2017年3月 2日 (木)

移民への仕打ち②

 二人への死刑を求刑する検察官カッツマンの論告から再現しよう。(ただし字幕の句読点は少し変えてある)

 「遠い未開の貧国からはるばる来た人々だ。イタリア人やポーランド人、プエリトリコ人などが、この文明国に近づこうと努力する姿は涙をさそう。我々の習慣や知性に順応しようとしている」

 「差別発言だ!」(ムーア弁護士)

 「陪審員の皆さん、弁護人こそ差別しとる。誠実な米国市民の申し分ない証言と哀れな移民を同等に考えとる。移民はわが国の原則を知らん。自由社会の理想や民主主義正義さえを知らん。英語もろくに離せん」

 「差別だ!KKK教団の狂信者と同じだ」

 「こういう連中こそ自由主義の最大の敵だ。思いやりは大切だが危険は避けねばならん」

 「差別だ。KKK団だ」

 「カリフォルニア出身のムーア氏はKKK団と言う・・・だが移民こそ血の絆で結ばれている。イタリア人は血の儀式を行う。〝首長〟の血を〝新入り〟の血に混ぜるのだ。野蛮な未開人だ!」

 アカショウビンが中学生のころ夢中になって観たマカロニ・ウエスタンで強い印象を受けた敵役の名優ジャン・マリア・ヴォロンティ演ずる被告の一人バルトロメオ・ヴァンゼッティは1921年から始まった裁判の13年前に米国に来て魚屋を生業として地道に働いてきたイタリア移民である。故郷のイタリアでは13歳から働き始めた。〝外国人一斉取り締まり〟があると聞いて移民の一部はメキシコに逃げた人々も。靴職人として生業を立てて来た友人のニコラ・サッコもメキシコに逃げたが「生活はできなかった。苦労して技術者になったのに、つまらん仕事しかなかった」。

 これに検察官カッツマンは追い打ちをかけるように激しく法廷に叫ぶ。

 「つまり、米国への愛は仕事と稼ぎしだいなのだ。貴方の米国への愛はドルで勘定できる」

 これにヴァンゼッティが答える。

 「私は1ドルの貯金さえできなかった。私の望みは、皆が食べていけること、子供達が立派な教育を受けることだ。働く者は白人も黒人も同じになることだ。資本家は貯金している間はおとなしいが、突然、戦争を始めて子供達を殺す」。

 1927年4月9日のバルトロメオの最後の陳述は次の通りである。

 「私は無実だ。盗みも人殺しもした事はない。人の血を流したことはない。犯罪をなくすために闘ってきた。その犯罪とは人間が人間を搾取するという犯罪だ。だから私はここにいる。検察官の言ったひと言が忘れられない。『君は金持になろうとこの国に来た』と・・・鳥肌が立つ。金持になるなど考えた事もない。こうして苦しみに耐え罪を受けるのは私が実際に犯した罪のためだ。アナーキストという罪のためだ。私はアナーキストだ。イタリア人という罪のためだ。私はイタリア人だ。だが、私は正しいと確信しているから、皆さんが私を二度殺したら私は二度よみがえって今までしてきた事と同じ事をする。

 ニコラ・サッコ、わが同志ニコラ、話すのは私が得意かもしれない。しかし、いつでも、この男の思いを考えながら話すのだ。皆さんは、彼を泥棒で人殺しだと決めて殺そうとしている。裁判長の身体がちりになり皆さんの名や制度が不幸な過去の記憶でしかなくなった時にも、ニコラ・サッコの名は人々の心に生きているだろう。皆さんにお礼を言おう。我々は哀れな被搾取者にすぎなかった。善良な靴職人、まじめな魚屋。一生かかっても、こんなに世の中の役に立つとは思わなかった。人間の寛容さや正義や理解のために役立てるとは・・・皆さんは哀れな被搾取者の人生に、意義を与えてくれた。

 続けて発言を求められたサッコは、死刑執行前に言いたいことは?と訊ねられて「ノン」とだけ答える。

 刑場に向かう護送車の中からヴァンゼッティが眺める外の景色にエンニオ・モリコーネの音楽が哀切を極める。しかし彼に促されてもサッコは外を眺めようとしない。「外は美しい」と言う彼にサッコは「何を見るというんだ?」と問い返す。「希望を失くしたのか?」「七年もたって?もう終わってほしい」

 サッコにはヴァンゼッティの言う〝希望〟が失くなくなってしまっているのだ。それは〝絶望〟という事なのだろうか。そうかもしれない。しかし、そこには言葉に収まりきれない深い淵に澱のようなものが怒りやあきらめとして時に希望も明滅し不気味に溜まっているように思われる。

 話は前後するが、この裁判には世界中から反対の声が挙がった。裁判でも知事の恩赦への請求が行われた。カッツマンは知事が同席した部屋でヴァンゼッティにそれを伝える。

 「君が闘う権力体系はクーリッジ大統領から判事へ、知事からここの看守へと及んでいる。この体系をどう思うかね?この体系の中でひとつの弱い点にすぎない知事がアナーキストに対して温情をかける力を持つと思うか?これにヴァンゼッティは「我々の罪は殺人ではない。アナーキストという罪だ」。これにカッツマン検察官は更に問いかける。

 「君がアナーキストではないとする。強盗殺人だとしよう。世界中にこれほどの反響が起こるか?起こりはしない。君はあたり前の一市民ではない。アナーキストだ。世界中に運動が起きている。温情措置は反権力運動に水をさすのでは?弱さととられるかもしれん」。

 ヴァンゼッティ 「正義を話したかっただけだ」

 カッツマン 「正義は、権力体系の一部では?こんな状況でも君が権力者なら恩赦を与えるか?」

 ヴァンゼッティ 「私は正義の証明がほしかっただけだ。貴方がたは改めて教えてくれた。権力体系は暴力の上に成りたっていると・・・」

 カッツマン 「アナーキストの君が暴力を論じるのかね?」

 ヴァンゼッティ 「七年前から同じ言い方だ。もう一度言っておく。貴方がたが強制する社会を我々は破壊したい。暴力の上に成る社会だからだ。生活に窮するのは暴力だ。何百万人の人が飢えに苦しむのは暴力。金銭も暴力。戦争も。日々に味わう死の恐怖も。それも暴力なのだ。フラー知事、なぜ言ってくれないのです?〝ヴァンゼッティ、請求は却下された〟と」。

 それに知事は「決めかねていたのだ」と答える。検察官カッツマンは勝ち誇ったように、「君はシンボル的な存在だ。しかし死刑囚でもある。君なら、どちらを助けるかね?死刑囚か?シンボルか?」

 この遣り取りのあと、独房に戻り、向かいの独房のサッコにヴァンゼッティは話しかける。

 「君が何も求めなかったのは正しい。奴らはただの人殺しだ」。

 独房でサッコは息子に手紙を書く。妻と面会に来ても裁判や父の現状を理解できない年頃で父親に近づこうとしない息子に。

 「息子よ。昼も夜も、お前たちを思った。自分の生死も分からなくなった。お前とお前のママを抱きしめたい。許しておくれ。この不当な死のためにお前は幼くして父を失う。彼らは我々の身体を焼くが、我々の信念は焼き尽くせない。それは若者に受け継がれる。お前のような若者に・・・覚えておけ息子よ、利他する幸福は、ひとり占めにするな。へりくだって隣人を思いやれ。弱い人、悲しむ人を助けよ。迫害される人に手を貸せ。彼らこそ、真の友人だ。覚えておけよ。利他する幸福を。忘れるな、利他する幸福を。我々の信念は崩せない。未来の若者に受けつがれる。お前のような若者に・・・」

 サッコは電気椅子に座らされる。「さよなら わが妻よ 息子よ。わが同志よ」

 上半身を縛られ、眼の前に覆いがかけられる。映像は映画の冒頭のシーンのように白黒になっている。画面はヴァンゼッティに変わる。独房から出されるヴァンゼッティ。陪審員たちに正面し、小さく頷く。12時10分を指す時計。その下の陪審員たち。顔に覆いをかけられるヴァンゼッティ。画面は暗転し、「法の定めにより、死を宣告する」のナレーション。クレジットが流れるなかジョーン・バエズの懐かしい歌声が響く。

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2017年2月21日 (火)

移民への仕打ち

 現在の米国が記憶をたぐりよせたほうがよい歴史を映画作品で想い起こすと『死刑台のメロディ』(1971年 ジュリアーノ・モンタルド監督 イタリア・フランス合作)がある。特に物語は辿らない。レンタルショップで借りられる。アカショウビンも先日借りてきて何年ぶりかで観直した。無実の罪で死刑にされたイタリア移民、ニコラ・サッコとバルトロメオ・ヴァンゼッティの実話が映画化された作品だ。裁判での遣り取りのシーンが白眉である。

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2017年2月 2日 (木)

オリバー・ストーン監督の最新作

  オリバー・ストーン監督の最新作『スノーデン』を観てきた。米国の新大統領に振り回される私たち日本人や当の米国始め諸外国など「世界」が、どういう現状にあり、どういう現実と現在にあるかに暫し考える時を与えてくれる快作に仕上がっている。公開から間もないとはいえ新宿の劇場が満席というのも驚いた。
 取り合えず簡単に感想を書いておこう。
 2時間以上の長尺だが先ず冒頭のスノーデン氏がCIAに職を得る前に在籍していた海兵隊でのシーンがスタンリー・キューブリックの秀作『フルメタル・ジャケット』のパクリ(オマージュではあろうが)であることが面白く、この作品にかける監督の意欲と才覚を改めて納得した。それからCIAにめでたく採用されてからの経緯も現代の情報産業、情報戦争の最先端を活写し刺激された。ベトナム戦争を兵士として経験した監督の、米国という覇権国家の過去と現在とアジアはじめ諸外国との関わりの過去と現在は、その後の監督の映像作品を観て一貫する問題意識となっている。それが本作でも現在の社会と鋭く交錯し切り結ばれていることが確認できた。それには何より脚本でその名を世界に知らしめた『ミッドナイト・エクスプレス』(1978年 アラン・パーカー監督)を観直さなければならない。そのあとの『プラトーン』など一連の作品より本作は『ミッドナイト~』と密接に呼応していると思うからだ。それは一人の国民が国家と濃密に関わる関係の特異性と苛烈さとも言える。

 話は飛ぶが、アカショウビンは、先日新聞のコラムで或る短歌に痛烈な刺激を受けた。<くろ鉄(かね)の窓にさし入る日の影の移るをまもり今日も暮らしぬ>。これは独房の中で死を覚悟した女性のものである。「大逆事件」で処刑された管野須賀子の辞世である。『ミッドナイト~』と『スノーデン』の主人公も幸い国家から処刑されることはなかったが106年前に一人の女性は国家によって短い生涯を終えさせられた。そのような事もオリバー監督の作品は思い起こさせる。
 それと併せて、私たち人間が日常生活の急激な電脳化と国家間の情報戦のなかに取り込まれて生きている現実と現状を監督は緻密に再現した。この作品は、私たちが生きている現在と「世界」の将来と未来を熟思するために新たな思考を励起しなければ、という刺激を与えてくれる秀作といえる。

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2017年1月25日 (水)

映画の台詞

 東京新聞の“筆洗”は映画と文学の話題で面白い記事が載ることがある。今朝の朝刊は先日亡くなった松方弘樹氏(以下、敬称は略させて頂く)の追悼。『ゴッドファーザー』のアル・パチーノの起用の話から始め『仁義なき戦い』の松方の話に渡す。引用する松方の台詞が作品の或るカットを想起させた。「あんた神輿やないの。神輿が勝手に歩けるいうんなら、歩いてみいや、おう」と主役の菅原文太に詰め寄るシーンだったろう。そこで松方は俳優として観客に痛烈な印象を与えた。アカショウビンもそこで松方が映画史に残る役者になったと思った。1973年のこの作品は久しく観ていないが近いうちにレンタルショップで探してみよう。最近借りてきたDVDを全編観ずに返すことも多くなった。こちらの体力と集中力が衰えてきていることもあるが作品がつまらないこともある。映画でも文学作品でも名作を観て読むことは精神を活性化、励起させる。日々のアルバイト労働は体力を消耗させること甚だしいが、工夫参学は仏者の教えである。古人の言葉は傾聴しなければならぬ。同様にアカショウビンには音楽が有力な活力剤の如きものである。先日のチョ・ソンジン、リサイタルに刺激されショパンの未聴録音も探してみよう。

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2016年11月12日 (土)

映画「聖の青春」

 昨夕、友人NA君のお取り計らいで都内の会場で「聖の青春」(森 義隆監督)の試写会に行ってきた。将棋の世界の一端に関わったファンとしては是非観ておかねばならないという衝動による。アカショウビンは原作を単行本で読んだが現在は文庫になっている。著者は村山はじめ棋士たちとの付き合いが広く棋界をよく知っている人である。それだけに志半ばで逝った怪童(この形容も著者かもしれない)への心からの追悼、賛辞となっていると読んだ。村山 聖(さとし)という夭折の天才の何たるかを知りたい方にはお勧めする。村山(以下、敬称は略させて頂く)が亡くなって18年経つというのに感慨新ただが映画は実に抑制された構成で凜とした緊張感が作品を貫いている。監督はじめ完成までに作品に関わった人々は一人の特異と言ってもよい棋士の生き様と死に方を描いた秀作に仕上げた。  監督は構想から10年かけたというが、その言も理解できる内容だ。出演者達も監督のその気迫によく応えている。多くの観客は将棋界という特異な業界、世界を知らないだろうから物珍しさも感じられたろう。また、それが新鮮にも感じられたかもしれない。それは名人位を目指す天才少年達が熾烈な戦いを繰り広げる世界だ。それを監督はじめ出演者スタッフは良く作り演じた。公開は19日(土)から。将棋を知らない方にも広くお勧めする。

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2016年10月15日 (土)

アンジェイ・ワイダ監督を追悼する

 アンジェイ・ワイダが亡くなりレンタルショップで作品を探したが『カティンの森』(2007年)しかなかったので数年ぶりに観直した。劇場で観たのは大阪に棲んでいるころで梅田の劇場だった。ワイダの突き付けるメッセージと過酷な歴史事実を作品に仕立て上げる強烈な意志を感じた。その後、何度か観直そうとしたが腹に落とす重さのようなものに耐えるこちらの覚悟が見つけられなかったのだろう。ワイダの死でやっと覚悟というかこちらの湧き上がる力というのかそれが出てきた。他の作品も都内の劇場で上映されるかもしれない。その時は既・未見のものも含めて感想を書く機会があるだろう。

 それはともかく、この作品はワイダの執念と覚悟を痛感する作品といってもよい。未見の方はネットかレンタルショップで借りてでも観ていただきたい。アカショウビンはいつものように熟視したカットと作品に籠められている監督の伝えようとしている不可視のものと映像についていくらか文字にするだけだ。

 冒頭のシーンは雲の中をカメラがゆっくり移動する。この手法はかつて似たような映像を思い出す。そして雲間が晴れると橋の両側から家財道具を荷車に積み家族が集団で行列なす人々の群れだ。

 1939年9月1日、ドイツ軍が17日にはソ連軍がポーランドに侵攻する。ポーランド民衆は板挟みになる。〝一人の女の物語〟というコメントがされる女性はワイダの母親だ。その女優を含め群衆の動きと表情にはワイダの厳しい演出があっただろう。それに彼らは見事に応えている。それを見ればこの作品が伝えようとしているものが尋常なものでないことを直感する。

 物語が伝えようとすることは先の大戦でソ連がポーランド将校一万二千人をカティンで虐殺したという事実と残されたそれぞれの家族と人々の生き方と死にかただ。ポーランド軍で最年少で大尉になったワイダの父親もそこで殺された。その歴史事実をワイダは作品に残して後の人々に伝えておきたかったのだ。そのような意志は我が国でも、新藤兼人や黒木和雄の晩年の作品に観てとられる。その共通ともいえる意志の何たるかは巷間喋々される〝反戦映画〟という概念で集約することはできない。それはまた別の話だ。

 1940年、4月10日、モスクワから402kmの土地にワイダの父親であるアンジェイとポーランド軍の大将たちは移送され、次々に捕虜たちは射殺される。死体を埋めるブルトーザーは「夜と霧」のユダヤ人達を埋めるシーンを想起させる。ソ連軍(赤軍・ボルシェビキ)は後頭部から射殺するゲシュタポのやり口でドイツ軍の仕業に見せかけた。

 アンナに届けられた遺品の手帳は雨か水に濡れ途中で何も書かれていない。アンジェイは大将たちが屋内で射殺されたのとは別に郊外で射殺されるシーンが物語の終息と、この歴史事実が伝える無言だが映像で痛烈なメッセージを観る者に突きつける。

このソ連兵たちの冷静で憎しみとも思えない冷徹は何か?ブルトーザーが積み重なる生々しい死体を穴に埋め土をかけていく。それを父なる神は見ているのか?殺された者たちは聖書の一節を声にしながら殺されていったのだ。映画はそこで終わり暗闇の奥から死者たちを悼む男声合唱が聞こえてくる。クレムリンの命令で秘密警察GPUは1万2千人のポーランド軍の捕虜の将校達を殺害したのだ。

強く印象に残ったシーンがある。ある夜、ソ連軍はカティンの森での虐殺をドイツ軍の蛮行だとポーランド民衆に移動スクリーンで喧伝する。それを虚偽だと大将夫人がソ連兵を詰る。たまたまそこに居合わせたアンドレイの友人イェジは夫人を止めて深夜の広い道路を歩く。そのシルエットが実に美しい。二人はベンチに腰掛け虐殺の真相について言葉を交わす。イェジはスターリンの中立性を証言しソ連軍に加担している。二人の前を二人のソ連軍将校が通り過ぎる。それにすかさずイェジは敬礼する。それを茫然と眺めた大将夫人は「殺人者に敬礼した」と吐き捨てるように言う。その表情にワイダは作品のメッセージのひとつを込めたと思われた。その表情の変化を女優は見事に演じた。「あなたも連中も同じ。思いは違っても行動は同じ。思うだけでは何の意味もない」と言い残し去っていく。それは昼と夜の違いはあれ『第三の男』のラストシーンを想い起こさせた。そこには〝犯罪を見て何もしないのは罪に加担したのも同じ〟という指摘も聞こえてくる。それはともかく、映画関係者にはぜひ追悼上映をやって頂きたい。監督は90年の映画人生で多くの傑作を残した。その晩年の佳作を再見し心から哀悼の意を表す。

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2016年7月 2日 (土)

最近の試写会から

 いつもお世話になっているN君から試写会のお誘いがあり、都内のホールで観て来た。『シング・ストリート』(ジョン・カーニー監督)。アイルランドのダブリンを舞台にした音楽物語である。佳作の仕上がりだ。高校生たちの成長潭だが中高年の鑑賞にも耐える。

 1985年のダブリンは大不況。主人公の家族も経済苦に見舞われる。何度も家族会議を開き殆ど家庭崩壊状態。その主人公をはじめ両親、兄妹の生活が丹念に描かれる。それが実に面白い。ダブリンの宗教的な区別のある高校事情も知られる。不仲の両親は離婚寸前。主人公の兄はドイツの大学への留学を親に止められ引きこもり状態。主人公は学費の安い荒れた高校へ転校させられイジメに。どこの国でも学級崩壊の様子は大同小異。そのなかで主人公は音楽で仲間を集め恋愛もし逞しく活路を見いだす。それを頼りがいのある兄が強くサポートする。その過程が観客を作品に魅入らせる。音楽映画としてナカナカの出来である。アカショウビンは昨年DVDで観たクリント・イーストウッド監督の『ジャージー・ボーイズ』を思い出した。さっそくレンタルショップに出かけたが全部貸し出し中。9日から公開されるので音楽ファンには特にお奨めする。

 その前に観た『トランボ』(ジェイ・ローチ監督)は7月22日に公開予定。1940年代から1950年代に吹き荒れたレッド・パージ(赤狩り)、反米共産主義者弾圧運動を丹念に描いている。脚本家、ダルトン・トランボは他の映画人たちと共に下院非米活動委員会(HUAC)の公聴会にかけられ証言を拒否し投獄される。アカショウビンは若い頃に観た『ジョニーは戦場に行った』に強い印象を受けた。ベトナム戦争の兵士の悲惨を描いた作品でこれが当局の様々なチェックを受けたのは推測される。若松孝二監督が『キャタピラー』という作品でこれをパクッたことは以前に書いたので繰り返さない。この作品の売りは名作『ローマの休日』の脚本は実はトランボが書いたのだという事実も伝えることだ。ハリウッドで干されたトランボは実名を出すことはできなかったが脚本の注文はあったのだ。『スパルタカス』、『パピョン』などの作品もトランボの脚本がその成功の原因でもあると思われる。

 現在、公開中の『帰ってきたヒトラー』(デヴィッド・ヴェンド監督)は、原作が2012年にドイツで200万部のベストセラーを記録した鳴り物入りの作品。アドルフ・ヒトラーが現代に甦ったら、という設定が奇抜。若い人にはドイツの歴史を辿る契機になるかもしれない。ヒトラーという怪物をコミカルに描いたのも監督の才覚がわかる。

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2016年1月29日 (金)

純愛とは何か

 就活の合間はレンタルDVD三昧である。その中には初見の佳作も。『執炎』は浅丘ルリ子百本記念の大作。昭和39年の芸術祭参加作品というから日活が社運を賭けた作品ともいえる。2時間の長尺だが当時の女性たちが感涙しただろう蔵原監督の意気込みが伝わる。戦争に引き裂かれた若い男女の物語である。浅丘(以下、敬称は略させて頂く)の相手は伊丹一三(当時)。アカショウビンには『お葬式』などの作品で同時代の優れた監督として新作を楽しみにしていた人だ。それが俳優として熱演しているのが興味深かった。俳優としては『居酒屋兆次』の高倉 健の憎まれ役としての成熟した演技が想い起こされるが若い頃の発散するエネルギーが純愛物語に貢献している。

 それを観て考えるのは〝純愛〟とは何かという問いである。そのような恋愛とは映画だけの夢物語なのか、現実にもあった事なのか。恐らくそれは市井の人々にも多かれ少なかれあった事実であろうと思われるのは映画として成功した事になる。それは先の大戦で銃後を支えた多くの女たちの実生活を思えばそういう感慨に至る。先に感想を述べた新藤兼人監督の『一枚のハガキ』もそうである。戦争が引き裂いた純愛。それは新藤監督と先妻、乙羽信子の間にも生じた関係と思われる。

 同作は浅丘も渾身の演技で応えている。裸体も晒す熱演だ。それはともかく、このような作品を昭和39年の東京五輪の年に作るということは日本人の娯楽の主要な娯楽の一つだった映画というメディアの最後の仇花のようにも思える。今や先行き不透明とはいえ、戦火の国からすればユートピアのようなテレビのエンターテイメント番組全盛の現実を見れば此の国は平成元禄といってよろしかろう。アカショウビンは残念ながらこのような恋愛経験は経験はできなかったのが多少悔やまれるが人生なんてそんなものかもしれないと諦めるのである。

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2016年1月21日 (木)

新作映画、「失われた歌声」

 先週、友人から頂いた招待券で渋谷の映画館へ。久しぶりに訪れる劇場だ。いつか新藤兼人監督の新作を観た劇場だ。今回は西アフリカ・マリ共和国を舞台にした作品。フランスのセザール賞を7部門受賞したという。フランスでは百万人が観たらしい。パンフレットの宣伝文句は「全世界が慟哭した」、とか。監督はアブデマラン・シサコ。アカショウビンは初見である。昨年のアカデミー賞で外国語映画賞にノミネートされた、というのでは観ないではいられない。ところが劇場の観客は上映前に7~8名、上映開始には10名くらいしかいない。そのためスクリーンに集中できたのは幸い。舞台は世界遺産の美しき街、西アフリカの古都マリのティンブクトゥ。原題はそのティンブクトゥ。邦題は『禁じられた歌声』だ。

 2012年にマリ北部の町、アゲホルクで実際に起きた事件に触発されたシサク監督が映画製作を進めた、と解説されている。事件とはイスラム過激派による若い事実婚カップルの投石公開処刑だ。登場するトゥアレグ族は元が遊牧の民でイスラム社会でも珍しい女系社会という。その地で音楽やスポーツを愛する人びとが住む地にイスラム過激派の影が落ち始めたのは21世紀初頭らしい。砂の土地の景色はあの『アラビアのロレンス』を想起させる。あの砂漠の砂の美しさは格別だった。ピーター・オトゥール扮するロレンスが拳銃を片手に咆哮し軍を率いるシーンは輝かしく脳裏に残っている。そのような記憶を呼び起こすシスコ監督作品はアラビアと異なる西アフリカの砂漠の光景で展開する物語だ。それは悲劇であるが現在も世界の各地で起きているものだろう。それを監督は映像にした。それに多くののフランス人たちが反応した。それはパリでのテロとなって現実に起きた。現実は映画となり映画は現実となる。

 音楽も効果的だ。民族音楽の素朴さは洋の東西南北を問わない。我が奄美の古謡ともそれは共振してしている。素朴とは何かという問いも生じるがそれはさておく。

 本日は読みさしのハイデッガーを読み継ぐ。『論理学の形而上学的な始元諸根拠』は、1928年夏学期のマールブルク講義である。副題は‐ライプニッツから出発して‐。「存在と時間」を刊行してさらに思索を持続するハイデッガーの声が響いてくる。ライプニッツを精読し、その思索を受け継ぎ解体することで新たな視界を開こうとするハイデッガーの意志が伝わる。我が国ではライプニッツ研究の第一人者、下村寅太郎の著作も思いだす。アカショウビンは、氏の日露戦争時の東郷平八郎提督率いる帝国海軍とロシア・バルチック艦隊の日本海海戦を分析した著作が面白かった。『世界の名著』(中央公論社 昭和41年)の第25巻はライプニッツとスピノザである。その付録で下村氏と古田 光氏が対談している。下村氏は昭和13年に『ライプニッツ』を書き、ライプニッツの論理学と数学に関心を持っていた、と話す。そして現在(昭和41年頃)は、政治とか宗教とかいう実践的な方面に自ずと関心が移っている、と述べている。下村氏も当時のハイデッガーに触発されただろう。アカショウビンも『モナドロジー』を読みながらハイデッガーの思索を辿っていこう。

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2016年1月 3日 (日)

1937年の米国映画

 年明けから気力が満ちずダラダラと過ごした。年末は友人のN君と会い食事。その前は知人と都内で忘年会。元旦の夜は恒例のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを聴きながら寛ぐ。マリス・ヤンソンスという指揮者は数年前に初登場しシュトラウス親子の珍しい作品を演奏しアカショウビンも愉しんだ。その後は日本へも来てベートーヴェンの交響曲全曲演奏会を開いた。その幾つかは友人が録画してくれたDVDを送ってくれて面白く聴いた。しかし今一つ気力が湧かない。就職活動のため履歴書も書かねばならない。

 そこで、きのう借りてきたDVDを観て幾らかブログを更新する切っ掛けを掴んだ気がした。作品はフランク・キャプラ監督の『失われた地平線』(1937年公開)である。レンタルショップに行っても借りたい気力が湧く映画がない。あれこれ物色するうちに、この作品と『オペラハット』を見つけたという次第。完成度は高いとはいえない。当時のフィルムの完全版は失われている。それを復元したものがこれである。1937年の公開時は132分の上映時間。やがて107分の短縮版が上映されたようだ。ところが1967年にはオリジナルネガが完全に損傷し完全版のフィルムも消失。それを1973年、ソニーピクチャーズとUCLA研究所が最新のデジタル技術で完全版復元に着手。世界中に散らばったフィルムを探し出して丹念に比較検討し7分間の映像が発見されないまま、俳優たちのスチール写真で構成し125分の映像と132分のサウンドトラックを復元した、と冒頭に説明されている。本編は先の大戦が始まる前の中国。主人公はイギリスの外交官。彼は戦争が始まり戦火を避けようと空港に殺到する群衆から英・米人を優先し飛行機に乗せる事に奔走する。冒頭のシーンは実にテンポの良いカットで映像に観る者を引きつける。

 この作品は戦争に突入する前後に米国で撮られた。しかも公開されたのが奇しくも1937年。先のブログで紹介した辺見 庸氏の『1★9★3★7★』の舞台となる1937年である。皇軍(日本軍)が南京で虐殺を繰り広げていた年に米国の映画監督は中国の別の場所でこのような映画を撮影していた。一方で同じ年、ドイツではアーノルド・ファンク監督が16歳の原 節子をヒロインに日本に取材し『新しき土』というプロパガンダ作品を作りドイツで大好評だった。このような出来事は偶然であると同時に必然と思われる。それは世界史という枠組みの中で人間たちに生じた出来事である。

 この作品の内容は欧米人の不可思議で神秘的な東洋という興味に駆られたものだ。それはドイツ人のアーノルド・ファンクにもある。何せ日本は火山の恐怖のもとに暮す民族として描かれているのだから。キャプラにとっては東洋とはユートピアである。その地名はシャングリラ(桃源郷)。騒乱の中国から飛行機は上海を経由しロンドンへ戻る筈がチベットへと飛行機は向かう。そこで遭遇する物語がこの作品のメッセージである。欧米社会とは異なる世界が東洋に存在しそれは欧米人が省察し考察し新たな世界に変えていくモデルとなるべき場所と人々として描かれる。戦争の悲惨もなく人びとは穏やかに長寿を保ち生きている。主人公がシャングリラを統治する賢者と対話する場面にはこの作品の強いメッセージが込められている。賢者は次のように述べる。

 「どんな人間でも一生の中で永遠をかいま見る瞬間がある、というあなたが書いた一文に私たちは感動し、あなたを誘拐し招いたのだ」、と。そして、この200年の寿命を長らえている賢人はベルギー人の神父なのだが、さらに主人公に話し続ける。「君が人生で生きていくのはせいぜい、20年か30年だ」。それに主人公は答える。「人生には生きる目的が必要です。目的がないのならば人生も無意味です」。それにぺロー神父は答えて言う。「私はかつて夢を見た。あらゆる国家が強力になる。知的にではなく、俗悪な情熱と破壊欲においてだ。兵器のパワーは増し、一人の武装兵士の力が殺しのテクニックを楽しむようになり、その風潮が世界に広まる」。

 それは、まるで現在の世界を予言しているではないか。というよりも、既に20世紀に入る前からそれは準備され明敏な人々には予測されていたことである。それは辺見氏が警告する日本の現在も南京の1937年も同じ位相で見はるかす視角が必要ということでもある。ペロー神父は世界が突進している宿命から守るために世界中の美術品や文化的な遺産を収集した。人びとの熱病を止めなければ残忍さと権力欲が自らの刃で滅びなければいいが、その時のために私はこうして生き長らえている、と語りかける。「強者が互いを滅した時に人間らしい倫理が成就される。温和な人々が、この地球を受け継ぐのだ」と主人公に伝えペロー神父は息絶える。

 そのメッセージは先の戦争に対するキャプラの意志でもあろう。それは現在の我々に世界とそこに生息し生きる人類に改めて熟考を促さないだろうか?アカショウビンは、このメッセージに回答し残り少ない娑婆での人生を生きるわけだ。その際の導きの糸となる思索は次のような思索に刺激され促される。

 われわれが、導きの糸として受け取られた根本命題である「現‐有の「本質」はその実存のうちにある」を今こそ改めて徹底的に思索すると、以下のことが生じる。すなわち、『有と時』の意味で考えられた「実存」が見通されるのは、問いが現‐有に向かう場合に限られるということである。そして現‐有が問われるのは「有の意味が問われるからである。(『ドイツ観念論の形而上学(シェリング)』 ハイデッガー著 創文社 p56)。この1941年にフライブルクで行われた講義の中でハイデッガーは自らの著書に加えられた批判と誤解に繰り返し回答し未完の著作で提出された問いを再認し、さらに問いと回答を提出している。それは難解だが実に生き生きと著者の思索を強く読者に伝える。新たな年にアカショウビンも衰える体力に抗しながら共振し考察を続けていきたい。

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