2020年9月14日 (月)

希望はあるのか

 ラウル・ペック監督の『私はあなたのニグロではない』(2017年)は冒頭、ジェイムズ・ボールドウィンが1979年6月に書き始めたた『リメンバー・ディス・ハウス』の記述から始まる。続いて、1968年、テレビ番組に出演したボールドウィンの発言が引用される。キャスターの「黒人の市長も生まれたのに、なぜ黒人は悲観するのか。これだけ世が変わっても希望はない?」との質問にボールドウィンは答える。「希望はないと思っています。問題をすり替えている限りね。これは黒人の状況の問題ではありません。それも大切ですが、一番の問題は、この国そのものです」。これが、この作品の導入部だ。続いて苛烈な暴動の写真が引用されクレジットに。

 続いて、ボールドウィンの作品執筆の動機が記述される。〈1979年6月30日、(中略)夏は始まったばかりだが、すでに晩夏のように感じる。私は55歳になる。これから旅に出る。この旅に出なくてはいけないと、ずっとわかっていた〉。映像は転じてキング牧師の1955〜1956年のアラバマ州モンゴメリーのバス・ボイコット運動に関するスピーチ。マーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師は、殺される1968年まで精力的に非暴力抵抗運動を続ける。メドガー・エヴァーズは1963年、マルコムXは1965年に殺される。彼らより年長のボールドウィンは忸怩たる思いだっただろう。その思いが1979年の著作の動機となったわけである。

 白人市民会議のレアンダー・ペレスは、「自分の子供の学校に黒人が来たら、子供を愛するまっとうな親なら子供を転校させるべきだ」と演説する。白人女性は、「殺人や不倫は神もお赦しくださる。でも人種統合についてはお怒りよ」との賜う。1957年、アーカンソー州リトルロックのセントラル高校では、15歳の黒人高校生、ドロシー・カウンツが同級生たちに唾を吐かれ罵られた。その写真と記事がフランスの新聞でも掲載された。当時フランスに住んでいたボールドウィンはそれを読み、「ドロシーは、誇りと緊張、苦痛の表情を浮かべながら、彼女は学び舎ヘ向かった。背中に嘲笑を浴びて…私は憤怒した。憎しみと同情にかられ、また恥ずかしくなった」と書く。そして、その晴れた午後、フランスを発つと決める。アルジェリア人や黒人問題について、バリで議論している場合ではないと思ったからだ。アカショウビンも、この写真を脳裏に刻みボールドウィンの憤怒を共有しよう。

 果たして希望はあるのか。現在まで続く米国の人種差別は、ボールドウィンの発言を裏付けているように思える。

 先日、スパイク・リー監督の『ブラック・クランズマン』(2017年)を観た。KKKヘの侵入捜査という内容だ。『マルコムX』(1993年)をとった監督のなかで米国の人種差別問題は持続している。それはまた、ハイチ出身のラウル・ペックの作品となって共振する。人は希望をもつ生き物だ。しかし、その実現に至る困難は歴史が示している。しかし、絶望するのは早い。闘いは続いているのだ。私たちは、それにどのように共闘できるのか。その問いから始めよう。

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2020年9月11日 (金)

咄咄咄

 先日、友人から送られてきたDVDで、『日日是好日』(2018年 大森立嗣監督)を観た。なかなかの佳作だった。茶の湯の作法が丁寧に描かれている。そこで連想したのが、岡倉覚三こと天心の『茶の本』である。英文で1906年に出版された原著は仏訳も独訳も出ていたのに、何と23年後の昭和4年にやっと村岡  博氏によって訳され文庫になった。

 全7章は次の表題が付されている。

 ①人情の碗②茶の諸流③道教と禅道④茶室⑤芸術鑑賞⑥花⑦茶の宗匠

 天心は、茶の湯と禅を介して東洋思想を西洋に示したのである。同書は茶の湯の入門書や解説書ではない。その精髄を天心の思想を通じて概括したものである。表題は利休の辞世に関した漢語だ。トツトツトツと読む。注釈で村岡は雲門の偈を引いている。その中にある。

 天心は同書の第七章の〈茶の宗匠〉で利休を紹介し辞世を同書の締め括りとする。

 人生七十 力囲希咄 吾が這の宝剣 祖仏共に殺す

 

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2020年9月 3日 (木)

反骨の90歳  

 毎月、3日に国会議事堂前で続けられているという、澤地久枝さんの安倍政治抗議集会に参加してきた。車椅子の澤地さんに挨拶もできた。落合恵子さんも来られていた。参加者は170名。シュプレヒコールはなし。「アベ政治を許さない」のブラカードが参加者に配られ、午後1時からそれを議事堂に向けて掲げ意思表示する。高齢者が多かったが、高齢者だからこその行動と意思表示だろう。

 アカショウビンは抗議集会というものに参加したのは、学生時代に水俣病の映画上映が九段会館で行われた時にカンパして以来だろうか。政治デモにも参加したことはない、当時の流行語でいえばノンポリである。しかし、政治党派には属さなくとも政治については考えている。高校生の頃の三島事件は衝撃だった。マルクスもヘーゲルも読んだ。当時、学生の間で必読書だった吉本隆明は、その後も著作には眼を通し、多くを学んだ。

 それはともかく、澤地さんの著作、活動には常々関心を持っていたのである。退院いらい体調ははかばかしくないが、身体が動くうちに行動し、意思表示しなければならぬ。松蔭を借りれば、やむにやまれね大和魂である。反骨という漢語は女性に似つかわしくないかも知れぬが、敢えて90歳の澤地さんの強靭な意志を讃え使わせて頂く次第である。

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2020年8月21日 (金)

ざわわ、ざわわ、ざわわ

 夏に聴く曲で『サトウキビ畑』は、格別な気持ちを掻き立てる。きょうは、鮫島有美子の録音で。何度聴いても嗚咽、慟哭せずに聴くことはできぬ。歌詞は悲しみ、思慕の情を伝える。沖縄戦の地獄は、このような反語のような作品となって私たちの現在を問う。それに、どのような回答ができるのか。それはまた、日本国家と日本人に静かな、深い憤怒として突きつけられるのだ。

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『ショアー』記憶されえぬもの、語りえぬもの

 先日、NHKの『アウシュビッツ  死者たちの告白』の感想を書いたときに少し言及したクロード・ランズマン監督の『ショアー』について少し補足する。

 この作品が日本で上映にこぎつけたのは作品の公開から約10年後の1995年である。同年には高橋武智氏の訳で作品社から書籍として出版されている。それは詳細な、映像の翻訳の労作である。それを少し読むと愚想を促される。友人に尋ねると、You tubeにもアップされてないらしい。何せ9時間半の長尺である。分けてアップしても商売にならないのかもしれない。それなら再映はできないのか。これも難儀な話だろう。しかし、書籍と異なり、映像の衝撃は多くの人々を驚愕させるだろう。是非、再公開を希望する。

 序文を寄稿しているシモーヌ・ド・ボーヴォアールは、「大戦後、ゲットーについて、絶滅収容所について、何と多くの証言を読んで衝撃を受けたことか。が今日、クロード・ランズマンのこの並外れた映画を観て、われわれは実は何も知らなかったことに気づくのである」と書いている。それはまた、われわれが、『アウシュビッツ  死者たちの告白』を観て痛感することである。

 

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2020年8月19日 (水)

『アウシュビッツ 死者たちの告白』を観る

 アラン・レネ監督の『夜と霧』を観たのは高校のころ渋谷の映画館だった。観終わり街の喧騒が違う世界のように思えた。強烈な体験だった。自分の存在とは何か。歴史事実とは何か。様々な問いが私の中に吹き上がった。その体験はいまだに私の中に重い錘となって揺れ続けていると言ってもよい。

 NHKテレビで放映された『アウシュビッツ  死者たちの告白』を観た。テレビの見られないアカショウビンに、友人のIさんは、録画した映画やドキュメンタリーを送ってくれる。他の友人ともその話になり気になっていた番組だった。

 番組は、戦後新たに発見された資料を元に構成されている。それはナチスに協力し、ユダヤ人同胞をガス室に送る役割をになった〈ゾンダーコマンド〉たちが残したメモや日記が発見されデジタル技術で解読された驚くべき生々しい事実である。アウシュビッツの絶滅収容所で殺された遺体は、髪の毛はクッションなどに再利用され、金歯は抜かれ延べ棒に加工され売買され、骨は粉々に砕かれ焼かれた肉体と共に灰として近くの河に捨てられたという。当時の事実は既にフランクルの『夜と霧』で一端が知られている。しかし、その後もドイツでは歴史事実の全貌を明かすべく緻密で粘り強い研究、資料発掘が続けられていた。フランスではアラン・レネ監督のあとクロード・ランズマン監督が、隠蔽された歴史事実を暴く仕事を継続した。『ショアー』では、生き残ったユダヤ人が、その河を遡る。河に流された遺体の灰は一人あたり約640グラムだったという。

 この苛烈な歴史事実を私たちは、どのように受け入れることが出来るのだろう。そしてどのように自らの行為に反映させられるのだろうか。そのような問いを、この歴史事実は突きつける。亡命政権のあった英国ではゾンダーコマンドからの情報を知っていたが、英国政府はユダヤ人たちをナチスが国外に追放すれば、自国労働者の仕事を奪うことになり、政権維持を困難にするということから、ナチスのユダヤ人虐殺を阻止することを黙認したという。。何という事か。人類史上前代未聞の蛮行が政治判断のうえで実行されたのだ。政治とは何か。行政府の行為とは何か。そのような問いにもこの映像は私たちを導き促す。 

 それは日本の戦争を問い直すことにも導く。8月15日を過ぎてなお新たな思索を私たちは継続しなければならないのだ。

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2020年7月18日 (土)

令和の隠遁

 友人のIさんは会社を自ら辞めハローワークで求職中である。まだ元気に仕事が出来るのは羨ましい、と言いたいところだが還暦を既に過ぎ身体の不調もあちらこちら出てくる歳になり、まだ働かねばならないのはさまざまな事情がなせる事である。家庭の経済的事情しかり、社会的立場しかり。しかし、働き蜂と外国から揶揄された此の国で他の選択は果たしてそんなにないのか?

 幾つものガンを体験してきたアカショウビンには同様の体験をされている俳優の黒沢年雄さんのように元気に仕事をされる力はあまりない。社会とは一線を画し不自由な身体を引きずり、静かに生きる手立てを探す昨今である。

 そこで模索するのが中世の隠者という生き方である。隠遁とはナカナカ含蓄のある漢語ではないか。あるいは隠棲。落語では、ご隠居である。先のブログの三島由紀夫からすれば一蹴、一喝されるだろうが、それは現在のアカショウビンには何とも魅力的に思える。病をかかえ楽隠居というわけにはいかぬが、それを自覚的に実践する楽しみはありそうだ。

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2020年7月17日 (金)

三島由紀夫対東大全共闘

 先日、学生時代いらいの友人Iさんから郵便が送られてきた。新聞記事である。しかも3月25日の朝日新聞夕刊。『二十歳(にじゅっさい)の原点』(1971年  高野悦子著  新潮社)に関する記事だ。作家の関川夏央氏の一文も掲載されている。Iさんが何故この記事を送ってきたかは訊ねていないが何となく気持ちは伝わった。同じ歳で付き合った頃に読んだ感想をアカショウビンに求めたのだろう。同書は評判になり、映画化もされた。アカショウビンは単行本を読んだかどうか覚えていないが、映画の記憶は微かにある。著者は立命館大学三回生の1969年6月24日未明に鉄道自殺した。当時の燃え上がった学生運動に参加し悩み苦しんだ果ての選択である。それは関川氏が書いているように「いたましく思える」死だ。

 三島由紀夫が東大全共闘に招かれ討論したのは高野さん(以下、敬称は略させて頂く)が自死した前月の5月13日、東大駒場キャンパス900番教室。三島は〈楯の会〉を組織し当時の左翼に対抗していた。それはマスコミの揶揄も浴びる中での「本気の」行為、行動だった事は『太陽と鉄』『文化防衛論』『若きサムライのために』などの著作が示している。それらの著作を読んだのは三島の死後かなり後である。アカショウビンは三島の事件の時はまだ高校生だった。三島由紀夫の著作は若い頃の小説を幾つか読んだだけで作家の名前を知っているくらいのものだった。しかし、同級生が持ってきた朝日新聞の写真には驚愕した。そこには介錯された三島の首が写されていたからだ。そのような最期を選んだ作家とは何者なのか、という疑念は現在のアカショウビンに持続している。それが若い監督(豊島圭介氏は1971年生まれ。49歳だから若くもないが)によって映画化されたのは、何故今ごろ、という興味ともなったのである。しかし、現在の大学生たちの政治意識と行動は当時と雲泥の差があるのに唖然とするのはアカショウビンばかりではあるまい。豊島監督にとっても、そのあたりが三島由紀夫に関心を深めていった理由のひとつかもしれない。

 『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』と題したこの作品には、当時のTBSテレビの映像と共に「三島を論じる文化人」や元楯の会、元東大全共闘の面子に豊島監督がインタビューしている。三島と親交があった瀬戸内寂聴も感想を述べている。その中で、もっとも三島の作品、行動に精緻な分析をしているのは、小説家の平野啓一郎だ。1999年の芥川賞作家である。また、現在活発な著作、言論を展開しておられる内田 樹(たつる)氏もコメントを述べている。

 作品を観終えて同行した方と食事をしながら感想を交えた。彼女は当時学生で運動の渦中で事件を知ったわけで高校生のアカショウビンとは、まるで異なる感想をもっているのは当然だ。言ってみれば、三島とは対極の立場である。しかし、作品を観て三島の学生たちに対する真摯な言動に感心していた。それは、あの場にいた約千人の学生たちも同じなのではないかと思われる。また、この映像を観た観客たちにも。それほど三島由紀夫という作家は真面目に息子、娘のような若者たちに対峙した。それを新たな構成で映像化したのが、この作品の手柄である。

 高野悦子という女学生の死と小説家の死はあまりにかけ離れているようで、時代の奔流の中での痛ましい死と思える。しかし、それは本人たちの勁い意志によるもので、その善悪は問えない。我々はそれを自らの生き方で解釈し思索、行動に移すのみである。

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2020年7月 6日 (月)

建国の精神

 先週金曜日7月3日の東京新聞〈本音のコラム〉のタイトルは「マスクをしない自由」。北丸雄二氏は、「彼らはマスクをしない自由を唱えます」と述べアメリカの建国の精神を説明する。清教徒たちが英国国教会という権威から逃れて建てた国というのは教科書で学んだ。しかし「自治から始まったので、連邦政府すら要らない、税金さえ払わないという考えが今でもあります」とは知らなかった。憲法修正第二条には「政府が変なことをしたら人民が銃を持って立ち向かう権利も保証されます」という条項も未だに銃規制が困難な理由というのも目からウロコだ。この日が7月4日、アメリカ独立記念日の前日に掲載されたのも北丸氏の意志の含みが察せられる。アカショウビンは、『アメリカの黒人演説集』で1852年のフレデリック・ダグラス氏の演説論考「奴隷にとって七月四日とは何か?」を読んだばかりなのも奇遇だ。

 同じコラムの6月27日の記事。タイトルは「これも差別」、師岡カリーマさんがパレスチナ自治区のエリコで行われたデモを伝えている。トランプ政権とイスラエル両国の国際法違反の暴挙を告発する。パレスチナ差別の歴史は長い。ドイツでユダヤ人殲滅の被害を被ったユダヤ人がイスラエルでパレスチナ人達の土地を奪い殺戮行為を繰り返す。それはベトナムでも繰り返された構造と同じだ。人間は歴史から学ばない。進歩とは共同幻想でしかない。

 デモには英国、日本の外交官も参加したらしい。「占領軍による一般市民殺傷のニュースも日常茶飯事。これが天下の超大国のお墨付きで横行し、抗議の声は世界に届かない」と師岡さんは嘆く。

 しかし、奴隷制度の残滓を未だに残す〈超大国〉の罪は〈世界法廷〉で裁かれねばならぬ。

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世界法廷を機能させよ

 きょうは先日友人のI くんに差し入れてもらった文庫を読み喝を入れる。マルコムXの演説だ。『アメリカの黒人演説集』(荒このみ編訳 岩波文庫 2008年11月14日)所収。暗殺される一年たらず前、1964年4月3日、オハイオ州クリーヴランドのコリー・メソディスト教会で行われた。「The Ballot or the Bullet」(投票権か弾丸か)というタイトルだ。かつてスパイク・リー監督の『マルコムX』を観てから参考文献を幾つか読んだ。その中にこの文庫はなかった。よい機会だ。アメリカ全土で黒人差別反対運動が継続している。暢気な日本人でいるわけにもいかない。この体調でデモに行くわけにもいかないが、共闘の思考だけは表明したい。

 映画の中で主演のデンゼル・ワシントンが演説する。「デモクラシー(民主主義)なんて姿を変えたヒポクラシー(偽善)だ」。それはこの文庫でも確認した。マルコムXの演説は痛烈だ。それは人種差別なかんずく黒人差別の国、アンクル・サム(アメリカ政府)の国の歴史を抉り告発、弾劾する。それがタイトルに集約されている。

 「そうだ。私はアメリカ人ではない。アメリカ二ズムの犠牲者、二千二百万人の黒人の一人だ。民主主義なんて姿を変えた偽善だ。私は今、アメリカ人としてあなたがたの前に立ってはいない。愛国主義者、国旗敬礼者でも旗振り扇動家でもない。とんでもない。私はアメリカン・システムの犠牲者として話している。犠牲者の目でアメリカを見ている。アメリカの夢など見ていない。アメリカの悪夢を見ている」(同書p291)。

 マルコムXは、このアメリカの罪を人権無視の罪として世界法廷に提訴しようとした。世界法廷とは国連である。国連の無力は歴史が証明している。しかし、カントや賢人たちが追求したモデルとしての世界法廷は実現なかばとしても諦めることは許されない。共闘の声、怒りの声を挙げようではないか。真の世界法廷の実現を目指し。

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