきゅうれんす きゅうはきゅうできゅ さんしならえ さーいほ しーかんさん ぴんぴんたいたい あーんも めんこがくわくって きゅうれんす かんかんの きゅうれんす(繰り返し)

 この最初の「かんかんのきゅうれんす」を伸治師の噺で聞いて、おやっ、と思ったのだ。アカショウビンが聴いた、多分志ん生だろうが、その録音の中にはなかったように思えたからだ。確かに聴き直した志ん生の録音には「かんかん踊り」と言うだけで「歌」はなかった。ところが或る人から教えてもらうと、どうも上方落語では「歌」入りだという。昨日、桂 米朝師のCD(平成元年10月17日の録音)を購入し聴いた。ちゃんと「歌」が入っている。なるほど、それは上方流なのかもしれない。名演は笑福亭松鶴らしい。録音はあるのだろうか、探してみよう。

 それはともかく。米朝師の噺は志ん生とは後半の趣がかなり異なる。酒が入ったあとの屑屋の豹変ぶりを米朝は実に丹念に描写する。それは上方落語の真髄とでもいう名演だ。小さな落語会から志ん生、米朝を聴いた幸を言祝ごう。

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