2017年12月27日 (水)

音楽の視覚化と肉体表現

  先日、モダン・バレエの振付師モーリス・ベジャールが制作した作品を日本で2015年に公演したドキュメンタリー映画『ダンシング・ベートーヴェン』を観た。先週から公開されているのでクラシック音楽好きだけでなく多くの人に薦めたい。それはベートーヴェンが晩年に到達した境地を音と声、肉体表現で見聞き体験する貴重な機会と思うからだ。スイスのローザンヌと東京で欧州や世界の若者たちと日本の若いダンサー達がベジャールが表現した作品に全身全霊で取り組む姿を視るのは実に新鮮な経験だった。

  ベジャールの作品ではかつてラベルの『ボレロ』を映画化した『愛と哀しみのボレロ』がある。これも実に面白かった。タイトルを含め当時のアカショウビンには映画としては少し甘いと思ったが再見すればベジャールという優れた振付師の意図が確認できると思われる。

  毎年、第九の作品を異なる録音で聴くのが習慣となっているアカショウビンには、この作品は実に新たな力が湧き起こる経験だった。残念なのは音楽が抜粋だったのと全公演が通しでなかったことだ。観る前はそれを期待していたからだ。しかも音楽はズビン・、メータがイスラエル・フィルを指揮している。メータへのインタビュ―も興味深かった。メータも同意しているように、それはベートーヴェンの音楽の視覚化であることは十分に感じ取れたからだ。以前に観たヴィム・ベンダース監督が撮ったピナ・バウシュの『pina ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(2011年)を想い出す。そこではストラヴィンスキーの『春の祭典』が晩年のピナによって実に生き生きと表現されていた。

  20世紀になり音楽はディアギレフのロシアバレエ団、ニジンスキー、ストラヴィンスキーによって新たな展開をした。それは古典バレエがモダン(近代)として新たに生命を吹き込まれたという事だ。その最新の映像を看取したのが同作品と言える。そこから近代(モダン)とはどういう歴史区分か?という問いも生じるが、それはまた別の主題として考察しよう。

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2017年12月19日 (火)

少し速く

 日曜日のNHKテレビでキリル・ペトレンコ指揮のマーラーとワーグナーが素晴らしい演奏会だった。マーラーは、「さすらう若人の歌」。独唱はマティアス・ゲルネ。かつてシューベルトの「冬の旅」をブレンデルの伴奏で聴いたのではなかったか。ワーグナーを歌ってもよい大柄な人だ。小柄なペ卜レンコと対照的。顔を真っ赤に熱唱する姿はペトレンコやオーケストラに応えたものであることが映像でわかる。CDでなく映像の面白さである。

  それにしてもペトレンコの表情と両腕の動きが素晴らしい。この指揮者が、いかに作品を知悉し、オーケストラと実に良い関係で交感しているのがわかる。マーラーで指揮者と歌い手は作品の奥底を抉っているように思えた。オーケストラはバイエルン国立歌劇場管弦楽団。ヨッフムやクナッパーツブッシュとの録音も聴き直したくなった。ベルリンやウィーンとは異なる個性的なオーケストラだ。アカショウビンはかつてサヴァリッシュ指揮の来日公演でモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」を聴いたことを思い出す。ミュンヘンなどと同じく、中央から距離をとって音楽風土を培ったオーケストラだ。続くワーグナーの「ワルキューレ」一幕の演奏会形式の演奏が久しぶりにワーグナーの血肉の通った演奏を聴く思いがする名演だった。独唱者達も素晴らしい。観客たちも感動を真摯に伝えてソプラノ歌手は涙ぐんでいた。それほど素晴らしい演奏会だった。アカショウビンには正しく冥途の土産である。
 表題は、モーツァルトのピアノ協奏曲11番の二楽章に付けられた速度指定である。ラルゲット。ラルゴより少し速く。この協奏曲は初めて聴いたような。何とも優雅で、ウィーンの宮廷に美しく響いたと思われる。宇野功芳さんの先日の本には解説がない。近いうちにアインシュタインの解説にあたってみよう。
 本日は築地の病院ヘ。手術は来年早々になる。年賀気分にはなれない年明けになりそうだ。これも現世の宿業の如きものだろう。それを受け入れ一日一日を過ごすのが凡夫の日常だ。

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2017年12月11日 (月)

ドイツ音楽の伝統と継承

   昨夜のNHKテレビで今年11月に行われたN響とのベートーヴェンの「英雄」をマレク・ヤノフスキーの指揮で聴いた。緩急自在、実に溌剌とした演奏だった。インタビューでも作品を深く理解していることがわかる。その演奏はベートーヴェン作品の正統を引き継ぐ演奏と聴いた。N響のメンバーもそれによく応えていた。同オーケストラとはワーグナーの「ニーベルングの指輪」の演奏会形式の共演をしたということである。それはN響のメンバーにとっても修練の場となった筈だ。その成果が昨夜の演奏にも結実していると思われた。昨夜のプログラムは前半がヒンデミットの作品。これも実に見事な演奏で両者の親密とレベルの高さを示していた。

   「英雄」の後は25年前のブラームスの演奏がおまけに。これまたドイツ音楽の伝統と継承が納得させるものだった。アカショウビンは昨年から今年にかけてブラームスの室内楽をよく聴き続けている。特に晩年の作品は心に沁みる。ピアノ・トリオは、ボザールトリオの録音で聴いてあきない。ピアノはメナヘム・プレスラー。アカショウビンはこのピアニストの来日演奏を予約していた。ところが急病で来日できずキャンセルになった。なんとも残念なことだった。しかし先日CDショップでモーツァルトのピアノ・ソナタを演奏した新録音が発売されたことを知った。聴衆にこたえる実に元気な姿の写真で病から癒えた姿が確認できた。来日公演予定のプログラムはシューベルトの作品で構成されていた。そのモーツァルトも見事なものだろう。それにしてもアカショウビンには生の演奏を聴きたい数少ないピアニストの一人である。

  このような指揮者やピアニストにベートーヴェンやワーグナー、モーツァルトの作品は継承されている。それを聴く経験は生きる悦びだ。疲弊し消耗するアカショウビンの日常にそれは干天の慈雨のように注ぐ。その幸いを言祝ぐのである。師走に入りベートーヴェンの第九も耳にする。今年はどの指揮者とオーケストラの録音を聴こうか。その感想も書いておきたい。

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2017年11月12日 (日)

楽聖の若き頃

  先日、小澤征爾氏(以下、敬称は略させて頂く)とマルタ・アルゲリッチの最新CDが発売された事で記事を書いた。そのあと、手持ちのCDが引っ越しの段ボールを整理した中から偶然のように出てきた。アルゲリッチが1992年にアムステルダム・コンセルトヘボウ管と共演したライブ録音である。モーツァルトの25番の協奏曲とベートーヴェンの第1番協奏曲がカップリングされている。これを購入したのはモーツァルトのほうをシモン・ゴールドベルクが指揮しているからだろう。オーケストラはネーデルランド・チェンバー・オーケストラ。ベートーヴェンの指揮はハインツ・ワルベルク。このヴァイオリニストは後年指揮もしていた。それが聴きたかったのだ。しかし改めて聴いて、このCDの収穫はベートーヴェンのほうであることがわかった。モーツァルトは1978年の録音。ベートーヴェンは1992年。14年という時の隔たりは人には誰でも大きい筈だ。その間のピアニストの成熟とも成長ともとられる変化を一枚のCDで聴くことができるきことは幸いである。これを聴いてほかのピアニストのものも聴き比べた。先に聴いたバレンボイムの他にグルダ、バックハウス。これらと比べて繰り返し聴いて増々味わい深いのがアルゲリッチ盤である。特に第2楽章のラルゴは正に独壇場。その運指は神がかった風情が漂っていると言ってもよい。ライブの一回性とはこういうことを言うのだろう。聴衆もピアニストも指揮者もオーケストラの一人一人もこの一回性を体験した。この事実が記録されている幸いを言祝ぎたいのだ。

  そのピアニストが25年後に同じ作品を小澤と指揮した録音が貴重でない筈がない。しかし、それはいずれ聴くとして、しばらくはアルゲリッチ盤と他の盤を聴いて過ごす楽しみができた。

  また楽聖の若き作品を聴くことは消耗する日常に力を得る時である。交響曲の一番はヨッフムの最初の全集を聴いた。何とも清冽で、弾むリズムが心地よい。楽聖最初の交響作品に対する指揮者の気迫と気合、意気込みが素晴らしい演奏となっている。それは現在を生きるアカショウビンに精神と気力を励起させる。

  朝のNHKラジオ「音楽の泉」ではピアノ・ソナタ〝ワルトシュタイン〟をアルフレート・ブレンデルの演奏で放送している。これは偶然のようで偶然とも思えない。見事な演奏だ。

  引っ越しで未整理の本を整理していたら『ベートーヴェンの人間像』(近衛秀麿 昭和45年3月10日 音楽の友社)という本が出てきた。これまた偶然のようには思えない。それはまた別の話だ。

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2017年10月29日 (日)

悟達と諦観

  小澤征爾氏(以下、敬称は略させて頂く)の最新CDがベートーヴェンの交響曲一番とピアノ協奏曲一番という組み合わせに何か小澤の意図の如きものを感じた。この老いの晩年を生きている西洋音楽と格闘し一生を終えようとしている指揮者の思惑を推量したくなったのだ。それは西洋古典音楽を世界的な普遍性として作品化した稀有の音楽家の若き頃の作品を新たに録音するということは老いの諦観ではなく青春のベートーヴェンの息吹を自らの内に湧き起こし活力を得ようとする意図はないだろうかと思うのだ。ソリストはマルタ・アルゲリッチである。昨年だったか、彼女をソリストに迎えてベートーヴェンの他の作品に比べあまり演奏されることの少ない「合唱幻想曲」という作品を演奏したテレビ番組を録画でみたことを思い出す。CD録音で聴くのと比べ映像は何かまた別の感興をもたらした。そこでも小澤の意図の如きものを看取した。このピアノ独奏の長い、第九交響曲の原型の如き作品を小澤がピアニストとの共演に選んだことも今回の録音の契機となっているように思われた。

  そこで未聴のCDを探し、オットー・クレンペラーとダニエル・バレンボイムの録音を購入した。これは若きピアニストが老巨匠と共演した、当時は評判になったがアカショウビンも若く、バレンボイムを聴くならバックハウスや他の名ピアニストの録音を優先して聴くのに夢中でバレンボイムは今日まで未聴になっていたのだった。ところが聴くと実に新鮮。青春の息吹ともいえるリリシズムと巨匠の雄大なサポートを得て若きピアニストが互角に渡り合っているという風情だ。これも小澤の意図と共振しアカショウビンを啓発、刺激した。その恩恵を小澤に感謝したく一文を書かせて頂くのだ。クレンペラーの録音は最初に聴いたのが高校生のころだ。モーツァルトの主要交響曲を演奏したレコード二枚組の録音に接したのは幸いだった。それ以降、クレンペラーの録音は何枚も聴いた。特に巨匠晩年のモーツァルトやバッハの録音は風格というより崇高さを湛えたものだった。それは一生繰り返し聴くに耐える演奏といってよい。巨匠が晩年に到達した境地ともいえよう。ナチスのユダヤ人迫害を逃れ米国に渡ったクレンペラーは殆どどさ周りの芸人のように各地を転々とする。先日聴いた1937年のロスアンゼルスのオーケストラとのベートーヴェンの第五交響曲は晩年の録音とは別人のような激しい演奏に聴衆は何と途中で大きな拍手で演奏を讃えていたのである。聴けば巨匠の一生を 俯瞰する思いがする。若き頃の演奏と録音を通し独りの指揮者として一生を終えた人の人生は興味深い。それはかつて評伝も読んだが文字で辿るより、やはりその演奏がもっとも多くを語っているように思うのだ。それは同じユダヤ人指揮者として米国で指揮し続けたブルーノ・ワルターにも言える。1937年とは辺見 庸の近作によれば日本とドイツが世界大戦に駆り立てアウシュビッツや南京大虐殺の蛮行に及んだ時だ。辺見が告発する中国戦線での日本軍兵士が行った凄惨な所業は今の日本が記憶の彼方から現在と照らし合わせ学ばなければならぬ隠蔽してはならぬ歴史である。

  先日、たまたま図書館でハンナ・アーレントの本を借りてきた。アカショウビンはハイデッガーの読者だがハンナの主著は殆ど読んでいない。しかしハイデッガーを読む中でハンナとハイデッガーが教え子と教師の間で恋人関係にあったことも知った。近年では二人の恋文も刊行されている。ユダヤ人のハンナがクレンペラーやワルターと同じ亡命した米国で名を挙げたことも何か象徴的だがハンナがこの世界的哲学者の教え子だったことも米国の論壇で大きな関心を惹いたことは想像に難くない。しかし師に学んだ学殖は故国を追われた時代を全体主義として師とは別のフィールドで新たな展開を見せたことは師と同じ世界的レベルで毀誉褒貶を受けながら世界中に多くの読者を得た。先般は映画にもなりわが国でも多くの観客を得た。アカショウビンもその感想は書いた。借りてきて読んでいるのは『カール・マルクスと西欧政治思想の伝統』(2002年 大月書店 佐藤和夫編)という表題で1951年に主著の『全体主義の起源』を刊行して論壇に登場したあとマルクス研究に没頭した1953年の手稿からの翻訳だ。それを読めば師のハイデッガーが戦後に刊行した『貧しさについて』というマルクス観と照らし合わせて弟子が独自に大きく展開させようとした意気込みが伝わる面白さだ。アーレント研究会という存在も初めて知った。内容は第一草稿と第二草稿で構成されている。翻訳は佐藤氏を含めて五人が丁寧に訳しているのが読み取られる。これは新たなマルクス観として熟読されるべき論文と確信する。そこには公私ともにハイデッガー哲学に習熟する弟子が大いなる意志で取り組んだ跡が散りばめられている。ヨーロッパのみならず我が国を含めて世界規模の思想的影響を与えたマルクスの思想はかつて小林秀雄が〝悟達〟という言葉で表現している。それは小林流のレトリックだが多くのマルクス主義者の批判の的ともなった。ハンナの思索もその世界思潮の中での一つとして新たな光芒を放つ。マルクスの評価についてはアカショウビンも若い頃から吉本隆明の著作を通じて関心を持続している。本作を皮切りにハンナの著作にもあたっていきたい。

  その中でクレンペラーの録音は日頃のアルバイト労働に疲弊し萎える日常に新たな活力を齎す。癌という病と同居するアカショウビンは時に諦観という境地にもたゆたう。小澤の録音と近年の心境は諦観とは異なる若さを取り戻す気迫が満ちていることだろう。アカショウビンも残り少ない余生は経済苦のなかで食いつなぎ、かつ思索にも時間を作らねばならない。ハンナの著作も小林の〝悟達〟とは異なる境域でマルクスと〝対決〟する気迫が行間に読み取られる。その渦中でクレンペラーの録音に共振しながらその感想も折々書いていきたい。

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2017年8月30日 (水)

二つの楽章

  先日たまたま未だ整理のつかないCDからモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調をボスコフスキーがシューリヒト指揮のウィーン・フィルと演奏していたのを聴いていたら三楽章のト短調に転調するアンダンテの箇所のところが改めて聴いて面白かった。そこを音楽批評家はどう解説しているのかと思い、アルフレート・アインシュタインの『モーツァルト』(白水社 1961年 浅井真男訳)を久しぶりに読んだらその解説はなかったけれども2楽章の解説に啓発された。曰く、「第二曲((ニ長調 K.211)と第三 曲(ト長調 K.216 九月十二日)の成立の間に横たわる三カ月間に何が起こったのであろうかわれわれはそれを知らない。だが、突然いっさいが深くなり豊かになるのである。第三曲の緩徐楽章は、アンダンテの代りに、あたかも天から降ってきたようなアダージョで、オーボエの代りにフルートを使い、全く新しい音響の性格をもつニ長調で書かれている。(中略)  突然オーケストラ全体が語りはじめ、独奏楽器と新しい親密な関係を持つにいたる」。

  この作品をアカショウビンは、堀米ゆず子とシャーンドル・ヴェーグがカメラータ・ザルツブルグ室内管弦楽団を指揮した1988年に東京の津田ホールで録音したCDで聴き直した。ボスコフスキー、シューリヒトの1960年、ザルツブルク音楽祭のライブ録音よりはるかに音が良い。演奏も実に好もしい。ヴェーグの深いモーツァルト理解と堀越の女性らしい繊細でしなやかな演奏が見事に記録されている。ヴェーグが同オーケストラと来日していたことも初めて知った。ヴェーグはモーツァルトのディヴェルティメントの録音でその実力を知った。ヴァイオリニストのヴェーグが人生の後半では指揮者として活躍したことは幸いだった。アカショウビンが近年愛聴しているアンドラーシュ・シフとはモーツァルトのピアノ・コンチェルトも録音している。これも時に聴いている。

  もう一つの楽章とは、マーラーの6番の交響曲の三楽章アンダンテである。先日、ミクシーでエリアフ・インバルの大阪公演を聴いた方がクラウス・テンシュテットの録音を聴き書いておられたのに啓発され、そのCDを聴き直した。改めて聴いてその演奏と録音の良さに聴き入った。

  吉田秀和は、『マーラー』(2011年 河出文庫)の中で次のように書いている。「《第六交響曲》は、マーラーの第二の時期での最高の充実度をもつ作品に数えるべきものである」(p29)。そしてシェーンベルクのプラーハ講演を引用し楽曲を分析する。シェーンベルクはマーラーの旋律の作り方に注目する。これを吉田は忠実な訳ではないが、と断っているがマーラーの音楽を分析して実に刺激的だ。シェーンベルクはマーラーの旋律が長くなり過ぎることに着目し、「それでいて少しもそれどころか、かえって、主題が長くなるにつれて、終わりに、より大きな活力が生まれてくる。(中略)  もし、これが能力でないとしたら、少なくとも、潜在力と呼ばなくてはならないでしょう」(p30)。これを、吉田は「マーラーの音楽の核心をついている」と評する。それはテンシュテットの演奏を聴いて改めて納得する。

  一昨年の入院中にはバーンスタインがニューヨーク・フィルと録音した全集を持ち込みマーラーの交響曲を未聴の録音で聴いた。この6番を聴くとテンシュテットの演奏の鮮烈さに驚く。そしてマーラーの音楽の面白さと「偉大さ」(シェーンベルク)に。これを契機に改めてマーラーの声楽作品やモーツァルトの弦楽四重奏を熟聴する楽しみができた。

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2017年8月 4日 (金)

極上の録音と演奏

 しばらく聴いていなかったCDを早朝に取り出し音を出すと少し鬱気味の心に沁みて馥郁とした気持ちに満たされた。音楽を聴く悦びはかくの如し。偶然が齎す奇跡の如きものである。曲はモーツァルトの弦楽四重奏曲第14番 ト長調K387。来日したウィーン・フィルのメンバーが1971年埼玉県の川口市民会館で録音したものである。引っ越しで先ず第一にセットした極上とはいいかねるオーディオから奏でられるモーツァルトの音楽は装置の不十分を補って余りある。このレコードは1973年にウィーンのモーツァルト協会がウィーン笛時計賞に選定した。録音の経緯は当時のトリオ(現在のケンウッド)の役員であった中野 雄氏が書いておられる。それは何とも読む者が日本人として誇らしい気持ちになる経緯である。K387のあとはK465の「不協和音」。これを契機にモーツァルトの室内楽を聴き日頃の憂さを晴らそうではないか。

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2017年7月16日 (日)

素晴らしい7番

 レンタルDVDを中断して、たまたまテレビに切り替えたらベートーヴェンの第七交響曲を知らないオーケストラが演奏している。指揮者も知らない。しかし何と生き生きした演奏だ。正に血の通った演奏とはこのことだ。団員は女性も多い。日本人と思しきヴァイオリン奏者もいる。ベートーヴェンという古典が現代に甦り呼吸しているという演奏だ。こういう偶然は正に冥土の土産だ。

 引っ越してオーディオもセットし直し、一年間段ボールに眠っていたCDやレコードも息を吹き返し少しずつ聴いている。音楽を聴く悦びはアカショウビンの娑婆の道楽なのである。病を抱えている今こそ優れたCDや演奏は滋養となり心身に沁みてくる。演奏が終わり指揮者の名が出た。エサ・ペッカ・サロネン。名前は知っていた。それにしても見事で素晴らしい指揮者だ。アンコールはシベリウスの「ペレアスとメリザンド」から「メリザンドの死」。これまた選曲にセンスの良さを知らしめる。タクトをもつのと両手だけで使い分ける指揮ぶりも好い。オーケストラの統率力、団員たちの一人一人に指揮者の見識が伝わっているのを映像からも伺い知られる。これは一度生演奏に接したいものだ。久しぶりのベートーヴェンに日々のマンネリに力が注がれた思いだ。オーケストラはフィルハーモニーだ。かつてのメンバーとは様変わりしているが古参の団員もいる。何とその前にはベートーヴェンの第3協奏曲をチョ・ソンジンが演奏したらしい。これを聴き逃したのは惜しかった。ショパン弾きのベートーヴェンは聴きたかった。しかしショパンはおまけで聴けた。以前に書いたけれどもサントリーホールでの来日コンサートは驚愕した。ショパンの「前奏曲」の面白さを改めて知らしめてくれた名演だった。

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2016年6月22日 (水)

宇野功芳氏追悼

 先日亡くなられた音楽批評家、宇野功芳氏の西洋クラシック音楽の水先案内ともいえる恩義には礼を尽くさねばならない。昨日、新宿に出た機会にレコード・CDショップに立ち寄り幸い氏が編集長を務めた本と指揮したCDを購入した。本は未読、CDは以前聴いた。本は氏の遠山一行氏へのインタビューが興味深かった。

 CDは新星日本交響楽団を指揮したベートーヴェンの第7交響曲イ長調 作品92。1997年、サントリー・ホールでのライヴ。これは何とも宇野節全開の名演。人によっては拒絶もされる演奏だろうがアカショウビンは敢えて名演と判じる。それは通常の聴き慣れた演奏とは隔絶する箇所があちらこちらに聴けるからだ。1楽章のポコ・ソステヌート-ヴィヴァーチェと指定された楽章の途中で音楽は今にも止りそうになる。通常はオーケストラが生き生きと闊達にテンポを速める箇所で指揮者は逸る馬や犬を制御するようにオーケストラを抑制する。そこが宇野節である。私はベートーヴェンのスコアをこのように解釈するという断固たる意志が貫かれている。これを拒絶する者は音楽を聴く資格を持たぬと言ってもよい。それほど氏の解釈は独特だ。しかし、それが音楽でも文学でも敢えて言えば思想、宗教でも〝解釈〟の解釈たる所以だろう。それを実感する演奏である。それは氏が敬愛するフルトヴェングラーやワルター、クナッパーツブッシュから学んだ事である。それをアカショウビンは讃嘆する。

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2016年2月23日 (火)

30余年ぶりの「イル・トロヴァトーレ」

 先日の日曜日、久しぶりに上野の東京文化会館で公演されたヴェルディの「イル・トロヴァトーレ」を観てきた。それはアカショウビンにとって30余年ぶりの体験だった。以来、このヴェルディ中期の傑作オペラはレコード、CDでさまざな録音を聴いてきたが生の公演は36年ぶり。4日間行われた他の日では外国人ソリストも起用したようだが日曜日の最終日は日本人のみ。しかも予定していたレオノーラ役が体調不良で降板。しかし代役が健闘した。最後のブラボー、ブラビーの声が公演のほぼ成功を示していた。

 無職で就活もしなければならないのに高い金を払って公演に行くかどうか迷っていた。その間にアカショウビンの愛聴盤であるトゥリオ・セラフィン指揮のミラノ・スカラ座管による1962年盤を久しぶりに聴いた。この作品トップと言ってもよい名盤である。アカショウビンは特にこの作品の狂言回し役のアズチェ-ナを歌うフィオレンツァ・コソットをこよなく愛聴している。その声の張りと強さは中国の青磁陶器の如き美しさを呈する。このような女声の声の美しさを聴く悦びは娑婆の日常を生きる苦しみのなかで福音の如き恩寵である。

 36年前の1980年、アカショウビンは大学を卒業し音楽事務所の事務局に職を得て社会人となった。わずか半年であった。しかしプロたちと接するなかで良くも悪くも貴重な時を過ごさせて頂いた。最後は「イル・トロヴァトーレ」の公演に関わった。演出はイタリア帰りの粟国安彦氏。指揮者のアルベルト・エレーデ氏とイタリア語で丁々発止の遣り取りの光景が想い起こされる。スコアを通してこのオペラの面白さを理解した。その時のアズチェーナ役の歌手も幕間のロビーにいらした。

 レコードやCDの録音とは次元を異にする生公演はいいものである。セラフィンの完璧ともいえる録音の完成度はない。しかし若いソリストたちのミスを超える生の面白さと緊張感がライブの良さである。それをアカショウビンは楽しんだ。それは記憶の彼方の経験を想い起こすことでもある。あの頃は現実と未来に将来の希望があった。それは現在の苦しい日常とは異なる。しかし、ゆるゆると終わりに向かう生活には活路を見出さねばならない。その中での公演鑑賞であったことは糧としなければならない。冥土の土産がひとつできた。もう少し娑婆を生きる力を得た思いである。

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