2019年3月16日 (土)

神々の黄昏

 きのうの東京新聞では福生病院での人口透析中止問題を〝こちら特報部〟で識者が論じている。〝医師による「与死」の危険〟という副題で最首 悟氏への取材記事だ。「与死」とは死を与えるである。西洋ではキリスト教の文脈で主語は神である。日本語のなかでその神はいない。その西洋的思考はジャック・デリダが展開していた。東洋的思考のなかでそれはどのように展開されるか。

 空海の思想は仏教の可能性があるとすれば現在でこそ問わなければならない。梅原 猛(以下、敬称は略させて頂く)もそういう問いを生涯のうちで反映させ、思索し続けたものと思う。それは人間という生き物に大日如来が在り、また到来するという思想が西洋哲学でいえば、世界性を有するか、という問いになる。それは〝西洋かぶれ〟から脱却する思索のなかで梅原の思索の音楽でいえば通奏低音として通底していると思われる。

 表題はワーグナーの楽劇のタイトルである。西洋音楽のなかで今なお演奏され日本も含めた世界から、その作品の上演に、それは詣でるとでもいうような聴衆がいるのは何故かという問いにもなる。アカショウビンも若い頃から聴き続け一度くらいはバイロイトという〝聖地〟で生の体験をしたいと思うが今生では叶わぬだろう。しかし幾つかの録音でその音楽を聴くと新たな刺激を受け、〝東は東、西は西〟というわけにもいかない思いになるのである。それはワーグナーとニーチェの対立としても考察できる論点だがそれは別の機会に。

 今朝の朝刊ではニュージーランドでの殺戮が報じられている。それは果たしてテロリズムなのか。むしろそれは宗教対立であろう。キリスト教とイスラム教の。それはナチズムを介して人間の歴史として、そこで存在し続けている私たちが問わなければならない根源的な問いだ。

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2019年2月 5日 (火)

宗教的土壌の可能性と政治

 昨日の東京新聞朝刊はメルケル首相のプロフィールを紹介している。2015年はシリア内戦などで中東・アフリカから大量の難民が欧州に押し寄せた年だ。そのときに「私たちにはできる」とドイツは積極的に難民を受け入れた。米タイム誌の「今年の人」にも選ばれた。メルケル政権が難民を受け入れた首相の決断には「プロテスタントの牧師の娘だった信仰心が大きく影響したとされる」と記事は記している。批判も受けたが、そこでの首相の言葉が見事だ。「非常事態に親切心を見せて謝罪を求められるなら、もはやここは私の国ではない」。それは宗教と政治が或る可能性を示した一つの証として読み取られる。それは一つの論点となりうる。それは別の機会に論じたい。

 メルケル首相の愛称はアンジーらしい。来日の政治的意図は中国への牽制もあるだろう。かつての同盟国が何を論じるか興味があるが原発では異なる両首相の間で溝はあまりに深い。しかし来日前の動きを読むとどこにお互いの回路が開かれるのか期待はできない。しかし、サッチャーといいアンジーといい、欧州の女性首相の知性の鍛え抜かれた決断と政治的判断はどうだろう。先進国で最低の男尊女卑国家は果たしてどのように改革が出来るのか実に心もとない。

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2019年2月 3日 (日)

有為とは

 菅原文太のコメントに「有為」という用語が出てくる。辞書には次のように説明されている。(仏教で)因縁によって生じたこの世の一切の現象。「有為転変(=この世の物事は移り変わり・浮き沈みが激しくて、恒常的なものは何もないという仏教的な考え方。(新明解国語辞典 第四版 金田一京助 1989年11月10日)

 世界は常に変化し、私たちもその中に存在している。しかし同時に、私たちは死者たちの視線に盲目であってはならない。文太の言葉は、遺族・仲間達の記憶とともに共闘の契機となる。それが現在を生きるということだ。そのときに仏教の縁起思想は熟考を要する。

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2019年2月 2日 (土)

菅原文太の遺志と心意気

菅原文太が逝ったあとにネットで様々な追悼の文章を読みアカショウビンも書いた。そのなかで下記の書き込みを読んだ。一度転載させて頂いたが、改めて再掲させて頂く。今こそ、その発言が鮮明に現状に光を放つからだ。

 高倉健と菅原文太。相次いでこの世を去った二人の映画スターが自分の死を伝えるテレビニュ―スを見ていたら、いったいどんな感想を抱いただろう。もしかすると健さんは自分のイメージが守られたことに安堵したかもしれない。だが、文太兄ぃのほうは対照的に、相当な不満を感じたのではないか。

 なぜなら、多くのテレビ局が故人のプロフィールについて自主規制をかけ、彼のもっとも伝えたいことを伝えなかったからだ。

 菅原文太といえば、後年は俳優というより、むしろ市民運動に精力的に取り組んでいた。メインテーマは反戦、憲法改正阻止、反原発。集団的自衛権や特定秘密保護法、原発再稼働にもきっぱりと反対の姿勢を見せ、安倍政権を徹底批判していた。その情熱は、死の1ヶ月前に病身をおして沖縄県知事選の翁長候補(新知事)の総決起集会にかけつけ、演説で戦争反対を語ったことからもうかがいしれる。

 ところが訃報当日、こうした姿勢をきちんと伝えたのは『報道ステーション』(テレビ朝日系)と『NEWS23』(TBS系)のみだった。フジ系の『ニュースJAPAN』は夫人のコメントを紹介して、反戦への思いは伝えたものの、脱原発や集団的自衛権反対など、具体的な問題にはふみこまなかった。

 さらに、日本テレビの『NEWS ZERO』にいたっては、映画俳優としての功績を紹介しただけで、政治的な発言について一切紹介なし。最後にキャスターの村尾信尚が「晩年、社会に対して発言し続けた」と語っただけだった。

 また、NHKは沖縄県知事選での演説を一部流して、社会活動に関心をもっていたことはふれたものの、なぜか夫人のコメントを一部割愛・編集していた。

 実際の夫人のコメントは以下のようなものだった。

〈七年前に膀胱がんを発症して以来、以前の人生とは違う学びの時間を持ち「朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり」の心境で日々を過ごしてきたと察しております。

 「落花は枝に還らず」と申しますが、小さな種を蒔いて去りました。一つは、先進諸国に比べて格段に生産量の少ない無農薬有機農業を広めること。もう一粒の種は、日本が再び戦争をしないという願いが立ち枯れ、荒野に戻ってしまわないよう、共に声を上げることでした。すでに祖霊の一人となった今も、生者とともにあって、これらを願い続けているだろうと思います。

 恩義ある方々に、何の別れも告げずに旅立ちましたことを、ここにお詫び申し上げます。〉

 ところが、NHKはこのコメントから「無農薬有機農業を広める」というくだりと「日本が再び戦争しないよう声を上げる」というくだりを丸々カットし、以下のように縮めて放映したのだ。

〈「落花は枝に還らず」と申しますが、小さな種を蒔いて去りました。今も、生者とともにあって、これらを願い続けているだろうと思います。〉

 これでは、どんな種を蒔き、何を願ったのか、まったくわからない。いやそれどころか、「これら」が「落花は枝に還らず」という言葉をさしているように解釈されてしまう。少し前、川内原発再稼働の報道をめぐって、原子力規制委員会の田中正一委員長の発言を編集した『報道ステーション』がBPOの審議対象になったが、もし、あれがBPO入りするなら、このNHKの菅原夫人コメント編集も明らかにBPOの対象だろう。

 いったいなぜこういうことが起きてしまったのか。

「例の自民党からの通達の影響です。公示期間中なので、選挙の争点に関わるような政治的な主張を取り上げると、後で何を言われるかわからないと、各局、びびってしまったんでしょう。ただ、日テレの場合はそれを利用した感じもしますね。読売はグループをあげて、安倍首相を応援していますから、通達を大義名分にして、自民党に不利になるような報道をやめさせたということでしょう」(民放関係者)

 しかも、この自主規制は翌日のワイドショーをみると、さらにひどいことになっていた。日本テレビ系の『スッキリ!!』や『情報ライブ ミヤネ屋!』が一切触れないのは予想していたが、TBS系の『ひるおび!』でも映画俳優としての足跡のみを特集し、政治活動については全く報道しなかったのだ。

「前日の夜に『NEWS23』と『報ステ』が『菅原文太の死を政治利用している』『反戦プロパガンダだ』と大炎上したんです。抗議も殺到したらしい。それでTBSはビビったのかもしれません」(前出・民放関係者)

 驚いたことに、テレビの世界では「護憲」「反戦」がタブーになっているらしい。いっておくが現時点では日本国憲法が日本の最高法規であり、戦争に反対するというのは大多数の国民の願いでもある。ところが、それを軽視することがタブーになるならまだしも、逆に尊重することがタブーになってしまっているのである。

 おそらく、こうした状況に一番、無念な思いをしているのは当の菅原だろう。強いものにすり寄ることしかしないこの国のヘタレマスコミによって、命をすり減らしながら叫んだ言葉が葬り去られてしまったのだから。

 だったら、その無念の何百分の一でも晴らすために、最後に菅原が雑誌の対談やインタビューで語った発言を紹介しておこう。

「憲法は変えたらダメだと思っている。戦後68年間、日本がどこの国とも戦争をしないで経済を発展してこれたのは。憲法九条のおかげだよ。九条は世界に誇れる日本だけが持っている宝ですよ。」(カタログハウス「通販生活」)

「戦争を知らないバカどもが『軍備をぴっちり整えなくちゃダメだ』とか言いはじめている。そういう国情って、まったく危ういですよね。それを防ぐためにはやっぱり、筋金入りの反戦家が増えてこないといけないし、それが大きな力になると思うんです。」(小学館「本の窓」2012910月号)

「安倍さんの本当の狙いも集団的自衛権というより、その上の憲法を変えることにあるのかと思うのだけど(中略)拳を振り上げ、憲法改正を煽りたてる人たちは、いざとなったとき戦場には行かない人たちじゃないですか。

 出て行くのは無辜の民衆だけで、その結果、沖縄戦で二〇万人。広島と長崎で三〇万人、戦地では何百万人とも言われる有為の青年たちが命を落とした。それを繰り返すのではあまりに情けない。」(「本の窓」20136月号)

「安倍首相が『日本人は中国で何も悪いことをしていない』というようなことを言ってるんだから。(中略)日本はドイツと違ってすぐに過去を忘れて、ニワカ民主主義者が反省もなく生まれて、戦後ずっと来てしまったじゃないですか。上がそうだから、若い連中まで『虐殺はなかった』なんて言ってる。なぜ謝罪をしないのだろうか?」(「本の窓」20137月号)

「まさに戦争を知らない安倍、麻生、石破の内閣トリオは異様な顔ぶれだね。この異様さに、国民も、マスコミも、もっと敏感になってほしいよ」(「本の窓」201312月号)

「平和憲法によって国民の生命を守ってきた日本はいま、道を誤るかどうかの瀬戸際にあるのです。真珠湾攻撃に猛進したころと大差ありません。」

 

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2019年1月29日 (火)

法の精神

 ナンシーやラクー‐ラバルトがナチズムを考察するなかでハンナ・アーレントの全体主義の考察を踏まえているのは明らか。それはまたハイデガーやヤスパースの哲学の考察、批判をも兼ねている。彼らの教え子、ハンナの著作は読み解かなければ大戦後の世界は語れない。それを踏まえた論考なのは言うまでもない。  『全体主義の起源』という三部作で戦後論壇に鮮烈な思想家、政治哲学・思想家として登場したユダヤ人の論考は西欧キリスト教思想の伝統に痛烈な思考として閃光を放ったことがアイヒマン裁判の論考によって通棒を食らわしたことは周知の通りである。全体主義との対決に後半生を費やした思索、論考はヤスパースやハイデガーの思想を受け継ぎ、批判し新たな地平を開いている。同時に師たちと同じく、その思索、考察、著作は現在の世界まで射程を有している。

 「理解と政治(理解することの難しさ)」(『アーレント政治思想集成2』所収 2002年 みすず書房)が、J・コーン編の論考の邦訳の副題「理解と政治」の副題になっている。現在の我が国の政治情況でハンナの思想は鮮やかな批判として読める。それは法の破壊という憲法破壊として全体主義の微候となって現象しているのではないか?

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2019年1月22日 (火)

ほとほと愛想がつきる二枚舌

  先の経団連会長の「再稼働どんどんやるべきだ」の発言に本日の東京新聞コラムで鎌田 慧氏が皮肉と怒りを突き付けている。その前に中西宏明という日本財界の〝最高司令官〟は、「国民が反対する原発はつくれない」と語っていたではないか。これを日本語では二枚舌、騙りというのだ。正にアンポンタン以前の思考力ゼロというしかない。

 それはまた金満国家を引率する〝指導者〟の拙劣な知力を明かして余りある愚劣だ。

 「政治という虚構」の著者、フィリップ・ラクー=ラバルトは、「ハイデガーの「貧しさ」」(2007 藤原書店)でドイツの国民詩人ヘルダーリンとハイデガーを介してマルクスを論じている。ラクー=ラバルトが注釈する深読みというか裏読みとも思える思索に共振してアカショウビンも屋上屋を重ねる愚を恐れるも再考しよう。

 ハイデガーが1945年のドイツで身近な聴衆に語った意図を探ることは苛烈な時代を生きた有数の思索者、哲学者の豊饒とも孤高とも思われる思考に分け入ることである。異民族の抹殺を踏まえて自民族の世界支配を目論んだナチズムに関わった哲学教師の戦後の思索、考察、論考は再考、再々考に値する。そこでは人類史を俯瞰し有とも存在とも訳される概念を生涯かけて思索した稀有の思考があるからだ。マルクスに深く影響されたと推察されるラクー=ラバルトがユダヤ人という出自を込めて読解を試みるハイデガーというナチと関わった稀有の哲学者の思索に踏み込み述べる晩年の論考は後に続く者たちにとって避けて通れぬ通路である。

 ラクー=ラバルトはハイデガーの「貧しさ」という演題の講演について当時ハイデガーが初期マルクスの論考を読んでいた筈だと推察し「プロレタリアート」という概念との関係性を指摘する。それはハイデガーがキーワードのように使用する「精神」「本来的」という術語に対するリオタールやアドルノの異論、反論とも呼応する。

 ハイデガーは冒頭、ヘルダーリンの次の言葉を引用している。

 我々においては、すべてが精神的なものに集中する。我々は豊かにならんがために貧しくなった。

 そしてギリシア以来の西洋史に於ける「精神は質料の対立項だといわれて」いる〝精神〟の来歴が述べられ、「ロシア・コミュニズムと名づけているものは、ある精神的な世界に由来するのだと、まったく誇張なしに言えるのである」と説く。更に「これは当時の時代情勢に於けるひとつの事実を歴史学的に確認した言葉では決してなく、<存在>そのもののうちに隠された生起の、つまり来るべきもののうちにまで届くはるかな射程をもつ生起の、思索と詩作による命名である」と述べる。(同書p16

 そしてラクー=ラバルトも指摘している次のハイデガーの独特の考察は熟考しなければならないだろう。

 しかしながら、貧しさの本質はある<存在>のうちに安らっている。真に貧しく<ある>こととは、すなわち我々が、不必要なものを除いては何も欠いていないという仕方で<存在する>ことを言う。

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2019年1月 6日 (日)

女たちの声

 東京新聞、4日、5日の夕刊に上野千鶴子さんと荻上チキさんの対談が掲載されている。タイトルは「共に生きる~ポスト平成の男女平等論~」。未だに男女平等がない日本の現状を痛烈に告発している。性差とジェンダーの違いに鈍感な日本という国を記事を読んで痛感する。

 昨年12月に世界フォーラム(本部・ジュネーブ)が発表した2018年版「ジェンダー・ギャップ指数」で、調査対象149ケ国のうち日本の男女平等度は先進7カ国(G7)で最下位の110位という。基準は男女収入格差、女性国家議員の少なさなどらしい。何とも暗澹たる思いになる。これだけ経済的に豊かになった国が世界のなかでこの有様である。

 職場で下層労働に従事するアカショウビンは中高年に対する現場の対応はまだしも楽なほうかとも思う。女性達と中高年の賃金格差はほぼ同じとも思うから彼女達の現状には敏感にならざるをえない。記事を読み、その現状がこの国のていたらくに唖然とするのである。  

 この国の労働現場で「性被害は矮小化」(荻上)され、先の性差別入試で、それは「発覚」(上野)した。上野さんが述べている、昨年4月の集会で、若い男性が「これは僕らの問題です」という発言に上野さんは「大きな変化」と述べる。アカショウビンの労働現場で若い男の言葉にその一端は聞きとっている。しかし、それはまだしもアカショウビンを含め男どもの現状は情けないものと記事を読んで反省する。

 その現状はどのように改革されるのか。それは現在を生きる私たち日本人に突きつけられる問いである。しかし日々を生きるなかで回答し現実を生きねばならない。それは未来を生きる者たちの実現する世界である。先のブログで書いた黒人作家、ボールドウィンの米国の現状に対する告発と共に、それは洋の東西南北を問わない喫緊の問いである。

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2019年1月 1日 (火)

最悪な時代

 『ダンシング・ベートーヴェン』のなかでイスラエル・フィルを指揮しこの公演に参加した指揮者のズビン・メータはモーリス・ベジャールの娘の質問に答え、この時代は過去300年間で最悪な時代だ、とシリアやイラクの現状を引き答えている。小澤征爾のインタビューでの思いもそれと共振するだろう。

 アカショウビンは昨年公開された『私はあなたの二グロではない』(ラウル・ペック監督)という映像で米国での黒人、白人の抗争を見てそれを痛感する。小澤征爾が居を据え活動したボストンや米国各地で小澤は生のアメリカという国を熟視した筈だ。それは一人の有色人種が白人社会で音楽を介して渡り合うということである。差別や冷笑、嘲りもあっただろう。其の中で小澤は確固たる地位を築いた。それは日本人、東洋人の誇りである。メータもしかりだろう。そのコメントは一人の指揮者も社会と切り結び生きているということだ。彼らの音楽で精神を鼓舞されるアカショウビンも多くの音楽好きもそうだろう。そこで悩み、救われ、精神を活性化させる。それが人間という生き物の不可思議なところなのだ。

 『私はあなたの二グロではない』で作家のジョージ・ボールドウィンが語る話もメータや小澤征爾の語りと間違いなく共振している。それは現在の米国でも日本でも九割の白人、日本人に理解されない事実と歴史だろう。しかし人間の歴史には時に光明が射す。その一瞬の光はベートーヴェンが最期の際に見た光かもしれない。しかし、それは意志があれば、現在を生きる私たちにも可能かもしれない。その意志は人それぞれに千差万別の勁さを求めるだろうが、それに応える価値は間違いなくあるとアカショウビンは信ずる。

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2018年12月21日 (金)

幾つかの論点

 先日、討ち入りの日の前に忠臣蔵の映画が見たくなりレンタルショップで一本借りた。『赤穂浪士』松田定次監督の昭和36年作品だ。モノクロームかと思ったが実に鮮やかなカラー映像に驚いた。それに大スター揃い踏み。東映創立10周記念というから力の入れようも映像からひしひしと伝わる。劇場で観客も固唾を飲み楽しんだ事だろう。松田監督は三度目の題材らしい。制作、配給会社の東映も総力を挙げたのが作品を観ればよくわかる。。大石内蔵助は片岡千恵蔵、吉良は月形龍之介。市川歌右衛門、山形 勲が熱演している。浅野内匠頭は大川橋蔵。萬屋(当時は中村)錦之介兄弟も若い。とにかく、今観て映画産業全盛期の屈指の作品と思う。それにしても日本人は何故そんなに忠臣蔵が好きなのか。それは日本文化の一つの論点たりうるだろう。

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2018年11月25日 (日)

英霊と英雄

1970 年11月25日。この日をアカショウビンにとっても、此の国の歴史でも特筆される日として忘れてはならないだろう。何か書いておかねばならないとあれこれ愚想した。しかし体力も気力も衰弱し、切っ掛けが掴めない。昨年も一昨年も引っ越しや入院、手術の慌ただしい日常で集中して書こうという気力が湧かなかったのだろう。その前の年に書いたものが引き続き思考を継続するに過不足ないと思うので、それを再掲する。

 この10年間に何度かこの日に三島由紀夫についての考えは述べてきた。三島に関する論考で近年、精読したのは保田與重郎のものである。「天の時雨」と題された論考は保田が文芸誌に書いた五つの論考から成る。(200010月8日新学社 保田與重郎文庫22「作家論集」) 保田は三島の死の前に「日本の文學史」(2000年4月8日新学社 保田與重郎文庫20)の全24章のうち第16章「南朝の文學」を書き終え、新潮12月号に掲載された。保田與重郎文庫には〝後記〟として昭和47年4月17日に記された一文が付け加えられている。

その中で保田は三島の自刃、自裁を次のように述べている。「三島氏の激文並に命令書は、日本の文學の歴史を考へ立言するに當つて、一箇眼目となすべきものにて、わが日本の文學史の信實である」。続いて保田は吉田松陰の刑死の七日前、安政61020日の書簡を引き、「私はこの義を以て、わが日本の文學史の永遠の思ひとするのである」と書いている。

このような論考は現在の我が国の文学風土、思想風土にどれほどの影響を与えているかアカショウビンは詳らかにしない。しかし、それを土台にせずして日本文学も日本思想もあり得ない。それは〝憂国忌〟などとして保守の論客や一群が気勢を挙げて三島を政治的に頑弄する事とは一線を画す。作家、文学者としての価値が先ず優先される。その中で三島の死を、小林秀雄と江藤淳が対談で考えを異にしたことはかつて書いた。そこが現在のアカショウビンの三島由紀夫という作家に対する眼目である。つまり三島の死は江藤が言うように三島の「単なる病気」ではなく、小林が言うように松陰の死という事実に比肩される日本の歴史の中に繰り込まれるべき歴史事実という視座である。それは恐らく左右両翼の論説を超えた日本という国の歴史に関わるものだ。そこには人間観、世界観も含めて哲学者が、現存在、現有と捉えた生き物の歴史と存在(有)が照射され考察されなければ解き明かされない実存の歴史事実だ。先ず、熟考された問いが立てられなければならない。それに対する回答が与えられる。そこからしか真理、真実への道筋は切り開かれない。三島由紀夫の死と生き方、死に方は、そこからしか捉えられないと言ってもよい。

高校生にとって、あの〝事件〟の衝撃は強烈だった。国語の教師は興奮して授業を中断し、三島由紀夫が、どういう作品を書き、どういう小説家なのかを演説した。何より同級生が持ってきた、朝日新聞の夕刊に掲載された、介錯された三島の首の写真が〝事件〟の凶々しさを象徴していた。象徴というより、それは自分たちが生きている社会の生々しい現実としてアカショウビンには痛烈な印象を与えた。三島の死を遥かに越えて還暦を越えた歳になり、未だに熟考を要する歴史事実の一つとして脳裏に明滅する。

 それは政治的状況や文学的な解釈を超えて、一人の小説家、男の精神領域への好奇心と興味、関心を伴い高校生の日常に割って入ってきた衝撃だった。政治的にも文学的にも〝事件〟の影響は幽かなものになっている。しかし、近年の論考では渡辺京二氏の「三島の意地」(『未踏の野を過ぎて』2011年11月25日 弦書房)と題する一文が興味深かった。一人の小説家の苛烈な死に様は、江藤 淳が揶揄したような〝病気〟ではないと確信する。それは小林秀雄が、それに対して応えた歴史的意味づけがされる〝事件〟とアカショウビンは理解する。

 何年か前に大観の展覧会で大観の作品群を観て三島の文学作品も日本という国の歴史、敢えて言えば世界史の中に位置づけられてしかるべき内容を含むと確信した。大観作品の奇矯は三島の死の奇矯と相通じる筈だ。それが此の国の〝歴史〟を通覧するときに炙り出される典型的な現象なのではないか?大観の大柄な金屏風絵の寒山拾得の表情の狂気の如き笑いは三島の高笑いの表情を想い起こさせる。それは娑婆の現実に対する理想家の拒絶とも唾棄とも解釈される意味性を持たないだろうか? 戦後を生き延びた死にそこないの人生に決着をつけたのが、あの〝事件〟であることは前後に自裁した人々の精神風景と近似しているのではないか?それは現在の政治状況、文化的現在とも共振し合っているのではないか?

 以上でアカショウビンの三島由紀夫という作家への考察は尽きるといってもよい。しかし、きょう、あれこれ以前のことを想い出すと、新たな思考も生じてくる。たとえば『豊饒の海』の中で主人公がワーグナーのレコードを聴く場面がある。それはフルトヴェングラーの指揮するものだ。高校から大学の頃に何度か読んで、その場面が妙にリアルだった。アカショウビンがフルトヴェングラーの録音や映像を繰り返し聴き見ていたこともある。そこで三島がワーグナーの『ニーベルングの指輪』の主人公、ジークフリートに自分の生き方を投影させていたという可能性はないだろうか。英霊という言葉のなかには英雄という含意がありはしないか。本日はそのようなことを、つらつら妄想しながら一日を終えた。

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