2017年10月11日 (水)

М・スコセッシの『沈黙』を観る

   昨年公開されたマーティン・スコセッシ監督の『沈黙』をレンタルDVDで観た。翻訳された遠藤周作の原作を28年前に読んで映像化を意図してきたという。28年前というと1988年、『最後の誘惑』を撮った頃だ。この作品はギリシアの哲学者・小説家ニコス・カザンザキスの原作『キリスト最後の小さなこころみ』を映画化したものという。おそらく、その作品を撮るうえで参考文献として読んだのだろう。それが実現されて監督のファンはじめ今や世界的巨匠となり多くの人々に17世紀初頭の日本と諸外国の関わりが宗教的なレベルで伝えられたことは幸いだ。原作はいち早く篠田正浩監督が映画化し当時アカショウビンも観た。しかしレンタルショップにはなかった。当時読んだ原作も度重なる引っ越しで手元にはない。いずれ新たに購入し感想を書きたい。

  それはともかく、米国のイタリア系移民の末裔が遠藤の原作に刺激されたというのは興味深いことである。当時の日本の家屋、日本人、ロケーションには多少の違和感も感じたが、それは仕方のないことと思える。しかし扱うテーマは重く、それは現在の信仰者たちにも痛烈な思惟を促す内容であることは言うまでもない。背教、棄教という信徒とイエズス会司祭たちに強いられた事実をカソリック信者の原作者は小説として真摯に作品化した。映画も多くは原作の根幹を丁寧に読み込み仕上げたものと思われた。アカショウビンはこの作品のなかで急所と思われたシーンを取り上げて感想を述べたい。それは棄教した(転んだ)神父フェレーラとその弟子のロドリゴとの再会と対面の場面である。

  フェレイラは棄教後に妻も子もあてがわれ、寺でロドリゴと面会する。フェレイラは〝穴吊り〟という身体を藁で包まれ地面に掘った穴に逆さ吊りにされる拷問に耐えられず信仰を棄て〝転んだ〟。それをロドリゴに説明し、かつての弟子にも棄教を促す。弟子はそれを詰るが師はキリスト教が間違った教えでそれを書物にもしている、と話す。『顕偽録』という名の本を「欺瞞の開示、または暴露」と説明し「より派手な表現だ」と 自嘲する。それを付き添いの浅野忠信演ずる武士が「真理だ」と口を挟むと、ロドリゴはすかさず「真理を毒のように扱う」と返し、「むごい、むごすぎる」と吐き捨て「人の魂を歪めるなど拷問より残酷だ」と述べる。武士は「彼はフェレイラではなく、今や沢野忠庵であり、〝平安を見い出した者〟彼に導いてもらうがいい、仁慈の道を、我を棄てることだ、人の心に干渉してはならん、仏の道は人に尽くすこと、キリストもそうだろ、どちらも変わりはない、一方に引き入れなくともよいのだ、似ているのだからな」と言う。フェレイラが踏み絵を踏み〝転ぶ〟場面は、この作品の白眉ともいえる。リーアム・ニーソン演じるフェレイラの演技は見事だ。奉行を演じたイッセー尾形の描き方も監督の演出で司祭達との対比が実に見事な効果を醸し出している。キャスティングにあたって監督は彼が昭和天皇を演じたロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督の「太陽」も見ている筈だ。

   フェレイラは日本に渡り15年間布教し、「我々の宗教はこの国に根付かない、この国は沼地なのだ」と話す。「苗を植えても育たない。根が腐る」と。これにロドリゴは反論するがフェレイラは「日本人が信じたのは歪んだ福音だ。我々の神など信じてはいない」と断じる。ザビエルを持ち出し反論するロドリゴにフェレイラは「ザビエルは〝神の御子〟を教えるため、神をどう呼ぶのかと尋ねられ、〝大日〟だと答えた」と。神の独り子は〝太陽〟で、「聖書でイエスは三日目に甦る。だが、日本では〝神の太陽〟は日々昇る」と笑う。「彼らは自然の内にしか神を見いだせない。人間を越えるものはないのだ、キリスト教の神の概念を持てない」と述べる。  フェレイラは、そこで日本に膾炙している「山河を改む」という言葉を引き「山河の形は変われども人の本性は変わらぬ、とても賢い考えだ、我々は人の本性を日本で見いだしたのだよ、たぶんそれが神を見つけるということだ」とロドリゴに諭す。「キリストがここにいたらキリストは彼らを救うために棄教したはずだ、お前の愛を見せろ、主が愛する人々を救え、教会の裁きよりもっと大切なことがある。今まで誰もしなかった最も辛い愛の行為をするのだ」とロドリゴに棄教を促す。そこにキリストの声が聞こえる。踏み絵を踏むロドリゴに「それでよい、よいのだ、お前の痛みは知っている、私は人々の痛みを分かつため この世に生まれ十字架を背負ったのだ、お前の命は私と共にある、踏みなさい」と。

  それは時を超えて宗教教団の宗派を超えて問われる難問だ。長崎はじめ日本のキリシタン達はあの時代に多くが殉教者として時の権力者に殺された。その歴史事実は世界で現在も行われている。その現在性に目を向けなければならない。それは監督のメッセージでもあるだろう。 先日読んだ、『沖縄と国家』のなかで辺見 庸が目取真俊との対談の最後にアーサー・ケストラーを引いて書いている。それは、映画とは関係ないが底で通じる論説だ。曰く、「殉教者の血は大地をゆたかに肥やした、ということがいわれてきた。しかし、じつのところは、殉教者の血は、下水道にごぼごぼと単調な音をたてて流れくだっていたのである。人間が回想できるかぎりの昔から、世界のどの部分をみわたしてみてもごぼごぼの音が低まり、あるいはやみそうな希望を抱かせてくれる証拠は、ほとんどなにもない」(『機械の中の幽霊』)。それは1967年のことである。「人民と政府は、歴史からなにものも学ばず、あるいはそこからみちびきだされる原理にのっとって行動することもない、というのである」(同書p182~p183)と嘆く。それはヤマトゥと日本の関係、世界の現状と歴史に鑑みて発する嘆息であるが、宗教と世界についても首肯する事実である。

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2017年8月 2日 (水)

追悼

 ジャンヌ・モローとサム・シェパードの訃報が伝えられた。いくつかの作品を観て刺激を受けた者として作品を思い出しながら追悼しよう。
 先ずはジャンヌ・モロー。若い頃から好みの女優というわけではない。しかし、フランスを代表する女優の一人である。その存在をスクリーンで正面し捉えなければならない。記憶にいくらか甦るのは『小間使いの日記』(1963年 ルイス・ブニュエル監督)だ。鼻っ柱の強い、小間使いをよく演じて、なるほどこれは独特の個性であるなと納得した。『死刑台のエレベーター』(1957年)はマイルス・デイビスの音楽の方が有名になった感もあるがルイ・マル監督のファンとしては監督作品の新たな刺激としても観直したい作品だ。老いても活発に活動しておられたようで新作を一昨年くらい前に観た。気骨のある老婆を演じて恐れいったものだ。
 サム・シェパードは病との格闘が意外な印象として新たな感慨をもった。病は筋委縮性側索硬化症。徳田虎雄と同じ難病だ。それは過酷な病であることは徳田の闘病をテレビや書かれた本で少しは知った。劇作家としての仕事より俳優としてアカショウビンは関心をもった。『ライトスタッフ』(1983年 フィリップ・カウフマン監督)は面白く観た。宇宙飛行が戦闘機乗りの経験から科学的データの積み重ねで現実化した経緯を巧みに描いた佳作だ。
 ジャンヌ・モローは享年89歳。倒れているのを家政婦が見つけたというから、家族に看取られての大往生というわけでもない。サム・シェパードは73歳だったろうか。こちらは病との闘病での辛い、厳しい最期と思える。此の世での映像を介したご縁だが心から哀悼の意を表したい。近いうちに出演作品を観て感想を書く機会もあるだろう。

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2017年6月23日 (金)

河瀨監督の「光」を観る

昨日、アルバイトを休み新宿の劇場で河瀨直美監督がカンヌに出品した「光」を観てきた。朝の回で何と観客はアカショウビンの他三人。おかげでゆっくり観られた。食事もしながら。しかし何とアイスコーヒーとホットドッグで800円には魂消たが。

  前作の「あん」に続く作品として期待もした。カンヌでは観客総立ちで10分間拍手が止まなかったという。物語は一本の映画を視覚障害者のための音声解説に取り組むスタッフの遣り取りである。健常者には思いもつかない現実を彼らは生きている。それは想像力を最大限に発揮し生の活路をはたらかすという日常を彼らは生きているということだ。全盲といくらか光を感知する主人公の生きざまを河瀨監督は繊細な感受性で構成する。それは時に冗長でもあるが、その人々が感じ生きる時の推移を辿るには不可欠の時とも言える。それは観る者にも想像力と感受性を要求する。主演は「あん」に続き永瀬正敏。熱演である。脇役陣も好演。もう少しこの作品のテーマとカットなどの細部を廻って考えてみよう。

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2017年3月 2日 (木)

移民への仕打ち②

 二人への死刑を求刑する検察官カッツマンの論告から再現しよう。(ただし字幕の句読点は少し変えてある)

 「遠い未開の貧国からはるばる来た人々だ。イタリア人やポーランド人、プエリトリコ人などが、この文明国に近づこうと努力する姿は涙をさそう。我々の習慣や知性に順応しようとしている」

 「差別発言だ!」(ムーア弁護士)

 「陪審員の皆さん、弁護人こそ差別しとる。誠実な米国市民の申し分ない証言と哀れな移民を同等に考えとる。移民はわが国の原則を知らん。自由社会の理想や民主主義正義さえを知らん。英語もろくに離せん」

 「差別だ!KKK教団の狂信者と同じだ」

 「こういう連中こそ自由主義の最大の敵だ。思いやりは大切だが危険は避けねばならん」

 「差別だ。KKK団だ」

 「カリフォルニア出身のムーア氏はKKK団と言う・・・だが移民こそ血の絆で結ばれている。イタリア人は血の儀式を行う。〝首長〟の血を〝新入り〟の血に混ぜるのだ。野蛮な未開人だ!」

 アカショウビンが中学生のころ夢中になって観たマカロニ・ウエスタンで強い印象を受けた敵役の名優ジャン・マリア・ヴォロンティ演ずる被告の一人バルトロメオ・ヴァンゼッティは1921年から始まった裁判の13年前に米国に来て魚屋を生業として地道に働いてきたイタリア移民である。故郷のイタリアでは13歳から働き始めた。〝外国人一斉取り締まり〟があると聞いて移民の一部はメキシコに逃げた人々も。靴職人として生業を立てて来た友人のニコラ・サッコもメキシコに逃げたが「生活はできなかった。苦労して技術者になったのに、つまらん仕事しかなかった」。

 これに検察官カッツマンは追い打ちをかけるように激しく法廷に叫ぶ。

 「つまり、米国への愛は仕事と稼ぎしだいなのだ。貴方の米国への愛はドルで勘定できる」

 これにヴァンゼッティが答える。

 「私は1ドルの貯金さえできなかった。私の望みは、皆が食べていけること、子供達が立派な教育を受けることだ。働く者は白人も黒人も同じになることだ。資本家は貯金している間はおとなしいが、突然、戦争を始めて子供達を殺す」。

 1927年4月9日のバルトロメオの最後の陳述は次の通りである。

 「私は無実だ。盗みも人殺しもした事はない。人の血を流したことはない。犯罪をなくすために闘ってきた。その犯罪とは人間が人間を搾取するという犯罪だ。だから私はここにいる。検察官の言ったひと言が忘れられない。『君は金持になろうとこの国に来た』と・・・鳥肌が立つ。金持になるなど考えた事もない。こうして苦しみに耐え罪を受けるのは私が実際に犯した罪のためだ。アナーキストという罪のためだ。私はアナーキストだ。イタリア人という罪のためだ。私はイタリア人だ。だが、私は正しいと確信しているから、皆さんが私を二度殺したら私は二度よみがえって今までしてきた事と同じ事をする。

 ニコラ・サッコ、わが同志ニコラ、話すのは私が得意かもしれない。しかし、いつでも、この男の思いを考えながら話すのだ。皆さんは、彼を泥棒で人殺しだと決めて殺そうとしている。裁判長の身体がちりになり皆さんの名や制度が不幸な過去の記憶でしかなくなった時にも、ニコラ・サッコの名は人々の心に生きているだろう。皆さんにお礼を言おう。我々は哀れな被搾取者にすぎなかった。善良な靴職人、まじめな魚屋。一生かかっても、こんなに世の中の役に立つとは思わなかった。人間の寛容さや正義や理解のために役立てるとは・・・皆さんは哀れな被搾取者の人生に、意義を与えてくれた。

 続けて発言を求められたサッコは、死刑執行前に言いたいことは?と訊ねられて「ノン」とだけ答える。

 刑場に向かう護送車の中からヴァンゼッティが眺める外の景色にエンニオ・モリコーネの音楽が哀切を極める。しかし彼に促されてもサッコは外を眺めようとしない。「外は美しい」と言う彼にサッコは「何を見るというんだ?」と問い返す。「希望を失くしたのか?」「七年もたって?もう終わってほしい」

 サッコにはヴァンゼッティの言う〝希望〟が失くなくなってしまっているのだ。それは〝絶望〟という事なのだろうか。そうかもしれない。しかし、そこには言葉に収まりきれない深い淵に澱のようなものが怒りやあきらめとして時に希望も明滅し不気味に溜まっているように思われる。

 話は前後するが、この裁判には世界中から反対の声が挙がった。裁判でも知事の恩赦への請求が行われた。カッツマンは知事が同席した部屋でヴァンゼッティにそれを伝える。

 「君が闘う権力体系はクーリッジ大統領から判事へ、知事からここの看守へと及んでいる。この体系をどう思うかね?この体系の中でひとつの弱い点にすぎない知事がアナーキストに対して温情をかける力を持つと思うか?これにヴァンゼッティは「我々の罪は殺人ではない。アナーキストという罪だ」。これにカッツマン検察官は更に問いかける。

 「君がアナーキストではないとする。強盗殺人だとしよう。世界中にこれほどの反響が起こるか?起こりはしない。君はあたり前の一市民ではない。アナーキストだ。世界中に運動が起きている。温情措置は反権力運動に水をさすのでは?弱さととられるかもしれん」。

 ヴァンゼッティ 「正義を話したかっただけだ」

 カッツマン 「正義は、権力体系の一部では?こんな状況でも君が権力者なら恩赦を与えるか?」

 ヴァンゼッティ 「私は正義の証明がほしかっただけだ。貴方がたは改めて教えてくれた。権力体系は暴力の上に成りたっていると・・・」

 カッツマン 「アナーキストの君が暴力を論じるのかね?」

 ヴァンゼッティ 「七年前から同じ言い方だ。もう一度言っておく。貴方がたが強制する社会を我々は破壊したい。暴力の上に成る社会だからだ。生活に窮するのは暴力だ。何百万人の人が飢えに苦しむのは暴力。金銭も暴力。戦争も。日々に味わう死の恐怖も。それも暴力なのだ。フラー知事、なぜ言ってくれないのです?〝ヴァンゼッティ、請求は却下された〟と」。

 それに知事は「決めかねていたのだ」と答える。検察官カッツマンは勝ち誇ったように、「君はシンボル的な存在だ。しかし死刑囚でもある。君なら、どちらを助けるかね?死刑囚か?シンボルか?」

 この遣り取りのあと、独房に戻り、向かいの独房のサッコにヴァンゼッティは話しかける。

 「君が何も求めなかったのは正しい。奴らはただの人殺しだ」。

 独房でサッコは息子に手紙を書く。妻と面会に来ても裁判や父の現状を理解できない年頃で父親に近づこうとしない息子に。

 「息子よ。昼も夜も、お前たちを思った。自分の生死も分からなくなった。お前とお前のママを抱きしめたい。許しておくれ。この不当な死のためにお前は幼くして父を失う。彼らは我々の身体を焼くが、我々の信念は焼き尽くせない。それは若者に受け継がれる。お前のような若者に・・・覚えておけ息子よ、利他する幸福は、ひとり占めにするな。へりくだって隣人を思いやれ。弱い人、悲しむ人を助けよ。迫害される人に手を貸せ。彼らこそ、真の友人だ。覚えておけよ。利他する幸福を。忘れるな、利他する幸福を。我々の信念は崩せない。未来の若者に受けつがれる。お前のような若者に・・・」

 サッコは電気椅子に座らされる。「さよなら わが妻よ 息子よ。わが同志よ」

 上半身を縛られ、眼の前に覆いがかけられる。映像は映画の冒頭のシーンのように白黒になっている。画面はヴァンゼッティに変わる。独房から出されるヴァンゼッティ。陪審員たちに正面し、小さく頷く。12時10分を指す時計。その下の陪審員たち。顔に覆いをかけられるヴァンゼッティ。画面は暗転し、「法の定めにより、死を宣告する」のナレーション。クレジットが流れるなかジョーン・バエズの懐かしい歌声が響く。

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2017年2月21日 (火)

移民への仕打ち

 現在の米国が記憶をたぐりよせたほうがよい歴史を映画作品で想い起こすと『死刑台のメロディ』(1971年 ジュリアーノ・モンタルド監督 イタリア・フランス合作)がある。特に物語は辿らない。レンタルショップで借りられる。アカショウビンも先日借りてきて何年ぶりかで観直した。無実の罪で死刑にされたイタリア移民、ニコラ・サッコとバルトロメオ・ヴァンゼッティの実話が映画化された作品だ。裁判での遣り取りのシーンが白眉である。

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2017年2月 2日 (木)

オリバー・ストーン監督の最新作

  オリバー・ストーン監督の最新作『スノーデン』を観てきた。米国の新大統領に振り回される私たち日本人や当の米国始め諸外国など「世界」が、どういう現状にあり、どういう現実と現在にあるかに暫し考える時を与えてくれる快作に仕上がっている。公開から間もないとはいえ新宿の劇場が満席というのも驚いた。
 取り合えず簡単に感想を書いておこう。
 2時間以上の長尺だが先ず冒頭のスノーデン氏がCIAに職を得る前に在籍していた海兵隊でのシーンがスタンリー・キューブリックの秀作『フルメタル・ジャケット』のパクリ(オマージュではあろうが)であることが面白く、この作品にかける監督の意欲と才覚を改めて納得した。それからCIAにめでたく採用されてからの経緯も現代の情報産業、情報戦争の最先端を活写し刺激された。ベトナム戦争を兵士として経験した監督の、米国という覇権国家の過去と現在とアジアはじめ諸外国との関わりの過去と現在は、その後の監督の映像作品を観て一貫する問題意識となっている。それが本作でも現在の社会と鋭く交錯し切り結ばれていることが確認できた。それには何より脚本でその名を世界に知らしめた『ミッドナイト・エクスプレス』(1978年 アラン・パーカー監督)を観直さなければならない。そのあとの『プラトーン』など一連の作品より本作は『ミッドナイト~』と密接に呼応していると思うからだ。それは一人の国民が国家と濃密に関わる関係の特異性と苛烈さとも言える。

 話は飛ぶが、アカショウビンは、先日新聞のコラムで或る短歌に痛烈な刺激を受けた。<くろ鉄(かね)の窓にさし入る日の影の移るをまもり今日も暮らしぬ>。これは独房の中で死を覚悟した女性のものである。「大逆事件」で処刑された管野須賀子の辞世である。『ミッドナイト~』と『スノーデン』の主人公も幸い国家から処刑されることはなかったが106年前に一人の女性は国家によって短い生涯を終えさせられた。そのような事もオリバー監督の作品は思い起こさせる。
 それと併せて、私たち人間が日常生活の急激な電脳化と国家間の情報戦のなかに取り込まれて生きている現実と現状を監督は緻密に再現した。この作品は、私たちが生きている現在と「世界」の将来と未来を熟思するために新たな思考を励起しなければ、という刺激を与えてくれる秀作といえる。

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2017年1月25日 (水)

映画の台詞

 東京新聞の“筆洗”は映画と文学の話題で面白い記事が載ることがある。今朝の朝刊は先日亡くなった松方弘樹氏(以下、敬称は略させて頂く)の追悼。『ゴッドファーザー』のアル・パチーノの起用の話から始め『仁義なき戦い』の松方の話に渡す。引用する松方の台詞が作品の或るカットを想起させた。「あんた神輿やないの。神輿が勝手に歩けるいうんなら、歩いてみいや、おう」と主役の菅原文太に詰め寄るシーンだったろう。そこで松方は俳優として観客に痛烈な印象を与えた。アカショウビンもそこで松方が映画史に残る役者になったと思った。1973年のこの作品は久しく観ていないが近いうちにレンタルショップで探してみよう。最近借りてきたDVDを全編観ずに返すことも多くなった。こちらの体力と集中力が衰えてきていることもあるが作品がつまらないこともある。映画でも文学作品でも名作を観て読むことは精神を活性化、励起させる。日々のアルバイト労働は体力を消耗させること甚だしいが、工夫参学は仏者の教えである。古人の言葉は傾聴しなければならぬ。同様にアカショウビンには音楽が有力な活力剤の如きものである。先日のチョ・ソンジン、リサイタルに刺激されショパンの未聴録音も探してみよう。

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2016年11月12日 (土)

映画「聖の青春」

 昨夕、友人NA君のお取り計らいで都内の会場で「聖の青春」(森 義隆監督)の試写会に行ってきた。将棋の世界の一端に関わったファンとしては是非観ておかねばならないという衝動による。アカショウビンは原作を単行本で読んだが現在は文庫になっている。著者は村山はじめ棋士たちとの付き合いが広く棋界をよく知っている人である。それだけに志半ばで逝った怪童(この形容も著者かもしれない)への心からの追悼、賛辞となっていると読んだ。村山 聖(さとし)という夭折の天才の何たるかを知りたい方にはお勧めする。村山(以下、敬称は略させて頂く)が亡くなって18年経つというのに感慨新ただが映画は実に抑制された構成で凜とした緊張感が作品を貫いている。監督はじめ完成までに作品に関わった人々は一人の特異と言ってもよい棋士の生き様と死に方を描いた秀作に仕上げた。  監督は構想から10年かけたというが、その言も理解できる内容だ。出演者達も監督のその気迫によく応えている。多くの観客は将棋界という特異な業界、世界を知らないだろうから物珍しさも感じられたろう。また、それが新鮮にも感じられたかもしれない。それは名人位を目指す天才少年達が熾烈な戦いを繰り広げる世界だ。それを監督はじめ出演者スタッフは良く作り演じた。公開は19日(土)から。将棋を知らない方にも広くお勧めする。

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2016年10月15日 (土)

アンジェイ・ワイダ監督を追悼する

 アンジェイ・ワイダが亡くなりレンタルショップで作品を探したが『カティンの森』(2007年)しかなかったので数年ぶりに観直した。劇場で観たのは大阪に棲んでいるころで梅田の劇場だった。ワイダの突き付けるメッセージと過酷な歴史事実を作品に仕立て上げる強烈な意志を感じた。その後、何度か観直そうとしたが腹に落とす重さのようなものに耐えるこちらの覚悟が見つけられなかったのだろう。ワイダの死でやっと覚悟というかこちらの湧き上がる力というのかそれが出てきた。他の作品も都内の劇場で上映されるかもしれない。その時は既・未見のものも含めて感想を書く機会があるだろう。

 それはともかく、この作品はワイダの執念と覚悟を痛感する作品といってもよい。未見の方はネットかレンタルショップで借りてでも観ていただきたい。アカショウビンはいつものように熟視したカットと作品に籠められている監督の伝えようとしている不可視のものと映像についていくらか文字にするだけだ。

 冒頭のシーンは雲の中をカメラがゆっくり移動する。この手法はかつて似たような映像を思い出す。そして雲間が晴れると橋の両側から家財道具を荷車に積み家族が集団で行列なす人々の群れだ。

 1939年9月1日、ドイツ軍が17日にはソ連軍がポーランドに侵攻する。ポーランド民衆は板挟みになる。〝一人の女の物語〟というコメントがされる女性はワイダの母親だ。その女優を含め群衆の動きと表情にはワイダの厳しい演出があっただろう。それに彼らは見事に応えている。それを見ればこの作品が伝えようとしているものが尋常なものでないことを直感する。

 物語が伝えようとすることは先の大戦でソ連がポーランド将校一万二千人をカティンで虐殺したという事実と残されたそれぞれの家族と人々の生き方と死にかただ。ポーランド軍で最年少で大尉になったワイダの父親もそこで殺された。その歴史事実をワイダは作品に残して後の人々に伝えておきたかったのだ。そのような意志は我が国でも、新藤兼人や黒木和雄の晩年の作品に観てとられる。その共通ともいえる意志の何たるかは巷間喋々される〝反戦映画〟という概念で集約することはできない。それはまた別の話だ。

 1940年、4月10日、モスクワから402kmの土地にワイダの父親であるアンジェイとポーランド軍の大将たちは移送され、次々に捕虜たちは射殺される。死体を埋めるブルトーザーは「夜と霧」のユダヤ人達を埋めるシーンを想起させる。ソ連軍(赤軍・ボルシェビキ)は後頭部から射殺するゲシュタポのやり口でドイツ軍の仕業に見せかけた。

 アンナに届けられた遺品の手帳は雨か水に濡れ途中で何も書かれていない。アンジェイは大将たちが屋内で射殺されたのとは別に郊外で射殺されるシーンが物語の終息と、この歴史事実が伝える無言だが映像で痛烈なメッセージを観る者に突きつける。

このソ連兵たちの冷静で憎しみとも思えない冷徹は何か?ブルトーザーが積み重なる生々しい死体を穴に埋め土をかけていく。それを父なる神は見ているのか?殺された者たちは聖書の一節を声にしながら殺されていったのだ。映画はそこで終わり暗闇の奥から死者たちを悼む男声合唱が聞こえてくる。クレムリンの命令で秘密警察GPUは1万2千人のポーランド軍の捕虜の将校達を殺害したのだ。

強く印象に残ったシーンがある。ある夜、ソ連軍はカティンの森での虐殺をドイツ軍の蛮行だとポーランド民衆に移動スクリーンで喧伝する。それを虚偽だと大将夫人がソ連兵を詰る。たまたまそこに居合わせたアンドレイの友人イェジは夫人を止めて深夜の広い道路を歩く。そのシルエットが実に美しい。二人はベンチに腰掛け虐殺の真相について言葉を交わす。イェジはスターリンの中立性を証言しソ連軍に加担している。二人の前を二人のソ連軍将校が通り過ぎる。それにすかさずイェジは敬礼する。それを茫然と眺めた大将夫人は「殺人者に敬礼した」と吐き捨てるように言う。その表情にワイダは作品のメッセージのひとつを込めたと思われた。その表情の変化を女優は見事に演じた。「あなたも連中も同じ。思いは違っても行動は同じ。思うだけでは何の意味もない」と言い残し去っていく。それは昼と夜の違いはあれ『第三の男』のラストシーンを想い起こさせた。そこには〝犯罪を見て何もしないのは罪に加担したのも同じ〟という指摘も聞こえてくる。それはともかく、映画関係者にはぜひ追悼上映をやって頂きたい。監督は90年の映画人生で多くの傑作を残した。その晩年の佳作を再見し心から哀悼の意を表す。

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2016年7月 2日 (土)

最近の試写会から

 いつもお世話になっているN君から試写会のお誘いがあり、都内のホールで観て来た。『シング・ストリート』(ジョン・カーニー監督)。アイルランドのダブリンを舞台にした音楽物語である。佳作の仕上がりだ。高校生たちの成長潭だが中高年の鑑賞にも耐える。

 1985年のダブリンは大不況。主人公の家族も経済苦に見舞われる。何度も家族会議を開き殆ど家庭崩壊状態。その主人公をはじめ両親、兄妹の生活が丹念に描かれる。それが実に面白い。ダブリンの宗教的な区別のある高校事情も知られる。不仲の両親は離婚寸前。主人公の兄はドイツの大学への留学を親に止められ引きこもり状態。主人公は学費の安い荒れた高校へ転校させられイジメに。どこの国でも学級崩壊の様子は大同小異。そのなかで主人公は音楽で仲間を集め恋愛もし逞しく活路を見いだす。それを頼りがいのある兄が強くサポートする。その過程が観客を作品に魅入らせる。音楽映画としてナカナカの出来である。アカショウビンは昨年DVDで観たクリント・イーストウッド監督の『ジャージー・ボーイズ』を思い出した。さっそくレンタルショップに出かけたが全部貸し出し中。9日から公開されるので音楽ファンには特にお奨めする。

 その前に観た『トランボ』(ジェイ・ローチ監督)は7月22日に公開予定。1940年代から1950年代に吹き荒れたレッド・パージ(赤狩り)、反米共産主義者弾圧運動を丹念に描いている。脚本家、ダルトン・トランボは他の映画人たちと共に下院非米活動委員会(HUAC)の公聴会にかけられ証言を拒否し投獄される。アカショウビンは若い頃に観た『ジョニーは戦場に行った』に強い印象を受けた。ベトナム戦争の兵士の悲惨を描いた作品でこれが当局の様々なチェックを受けたのは推測される。若松孝二監督が『キャタピラー』という作品でこれをパクッたことは以前に書いたので繰り返さない。この作品の売りは名作『ローマの休日』の脚本は実はトランボが書いたのだという事実も伝えることだ。ハリウッドで干されたトランボは実名を出すことはできなかったが脚本の注文はあったのだ。『スパルタカス』、『パピョン』などの作品もトランボの脚本がその成功の原因でもあると思われる。

 現在、公開中の『帰ってきたヒトラー』(デヴィッド・ヴェンド監督)は、原作が2012年にドイツで200万部のベストセラーを記録した鳴り物入りの作品。アドルフ・ヒトラーが現代に甦ったら、という設定が奇抜。若い人にはドイツの歴史を辿る契機になるかもしれない。ヒトラーという怪物をコミカルに描いたのも監督の才覚がわかる。

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