2015年9月28日 (月)

なに~法治国家?

 今朝の毎日新聞のトップ記事は、何と先の憲法解釈変更を内閣法制局が1日で審査を終え変更過程を公文書として残していない事実を伝えている。国家の将来を左右する憲法解釈を変更するのに殆ど検討なく後世の日本国民が解釈転換の経緯を理解する資料を隠匿する意図が明らかな所業だ。恥を知れ、それで法治国家といえるのか。3人の記者の3面記事のリードは「『法の支配』が揺らいでいる」。

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2015年6月17日 (水)

恨みと呪い

 今朝の毎日新聞の朝刊に「悲劇の責任 国は認めて」の見出しで新潟水俣病の現状をレポートしている。「被害者のためになされるべき救済が、政権の思惑に左右され、場当たり的に行われたのではないか」という記者の疑念は当たっている筈だ。それは熊本の水俣病訴訟・闘争でも、国民国家という仕組みの中で国家と国民の間に常に生じる障害だ。記者は、環境省が平成13年に作成した冊子で「水俣病の拡大を防止できなかった背景には、(中略)高度経済成長への影響に対する懸念が働いていたと考えられる」という記述を紹介している。「判決で患者と認められた7人全員が国の責任認定を求めて控訴した。半世紀を経た今、被害者の怒りは原因企業よりも国に向いている」と記者は記している。

 現政権の横暴と無能・無学を報道で知れば事は個々の事情ではなく構造的な問題である。それは国民の恨みと呪いとなって噴出する。沖縄戦やヒロシマ、ナガサキ、水俣、新潟で殺され、亡くなった人々の怨念は恨みと呪いの声となって、彼岸から此岸へ木霊となり響いている筈だ。その声を聴きとらなければならない。

 水俣や新潟での医療機関の対応は、行政と政治とも関与し現実に生きる我々国民一人一人の日常に関わってくる。アカショウビンはここ数年の体調不良で先日から病院通いの毎日である。先日は歯周病という診断だったが、左下の歯に痛みがあり左の頬がお岩さんのように無残に腫れた。それは抗生物質の錠剤を飲むことで緩和した。医療技術の進歩は喜ばしい限りだ。しかし、そこには弊害も出てくる。一昨年は肝臓の治療で飲んだ薬の副作用で苦しめられた。先日の診断でアカショウビンの身体の血液は平均の3分の1しかないことを伝えられた。愕然とした。しかし明快な診断はありがたいとも言える。医師は輸血を薦め、昨日は2時間余りかけて400ccを注入した。感染症など副作用が心配だが医者に任せるしかない。若い医師だがどれほどの技量と能力があるかはこれからわかってくる。昨日の短い遣り取りでは幾らか威圧的で説明不足の感もあった。別な病院での頭のCTでは既にアルツハイマーが進行していることも告げられた。

 すでに死への行程の最終段階をアカショウビンは辿っているのを実感する。60年生きられて感謝する。あとは正しく余生だ。今後は治療を続けながら「体験版 現在の医療現場」というレポートも兼ねる。読者の皆様の体験やお考えがあると思う。コメントには具体的に応えていきたいのでよろしくお願いします。

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2015年1月25日 (日)

発言の重み

 安倍首相の発言によって二人の日本人の生命が奪われようとしている。それに首相はどのように責任を取るのか?朝からテレビを見ていてテレビ局の何ともトロイ発言に呆れた。マスコミなどというものはそういう代物である。二人の人間の命が公開で殺害されるという仮想世界の〝事実〟は極めて世界の現在を反映している。それは既に湾岸戦争で明白になった。しかし、今回の件には時の首相の発言が大きく喧伝されている。それに首相はどう責任を取るのか?

 かつて俳人の金子兜太さんは、何とおっちょこちょいな人かと揶揄した。それをアカショウビンは思い出した。友人は安倍首相を「いいかっこしい」と言った。しかし、それは、そのような切って捨て方で済むものではないだろう。二人の人間の命に自分の発言が関わっているのである。この〝事件〟が、どういう結末を迎えるのか誰にもわからない。首相官邸には判断が迫られている筈だ。恐らく首相は一人の命を見捨て、もう一人の命も見捨てるだろう。〝国家意志〟というものがあるとすれば、それを首相は体現し自らの言動の担保とするだろう。しかし、それがどうしようもない古典的で古風な〝仕来り〟に捉われたものであるか、ということに気づいてはいまい。それを知った確信犯であるのである可能性はある。しかし、その事にアカショウビンは同意できない。

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2014年6月30日 (月)

昨今の世相と道楽

 新聞紙上では集団的自衛権の自・公が行使容認の大見出し。〝平和の党〟は支持母体の慎重論を振り切って政治判断に踏み切った。巷間喧しい戦争できる国への後退は歴史を反省しない愚行と確信する。沖縄を含め何時までアメリカのポチになっているのだと腸(はらわた)が煮えくり返る。

 毎日新聞は朝・夕刊でキャンペーンを張っている。先月の23日(月)夕刊では京都の鞍馬寺管主・信楽香仁さん(89)に取材した。「安倍さん 戦争への道は、あかんえ」の記事は首相に伝っているのかどうか。29日(日)の朝刊では東京大空襲を経験した早乙女勝元さん(82)にインタビューしている。自衛権ではなく戦闘権だという指摘はその通り。首相は堀を一つ一つ埋めて9条を変えたいのだ。明治以降の戦争国家から大戦で敗北し世界に冠たる日本国憲法の優位性を無にする悪行といってもよい。イラクやイランの内戦の苛酷さを我が国は既に幕末、維新で痛烈に経験している。歴史に学ばない近視眼的政治は正にアンポンタンである。与党にしがみつく公明党の無様も情けない。

 同じ紙面には「私の男」(熊切和嘉監督)がモスクワ映画祭でグランプリを獲得したという嬉しい記事も。日本映画では新藤兼人監督の「生きたい」(1999年)以来、15年ぶりの快挙だという。

 また米国のバレエコンクールで日本人女性が金・銀受賞の報道も。大和撫子たちの奮闘はサッカーばかりではない。クラシック音楽では日本人女性の大活躍は周知の通り。われわれ男どもも世界と伍していける力をつけなければならない。

 本日は道楽の音楽でビル・エヴァンスの10枚組みを買ってきた。1700円余で格安。政局とは裏腹にジャズ・ファンにはいい時代になったと思う。

 もう一つの道楽である囲碁では本日から本因坊戦第五局が始まった。カド番を凌いだ挑戦者の伊田篤史八段が更に踏ん張るか興味津々。白番伊田の54手目は昼食休憩をはさみ50分の熟慮の一手。明日はネットで観戦してみよう。国内戦もよいが国際戦でトップ・プロ達が韓国・中国の若手にコロコロ負かされるテイタラクは歯がゆいばかり。ご両人も国際戦で実績を出してもらいたいものだ。

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2013年12月14日 (土)

開高健のアイヒマン裁判の傍聴手記

 開高は1961年に裁判を傍聴した。その内容は『声の狩人』(光文社文庫2008年1月20日)で「裁きは終わりぬ」というタイトルで読める。開高は弁護側のセルヴァティウス博士のアイヒマン弁護に次のように問う。「つまり博士は、イスラエルがアイヒマンをむりやり16年の追跡のあげくにアルゼンチンからひったくって来たことについて、それが国際法を審判する暴力であると説かれるのであるが、いったいこのこといまの政治情勢のなかでどれだけの説得力をもつものなのか」。

 続けて「たとえばアメリカがこの戦後に太平洋で公海権を完全に踏みにじってつづけている核実験というものは、いったい、これは何だ。それは、〝国際法〟というおためごがしと、どんな関係をもっているのだ。この白昼強盗ぶりにくらべれば、アイヒマン一人の誘拐ぐらい、ユダヤ人の怨念の情熱は偉としても、行為それ自体は、まるで幼稚園の学芸会みたいなものだと言いたくなるじゃないか」(同書p47)。

 さらに「私の生活感覚によると、1961年のイェルサレム地方裁判所で展開されたものは、〝裁判〟ではなかった。いや、すくなくとも20世紀のたるみきった〝法と秩序〟の社会通念が判断する〝裁判〟ではなかった。むしろ、それは、一つの奔走する情熱の劇とでも呼ぶよりしかたないような性格のものであった」と続ける。

 同じくユダヤ人の哲学者としてこの裁判を傍聴したハンナ・アーレントとは異なる日本の作家としての細密な描写がかつて読んだ時には新鮮な手記として記憶されていて今回の映画を介して開高の手記を再読した次第である。映画では全体の長さからすれば少ししか登場しなかったハイデッガーのナチズムへの同調とも比較してこの問題は展開されなければならない。激動する現在の世界情勢のなかで開高は現世をどのように眺めて発言するだろうか。それを改めて確認していきたい。

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2013年10月31日 (木)

故郷と故国の現状

 田中一村の終焉の地の近くには巨大な徳洲会病院が威容を見せている。これは21年前の帰郷の時にはなかった。現在のスキャンダルを見聞しながら、徳田虎雄という男の栄枯盛衰に思い至る。氏は弟を病で失った悔しさで医者を志す。その初心が、このような結果で抹殺されるのは惜しい。多くの善意は全体の総意によって抑圧される。現状を報道で垣間見ると暗澹たる思いだ。

 弟の話では父の葬儀の時は氏の奥様が弔問に見えたということだ。氏も父とは因縁があった。本土から遠く離れた南島で氏も父も不十分な医療体制を憂えて改革に乗り出した。しかし時の経過はその熱気を吸収し無化する。その経過は日本国が金満大国として盛衰する状況に同調している。資本主義の欲望原理が人々の善意を食い尽くすのは洋の東西を問わない。

 この40年間、金融の自由化とグローバリズムの掛け声のもと犬の尻尾(金融)が頭(雇用)を振り回す経済構造が出来上がった。その行き着いた先が2008年9月15日のリーマン・ショックだ。アカショウビンも、その影響で再就職が叶わず大阪へ移住した。先進諸国の長期にわたる超低金利時代は新興国から新たな先進国家を生みだす。英国と米国による帝國の支配は終焉を迎えているようにも見える。しかし果たしてアカショウビンが生きている間に、その息の根が止められるのを目の当たりにすることができるだろうか。

 既に先の大戦の敗戦の後にハイデッガーは現象学と存在論的な人類史的射程で思索を深めて警告している。しかし人間たちの業は滅亡しなければ終わらぬのか?学者は将来の見取り図をマスコミを介して開陳する。新聞報道も同様。しかし、そこでの警告は国民の現状とは常に擦れ違う。それは死んだ標本を展示するようなものだ。インテリどもの浅薄な毒にも薬にもならぬ論説が展示されているだけだ。正に歴史の法則のように愚行は繰り返される。それは正しく人間どもの業なのだろう。

 先日、試写を見た「人類資金」(2013年 阪本順治監督)は金満大国で生きる善意の人々の危機感、憂慮、正義感から紡がれている。なるほど現実と対抗する気概で作品は制作されたことが伝わる。新聞の一角では女性プロデューサーの「思う映画を作れなくなくなってきたんです」というコメントが記されていた。宮崎県出身らしい。好きな言葉は「のさらん福は願い申さん」。余分な幸せは他者に、という意味と記者は解釈している。九州女の面目躍如を期待する。隣県の熊本には石牟礼道子がいる。世界で外国人たちと丁々発止渡り合っているのは女たちだ。男どもは何をしているのか。草莽が決起した明治維新の熱と活気は果たして此の國に再現することがあるだろうか。

 帰郷の最終日には従妹の案内で祖先、親戚たちの墓に詣でた。昔の粗末な石作りの墓とは見違える立派な墓が建てられていた。しかし、わが一族も滅亡の危機に瀕している。かつての活気を体験した者としては忸怩たる思いで瞑目した。本家の高倉があった場所には新たに家が増築されている。そこは父の葬儀の帰りに泊まった家だが、その広さを従妹の案内で改めて見て回った。先祖の遺影は静かに末裔たちの訪問を楽しみにしているようでもあった。それにどう応えるか。

 一村の生涯は「アダン」(五十嵐匠監督 2005年)で映像化された。奄美空港近くの記念館には作品も展示されていることだろう。多くの一村ファンがそこを訪れる。今回は多忙で訪れることが叶わなかったが作品は画集でも繰り返し見られる。映画もDVDになっているかもしれない。榎木孝明の熱演は共感する人も少なくないだろう。しかし映像は映像。現実の一村の生涯は作品に正面するしかない。

 愚考を重ねながら空港に向かった。昔は鹿児島までの船旅と夜行電車で首都まで二昼夜かけて辿り着いたものだ。それが空路2時間で済む。近代とは斯くの如しの便利を生んだ。しかし、そこで失われるものにこそ我々は賭けなければならない。そのような愚想も羽田に着けば明日からの生業で沈んでいく。しかし今回の短い帰郷の経験は暫く反芻しよう。従妹に案内の礼を言いながら聞く彼女の声の明るさは希望だ。そこに活路を見い出して再び帰郷したいという衝動にも駆られた。

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2013年10月24日 (木)

新聞から。世界の現状と日本国

 22日の毎日新聞(埼玉版7面)の記事は興味深く読んだ。〝転機〟と題されたインタビューと中国の現状を英国と上海からレポートしている。後者はAP共同の記事。〝転機〟は「中国で得た国際的視野」の見出しで大企業の66歳の社長が体験を述べている。それは戦後をサラリーマンとして刻苦した日本人が中国で経験した体験が率直に述べられている。先日亡くなられた山崎豊子さんの「大地の子」も想い起こされた。アカショウビンも含めて日本のサラリーマン達は国内でノホホンとしている連中と海外で奮闘していた、また現在も奮闘している人々に取り敢えずは二分出来る。海外では現地の言葉から始めなければならない。日本で勉強したくらいでは現地で初歩的にしか役に立たないだろう。それが現地の人々と腹を割った付き合いで血肉化される。それで初めて仕事は進む筈だ。その経験が語られていた。1970年、前身の企業に入社した氏は、課長昇進から約1年後の1985年の〝プラザ合意〟で多額の損失を出す。この失敗を教訓に「失意泰然」を座右の銘とする。企業戦士の面目躍如である。「当時の北京の街並みは60年代の日本のような雰囲気で、上海すら田畑が広がるのどかな風景だった。広大な大陸で生活し、グローバルな視野をもち、物事を肌で感じることの大切さを学んだ」。その一端はアカショウビンも業界の研修旅行に同行して中国やタイ、ベトナム、シンガポールで垣間見た。

 その中国が英国南西部で2023年に操業開始を予定する原子力発電事業に国有2社が参入するらしい。フランス電力企業の株式30%~40%を取得する見込みで、発電所の運営にも参加する可能性がある、と記事は伝えている。共同通信の記事は中国の複合企業がニューヨークの有名オフィスビルを約710億円で買収する、と。中国企業の世界展開は他の国々でも推進されている筈だ。アベノミクスの現在は、そのような世界でどう立ち回るかという検証が試されているわけだ。国会で〝学級委員会〟をやっている茶番では通用しないのだ。同じ面で田中直毅氏はアベノミクスを評価している。その評価はアカショウビンら中高年、高齢者予備軍への苛政となって襲いかかってくる。これには生き様を賭けて対抗しなければならない。現在はそういう局面に至っているのだ。

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2013年10月11日 (金)

水俣病の今後

 大阪に棲んでいた頃に石牟礼道子さん(以後、敬称は略させて頂く)の著作を読みながら久しぶりに学生時代に遭遇した水俣問題を再考した。「花帽子 坂本しのぶちゃんのこと」(創樹社 1973年4月10日)を読み直した。文は石牟礼道子、写真はW・ユージン・スミス+アイリーンM・スミス。今年57歳になる、しのぶさんの少女時代の姿と生き様が31頁の小冊子の中に凝縮されている。

 未だ健在の母親のフジエさんの言葉は先のブログで引いた10月3日の読売新聞に掲載されている。「水俣病がなければ、海とともに穏やかに生きるはずやったとに」。長女の真由美さんを授かり夫婦は「のさった、のさった」と喜んだ。しかし真由美さんは4歳5か月で亡くなった。その頃にしのぶさんが生まれた。そのしのぶさんにも障害が出た。胎内でメチル水銀に侵されていた。フジエさんは「私に何かあったら、しのぶは、どげんして食べていくとか」と歎く。また「6歳で歩けるようになった時は、ほんとうにうれしかったな」とも。そして「当時のチッソの幹部は冷たかった。金を払ったからもうよかでしょ、ちゅう態度やった。怒りやら情けなさらやらがこみ上げて、お金ば突き返して言うたと。『お金は返します。そんなら、死んだ真由美ば生き返らせてくださいよ』って。お金で何でも解決できるという考えが、公害を生むんじゃなかろうか」。

 このような血を吐く思いで搾り出された言葉の重みと深みを我々は心底から聴き取らなければならない。

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2013年10月 1日 (火)

田中正造、没後100年を考える

 福島原発はじめ国内原発の帰趨が話題になるなかで9月12日(木)の毎日新聞朝刊10面・埼玉版)には足立旬子記者(科学環境部)が「田中正造没後100年 生き方や思想 再評価」の見出しで論説を書いている。田中正造は1841年(天保12年11月3日)に生まれ1913年(大正2年9月4日午後零時50分)に没している。記者が引用している田中の言説が痛烈だ。全文は同社のHPで読んで頂くとしてアカショウビンの感想を記しておこう。

 足立記者は記事で田中(以下、敬称は略させて頂く)の言説を引く。それは田中の面目躍如だ。「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」、「デンキ開けて世間闇夜となる」。

 記者は「経済優先の近代文明を鋭く批判した言葉は色あせない」と書く。その言や好し。また〝「自然を征服」は人間のおごりの〟の中見出しで、正造は「軍備を全廃し、浮いた費用で世界中に若者を派遣し、外交による平和を構築することも唱えた」と評価する。これまた、その言や好しである。

 しかし正造の警句は生かされず、約50年後、今度は水俣病が発生した。これについてはアカショウビンもこのブログの中で書いて思索を継続している。ご興味のある方は是非にも渡辺京二さんや石牟礼道子さんの書物を介して書いた記事を読んで頂きたい。

 正造は私財を運動に投じ、信玄袋に入った全財産は大日本帝國憲法と聖書、日記帳石ころなど僅かだった、と足立記者は書いている。それは田中正造という傑物の生涯を象徴して興味深いではないか。

 また死の間際の語りも。曰く「見舞客が大勢来ているうようだが、うれしくも何ともない。正造に同情してくれるか知らないが、正造の事業に同情して来ている者は一人もいない」と洩らしたらしい。さらに「俺の書いたものを見るな。俺がやってきた行為を見よ」とも。

 ここに歴史に刻まれる人物がいることを改めて確信する。

 正造と足尾銅山鉱毒事件を研究する方は次のように足立記者に語ったらしい。

 「正造の事業とは鉱毒事件解決だけではない。憲法に基づき、国家が国民の生命と生活をきちんと守るよう、政治も含め社会の仕組みを変えようとした」。この言は更に好し。今月4日の正造の命日に出身地の栃木県佐野市で法要が営まれたらしい。

 足立記者は次のように記事を締め括っている。

 「(法要が)始まってすぐに雨が激しくなり、雷が何度も鳴り響いた。100年たって日本は経済大国になったが、山や川が荒らされ、人の命が軽んじられている。政治家は、国民は、何をやっているのかと、正造が叱咤しているように感じた。一人一人が何ができるかを考え、行動を起こせ―。雷鳴が胸に刺さった」。

 足立記者の素晴らしい感性を賛嘆したい。同時に自らも正造の行動に共振し日常を改革する行動に打って出なければ娑婆で生きる面白さは得られない筈だと痛感するのである。

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2013年9月 5日 (木)

世相に関するささやかな感想

 米国が遂にシリアへの軍事介入を決議した。あのオバマにしても米国という超軍事大国の過去の歴史を変えることはできなかったという事実は押さえておかなければならない。日本も同盟国としてイラク戦争の時の過ちを繰り返すことになるわけだ。現代に於ける〝警察国家〟としての米国の所業は酷いものであることは歴史を辿れば明白だ。

 アカショウビンが米国という国家に対する認識を新たにしたのはノーム・チョムスキーという言語学者の論説をまとめた「9.11 アメリカに報復する資格はない!」(山崎 淳訳 2011年11月30日 文藝春秋社)という著作だ。そこには米国という国家が歴史的にどのような所業を繰り返してきたかということが一人の国民として告発されていた。現在では詩人として高名な評価がされている共同通信社出身の辺見 庸氏が行ったインタビューも実に興味深かった。それは国家が行う非道に対して米国という〝民主主義〟の国家で言論は決して封殺されていないという証として興味深かったのである。

 それがイラク戦争の過ちを、国会で恐らく十分とは思われない決議で軍事介入する結論に暗澹となるのである。それは先に書いた木下恵介作品に対する感想とも絡んでくる。現在の世相も、かつての日本やドイツの世相も殆ど多くは同じである。戦争という〝外交手段〟に多くの国民が賛同して参加したのである。しかしその反省は当然の如くされるがヒトという生き物の愚は繰り返される。その事に対する根本的で本質的な思考が展開されなければならない。このブログはそのような主旨も込められていることを改めて表明する。それは左右両翼的な安易な二元論的な動機によるものでない事は遂次述べていかねばならない。

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