2020年7月13日 (月)

王位戦第二局始まる

 木村の先手番である。作戦が注目されたが、「相掛かり」に。新聞解説では、前期には先手番で毎局採用し初タイトルの原動力になった、と。明日の二日目が楽しみだ。棋聖戦では渡辺棋聖がカド番を凌いだ。しかし両棋戦とも藤井有利。二タイトル奪取の大記録はマスコミの関心の的だろうが、アカショウビンのようなへそ曲がりは、木村、渡辺ガンバレである。

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2020年7月 9日 (木)

将棋棋聖戦第3局

 藤井聡太七段が初タイトルをとるか、注目の一戦が進行中である。現在、後手番の渡辺棋聖が王手をかけて藤井七段が考慮中。一見、渡辺棋聖が景気よく攻めているようだが、ここからの終盤へのねじり合いの強さが藤井の真骨頂だ。勝負はこれから、というところである。それにしても、藤井七段の勢いには驚く。これまでの戦いぶりを見て、勢いだけでなく天性のものと鍛え抜かれたヨミの正確さがある。ねじり合いの終盤に間違えない。それは紙一重の強さを争うトップブロの間で頭ひとつ抜きんでているということだ。同時進行の王位戦の第一局も征した。これまで、様子見のアカショウビンの藤井評価だったが、恐るべき若者の登場をしかと実感している。

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2020年6月28日 (日)

38年ぶりの将棋会館対局

 今年の将棋名人戦第三局の会場が千駄ヶ谷の将棋会館で行なわれたのが38年ぶりという記事に感慨新ただ。名人戦史上未だに破られてないと思う七番勝負で名人中原 誠と加藤一二三挑戦者は全十局の正に死闘を展開した。その最終局になるかもしれない対局にアカショウビンは足を運んだ。アカショウビンにとって加藤一二三という棋士は実に人間的に興味を惹く人だった。神武以来の天才、ともて囃されながら大山康晴の牙城を崩せなかった。加藤は、その活路を宗教に求めた。それくらい追い詰められ悩み葛藤したのだ。その大山を破砕したのが中原 誠だった。それが名人戦で激突した。面白くないわけがない闘いだった。

 アカショウビンは相矢倉という戦法、戦型を加藤一二三の著書で学んだ。いわば個人的に師匠である。その最終局を見逃すわけにはいかない。大盤解説は谷川浩司。終盤で加藤勝ちが見えてくるとテレビ画面を見ていただくほうが良いでしょう、と解説を止めた。幾ばくもなく両者の手が盤上に交差した。「新名人の誕生です」の一言にアカショウビンは感無量だった。その光景をありありと思い起こすのである。

 余談だが、加藤さんが対局のとき必ず注文するのが、うな重。対局は体力勝負でもある。庶民にうな重はあまりに値段が高くなり過ぎた。しかし、月に一度くらいは食べたいものだ。茂吉も、うな重が大好きだった。しかし、国産鰻は希少品なんだろうな。

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2018年11月 5日 (月)

囲碁名人戦

 挑戦者、張翔が井山名人(以下敬称は略させて頂く)からタイトルを奪取した。七番勝負で初戦、第二局と連敗。井山名人の壁は高いか、と思ったが、そこは井山の前に無敵を誇っていた実力者。簡単に土俵を割らない。最終局まで持ち込み奪取した。その喜びはいかばかりか。奥様の泉さんや父親の小林光一九段の喜びの笑顔が眼に浮かぶ。井山は碁聖に続く失冠だがそこはまだまだ日本のトップ井山本因坊、直ちに巻き返すだろう。その闘いこそが勝負の面白さなのだ。そして日本棋士が一日も早く世界のトップに立つ日をファンは熱望する。

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2017年11月15日 (水)

将棋の日

  17日は〝将棋の日〟。ミニコミ紙の見出しで気付いた。NHKテレビでも日本将棋連盟主催のイベントを毎年放送していた。ここ数年、退職、入院・手術、引っ越し続きですっかり忘れていた。今年は藤井フィーバーで視聴率もあがることだろう。

  先日、友人から映画『聖の青春』の録画が送られてきて試写会の時以来再見した。将棋指しの世界をよく撮った秀作である。世間からすれば異様で過酷な不思議な業界だろう。しかし、それに賭ける棋士たちの生き様は少なからずの人々に共感を得るものと思える仕上がりになっている。俳優たちも渾身の演技で応えている。レンタルショップでも借りられるので将棋を知らない人にも観て頂きたい。その感想は改めて書きたい。

  映画に関しては先日観たМ・スコセッシ監督の『沈黙』を観て同監督が28年前に原作を読んだ頃に制作した『最後の誘惑』をレンタルショップで借りてきて観た。イエスとキリスト教への監督の関心は欧米や日本でも多いことと思う。アカショウビンも若いころに遠藤作品を読むなかで現在まで関心を持続している。原作も文庫で新たに購入し読んでいるところだ。映画は原作を忠実に再現していることがわかった。しかし映像と活字では当然ちがいがある。それはそれで興味深い。それは『最後の誘惑』でも同じだろう。原作は読んでいないけれども、そこで監督の想像力、構想力がいかんなく発揮されていることを改めて確認した。

  『沈黙』の主題は重い。いうまでもないが、それはイエス、キリスト教を介してユダヤ教や西洋文明にまでそれは広がる。それは改めて考察したいアカショウビンにとっても重要な主題のひとつである。

  昨日は都内の病院に足を運び手術の説明をきいてきた。新たに出来た部署で懇切丁寧な説明を受けた。主治医にそれを伝えブログでもヨイショしておきますよ、と。主治医も笑って応えてくれた。患者が多く手術は年末か年を越すことになりそうと言う。それまで頓死することもないだろうが何が起こるかわからない。無事、手術にまでこぎつけ生還できればゆるゆると最期の日まで四苦八苦しながら娑婆の生を全うしたい。

  村山聖とは膀胱がん同じ病という縁もある。次の手術は昨年と同じ下咽頭癌だが、死に至るまで些かの抵抗はせねばなるまい。その経緯は出来るだけ書き綴っていく所存だ。

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2016年9月28日 (水)

無念

 「声を詰まらせ、天を仰いだ」。東京新聞朝刊の記事である。羽生善治王位に挑戦した木村一基八段の悔しさが活写されている。七番勝負をフルセットで戦い先に羽生をカド番に追い詰めタイトルを奪取できなかった。勝てば最年長戴冠の大記録だったのだ。羽生も今年は名人位を奪われ厳しい精神状態で臨んだ七番勝負だったろう。さすが棋界の第一人者だ。ファンとして実に面白く七局を楽しませて頂いた。心から両雄の健闘を讃えたい。

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2014年1月22日 (水)

谷川A級陥落

 将棋の谷川浩司九段がA級を陥落した。アカショウビンが将棋に入れ込んでいた頃の指南書は加藤一二三元名人の(以下敬称は略させて頂く)矢倉戦法の著書と加藤の棋譜だった。それで秋葉原と新宿の道場で二段を取得した。加藤の著書を熟読した成果だ。秋葉原の道場で昇段祝いに故・真部一男九段に二枚落ち(飛車・角を落とす)で対戦して頂いた。加藤の駒落ち定跡を一夜漬けで読み臨んだが完敗だった。プロの実力を思い知らされた。

 加藤を負かして谷川は名人になった。その谷川が32期在籍したA級を陥落した。加藤・谷川のファンであるアカショウビンにとって驚愕するしかない。米長邦雄亡き跡の将棋界の顔となった谷川もトップクラスの熾烈な戦いに突き落とされる。それが勝負の世界の厳しさであることは素人には理解されないだろう。しかし、それが苛酷な現実であり事実である。それは他の棋士にとっても他人事ではない。勝負師とは何とも苛烈な生業である。アカショウビンは単なる将棋ファンでよかった。しかし身過ぎ世過ぎは世の習いである。世界は違っても娑婆の生死は、それぞれだ。アカショウビンも幾らあるか知らぬ余生を生きている。棋士たちの棋譜を楽しみながら。

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2011年6月 8日 (水)

名人戦、最終局へ

  以下の記事はミクシイに書いたものの転載である。ミクシイには熱心な将棋ファンが二人おられるので共に名人戦を楽しんでいる。それにしても昨年は羽生の圧勝。今年は逆の立場で4局で終わりかと思っていたら名人がど根性を出してくれた。ど根性では失礼だ底力というべきだろう。さすが将棋の歴史でも傑出した名人である。最終局が楽しみだ。
 いやいや、何とも凄いことになった。山形県の天童で戦われていた羽生善治名人と挑戦者、森内俊之九段の名人戦七番勝負の第6局は羽生勝ち。何と3連敗後の3連勝である。3連勝の勢いの森内の歯車がいつのまにか狂ってきた。鉄壁の受けが羽生の攻めを封じられない。どうした森内?
 昨年に続き4局で終わる可能性もあったのだ。ところがアレヨ、アレヨという間に羽生が追いついた。さすが羽生である。将棋の「純文学」相矢倉で追いつき逆王手をかけた。将棋界の千両役者と言うしかない。
 仕事に追われ新聞を読む時間もとれず昨日の夕刊の途中経過で名人戦に気付いた。月曜日から静岡へ一泊出張。休む間もなく本日は長野へ。信州、安曇野は天気も良く汗ばむほどの陽気。昨年は秋に南の飯田から北の野沢温泉村近くまでレンタカーで走り回った。信州は春から夏の季節も気分が浮き立ちこれまたよろしい。木々の緑が眼にしみる。暑さに弱いワサビを陽の光から防ぐために網のかかったワサビ田も信州ならでは。NHKの朝ドラ「おひさまの」の舞台、安曇野は観光客が激増しているという話。こちらは観光どころでなくレンタカーでかけずり回りクタクタでホテルへ。
 さて名人戦は?とネットを見ると羽生勝ち。おぉー!さすが名人である。名人戦の最高の舞台で、竜王戦で渡辺に食らった3連勝4連敗の屈辱を森内に舐めさせるか。何ともシビレル展開になった。小生は羽生のファンというわけではない、将棋のファンなのである(笑)。そこで無節操・無責任に森内ガンバレ!と呼びかけよう。

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2009年5月 8日 (金)

秀行、逝く

 将棋名人戦の第3局が行われている日に囲碁棋士、藤沢秀行の訃報を夕刊で知った。破天荒な生き様と囲碁に対する純粋な姿勢は多くのファンを持ちアカショウビンも多大の関心を持ってきた棋士である。アル中で競輪・競馬好き。昔気質の勝負師だった。碁への求道的な姿勢は中年を過ぎてから棋聖などのタイトル獲得、防衛に結実した稀有の棋士でもある。

 アカショウビンは、そういう秀行という棋士の人となりを伝え聞き、棋譜を並べることで囲碁の世界に分け入ってきた。囲碁も強い米長邦雄・将棋連盟会長との交遊も面白かった。同じ勝負師同士の世間的な付き合いを超えたもののように思えたからだ。勝負の修羅を経験した者同士でしかわからぬ阿吽の呼吸がそこに感得された。その生き様はアカショウビンがかつて愛読した開高 健の随筆にも登場する。それは実に可笑しく面白い秀行の姿が切り取られている。開高と秀行は、かつてご近所同士だったのである。それで益々囲碁はともかく人物に魅かれた。人は、そのようにも生きられる、ということに驚愕し感嘆する。

 ガンに罹患しながらも3度の手術を経て10年以上生きたことにも驚く。98年に現役を引いてからは書の世界にも遊び一芸に秀でた者の融通無碍を知らしめた。

 韓国、中国へも何度も遠征し国籍に拘らず後進の指導に努め碁の真理を追い求めた。その姿勢に日本、中国、韓国には多くの後輩がいて尊敬を集めている。ライバルの23世本因坊・坂田栄寿氏のコメントが心にしみる。「対戦成績は私の方が良かったが、才能は私よりあったと思う。昔かたぎの棋士の一人で、秀行さんのような棋士は二度と出ないでしょう」。83年の生涯は破天荒だが囲碁の純粋な求道者だった。心から、お疲れ様でした、と労いたい。

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2009年3月12日 (木)

中原、引退

 毎日新聞一面に中原 誠十六世名人が引退の報。別面の記者会見の写真で、杖をついて不安定な格好で椅子に腰掛けている姿に改めて病の厳しさを痛感した。昨年8月の対局後に脳出血で緊急入院しリハビリ中との噂は聞いていた。しかし復帰ならずとは寂しいかぎりだ。

 アカショウビンが学生のころは中原の全盛時代で大山康晴(以下、敬称を略させていただく)もまだ元気だった。現在の将棋連盟会長である米長邦雄が好敵手で数々の名勝負を楽しみながらはまり込んだアカショウビンの将棋中毒はいつの間にか止んだとはいえ未だ余韻は残っている。

 中原の十連覇がかかる1982年の名人戦の最終局を今もよく覚えている。相手は加藤一二三九段。アカショウビンは加藤九段のファンなのである。新名人の誕生かもしれないというので千駄ヶ谷の将棋会館へ大盤解説を聞きに行った。解説は谷川浩司。テレビに対局場の盤面が映されていて、谷川は大盤で加藤勝ちを宣言し解説を止め、あとはテレビをご覧いただいたほうがよいでしょう、と言ってくれたのだった。加藤名人誕生にアカショウビンは自分の事のように欣喜雀躍した。加藤一二三の著書で将棋を勉強した甲斐があった、と喜んだ以上に将棋の頂上決戦の死闘に心が震えたのである。それほど中原 誠は強かった。才能では引けをとらない米長邦雄の挑戦を何度も退け、その柔軟で大らかともいえる棋風は大名人の風格を醸しだしていた。それは偉大な力士大鵬の強さと威風とも似ていた。

 先日は全盛時代には闘将とも称された、中原とは一回り近く年上の有吉道夫九段が棋界最高齢でリーグ残留を決めた。子や孫のようなピチピチの若手との一日がかりの対局は想像以上に厳しいと思われる。しかしプロは老いても若者であれ誰にでも負けたくないのである。それが勝負師というものであろう。引退の報は、その朗報を聞いたばかりなだけに残念である。しかし今後は解説や文筆をやっていかれるという。その飾らない柔和な人柄は全盛時代から将棋界だけでなく各界にファンを広げた。今後も将棋の世界の普及に大きな役割を果たすに違いない。棋界の重鎮としてこれからも頑張っていただきたいと心から願う。

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