2017年3月16日 (木)

命日

 きょうは吉本隆明の命日だという。若い友人からのメールで知った。そうか、そういえばこんな季節だったなと記憶を辿るも既にアカショウビンはアルツハイマーが進行中である。それにしてももう五年が過ぎているのだ。

 今朝の駅売りのスポーツ紙には久保奪還の見出しと渡瀬恒彦死去の大見出し。そうか、王将はカド番を凌ぎ切れなかったか。いちおう記事を読むために新聞を買った。渡瀬氏(以下、敬称は略させて頂く)は胆嚢ガンだったらしい。不思議なことに先日『新仁義なき戦い』(昭和49年 深作欣二監督)の第1作(シリーズ6作目)を借りてきて観たばかりだった。これも何かの縁かもしれない。

 先日は別の友人からメールがきて「あさま山荘事件」の日を知らされた。45年前の2月28日のことだった。友人は失業中の父親とテレビに見入っていたという。そういえば若松孝二監督が撮った作品は何年だったかとレンタルショップに行き借りてきた。2007年制作の2008年公開なのだった。「実録 連合赤軍 あさま山荘への道程(みち))」は若松が撮らずには死ねないといった執念の漲った作品である。

 ここのところアルバイトで体力の消耗甚だしく映画を観る気力も失せていた。しかしこの二本はしっかり観た。近いうちに感想を書く。吉本隆明の著作も久しく読んでいない。「狂うひと 『死の棘』の妻・島尾ミホ」(2016年10月30日 梯 久美子 新潮社)に登場する吉本隆明はしばらくぶりでその名を目にしたことだった。こちらの感想も近いうちに。

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2017年2月28日 (火)

ガタガタでボロボロ

 きのうはアルバイトの手配都合で休み。二日休むと調子がおかしい。そのせいでもないだろうが、今朝出勤の途中いつもの店で朝食を食べていると前歯が欠けた。先週はその二つ隣の歯も半分欠けその下の歯の詰めた金属が取れた。ガンだけではない、我が身はガタガタでボロボロなのだ。
 それはともかく、朝刊にはアカデミー賞に関するコラム。米国らしいスピーチを紹介している。あの国の映画産業にはアカショウビンも一目置いている。先日少し感想を書いた『死刑台のメロディー』の法廷シーンは現在の米国の政治状況と映画文化とも関連する。もう少し詳細に書いておきたい。それと、松方弘樹の追悼をかねて書いた記事で誤りがあるのでここで修正させて頂く。松方の台詞の相手は菅原文太ではなく金子信雄だった。『仁義なき戦い』のあとシリーズの他作品も続けて観直している。この迫力は時に疎ましくもなるが映画表現であの時代の空気が反映されているのは間違いない。映画はそういう効果と機能をもつ表現媒体なのは改めて言うまでもないだろう。であれば、今年の米国アカデミー賞作品にも今の時代が反映されている。いずれ劇場でそれを確認してみよう。

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2017年2月23日 (木)

三氏の追悼

 鈴木清順の訃報を今朝の朝刊で知る。93歳とは大往生か。記事では2005年の『オペレッタ狸御殿』が遺作となった由。もう一作観たかった。『けんかえれじい』(1966 年)は痛快な作品だった。主役の高橋英樹が勃起したイチモツでマドンナのピアノの鍵盤を叩くシーン(もちろん直接的に描くわけではないが)には大笑いした。日活を解雇され裁判闘争のあいだ10年間はテレビドラマやCMで凌いでいたらしい。そのあとの『ツィゴイネルワイゼン』(1980年)、『陽炎座』(1981年)は鮮烈な監督復帰作だった。レンタルショップにはあるだろうか。きょうアルバイトの帰りに探してみよう。
 その記事の下には“最高齢の現役指揮者”の見出しでスタニスラフ・スクロバチェフスキの訃報も報じられている。21日に米国ミネアポリスの病院で亡くなられたらしい。鈴木清順と同じ93歳。氏は日本ではブルックナー指揮者として名を馳せた。日本のオーケストラもよく指揮していた。一度ライブ演奏を聴きたかった指揮者の一人だ。いくつか購入したCDを聴き追悼したい。
 もう一人は棋士の関根茂九段。87歳で老衰のためと記事にはある。S・スクロバチェフスキ氏の死因は記載されていないが鈴木清順は慢性閉塞性肺疾患としるされている。関根九段は一流棋士というわけではないが夫人も女流棋士六段でおしどり夫婦だった。将棋を介した御縁でお幸せな人生と拝察する。

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2017年1月22日 (日)

天才たちと犬の視ている景色

 この数年よく聴くようになった日曜日朝のNHKラジオ第一放送「音楽の泉」で先週は夭折したルーマニアのピアニスト、ディヌ・リパッティが録音したショパンのワルツ集を放送していた。久しぶりに寝床で集中して聴いた。飛行機事故だったか惜しまれる才能としてショパンの演奏録音では必ず名盤に選ばれていた。アカショウビンは若い頃ショパンがあまり好きではなかった。若気のいたりというやつで甘ったるい作品には嫌悪感さえ抱いていた。同様にショパン国際コンクールというものにも殆ど興味はなかった。しかし、クラシック音楽という今となっては特殊な世界、業界のなかで伝えられる往年の名人、天才の残した録音を聴く楽しみは此の世を生きる悦びであり哀しみであり励ましである。それは還暦を過ぎ三つのガンと共生する現在でも変わらない。ショパンについてはその後長年あれこれ聴いてきて未聴の作品や主要作品をいろんな演奏家で聴く楽しみは増えた。

 先週の火曜日、友人の招待で、一昨年のショパン国際コンクール優勝者の韓国人ピアニストのリサイタルが聴ける機会を授かった。会場はサントリー・ホール。久しぶりである。席は舞台に向かって右側ピアニストを正面に見られる位置。これは幸い、と気合いを入れた。プログラムを見ると楽しみと期待はさらに高まった。オール・ショパンと思ったら最初はベルク、次にシューベルト、それからショパンの前奏曲。その曲目構成にもピアニストの意欲が読み取られ、なるほどと納得。これならピアニストとしての力量がアカショウビンにも計れそうだ。特にシューベルトは一昨年、昨年の入院時にアンドラーシュ・シフの録音をよく聴いた。

 午後7時開演。プログラムの写真ではあどけさの残る若干23歳のチョ・ソンジン登場である。舞台正面を見れば女性の多いのが目立つ。まぁ、ショパンは存命時から女性には人気があったのである。それはともかく、ベルクのソナタ・ロ短調・作品1、シューベルトの第19番ソナタ・ハ短調・D958と聴いてきてショパンへの期待はそれなりに高まった。ベルク、シューベルトはさすがに弾きこなしてはいたが圧倒されたというわけではない。しかしショパンの「24の前奏曲・Op28」には圧倒された。ピアニストはその演奏で会場を支配したと言ってよい。ホールの巨大な空間にピアノが発する音は響き渡り一台のピアノが敢えて言えば神のように鳴り響きピアニストは王であり神の声を仲介する巫であった。聴衆は王と巫の演説を拝聴する民衆の如しだった。そのような陳腐な喩えはその時空間をいくらも表現しているとはいえないけれども。最後のニ短調を弾き終えると聴衆の喝采は奥ゆかしい日本の聴衆とは思えない興奮ぶりだった。アカショウビンも前奏曲を久しぶりに一挙に聴いて深く感銘した。チョは、そこで確かにショパンの魂を仲介する巫だった。作品に対するチョの解釈は専門家からすればさまざまだろう。しかし聴衆の心と精神に食い込み鷲掴みにする才能というものが確かにあることをその夜アカショウビンは経験した。

 天才たちが視ている景色というものがあるらしい。以前のブログで紹介した昨年公開された『聖の青春』という映画で、夭折した棋士、村山聖(さとし)が羽生善治・前名人と交わす会話にアカショウビンは強烈な印象を受けた。それは村山が、羽生さんは僕たちと違う世界を見ている、というものだった。それに応えて羽生は、将棋を指していて手を読んでいると深い海の底に沈み込んで恐ろしくなることがあると話した。さらに羽生は、村山さんとならその海の底に入っていけそうな気がしますよ、と答えていた。そのシーンは、この映画のもっとも印象的なシーンだった。天才たちにしか見えない世界。それは一体どういものなのか。しかし、恐らくその世界は、我々が見ている可視の世界に一端は現れているのではないか。あるいは現れる時があるのではないか。

 昨日、同居している二匹というより二頭の大型犬の一頭が腫瘍の摘出手術で入院。幸いに手術は成功。今朝退院し引き取って来た。もう一頭は神経質だが、こちらはボス型で鷹揚な性格。しかし、さすがに傷跡は生々しく痛々しい。それでも気丈に歩いて車に乗った。その犬たちが視ている世界というものがある。それは人間の天才たちが視ている世界とどこかで相通じるものなのだろうか。このところアカショウビンは冥土の土産を多発し嫌がられ、呆れられているけれども、冥土があるのかかどうかわかったものではない。しかし次の世があるとして、無意識のどこかに前世の生きた痕跡があるというのは何やら興味深いではないか。

 チョのピアニストとしての精進はこれから更に新たな世界を切り開き高みに昇っていくだろう。しかし、それは精進すれば、という条件つきだ。それはピアニストとしてだけでなく人間としてである。余計なお世話ではあろう。それをアンコールで弾いたドビュッシーの「月の光」を聴いて直感した。日課の夜の犬たちとの散歩で見上げる夜空の月や星座を眺めて考える崇高なるものをピアニストは明確な意志で表現しているように思えたからだ。崇高なるものは月や星座そのものにではなく、ドビュッシーや或る特定のピアニストを介して、それを聴き取ろうとする者に伝えられる。それは或る瞬間といってもよい。先日のリサイタルは貴重な時と空間だった。それをさらに深く熟考しなければ至福の時は経験されないこともまた確かなことである。

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2017年1月14日 (土)

一日の労働

 アルバイトの物流センターまでは電車を乗り換え最寄の駅から送迎バスで行く。駅からバスの停留所へは東に歩く。きょうは雲は多いが日差しも射す。陽の光はありがたいものである。去年の夏からありついたアルバイトも半年になろうとしている。よく続けられていると思う。楽な作業ではないのだ。作業を終えるとへとへと。帰りのバスはアカショウビンだけでなく、他の多くの若い連中も多くが居眠りしている。若い者たちにも決して楽な仕事ではないのだ。中高年にとって仕事があるだけでも良しとしなければならない。それが世間の常識なのである。

 そんな日常で朝の出勤時のある瞬間に出会う陽の光には崇高さがある。また12日は満月だった。日課の深夜の犬たちの散歩の時は夜空を見上げるのが楽しみの一つ。冬の空の主役は南から中天に輝くオリオン座である。満月は頭上に煌々と輝いていた。月の姿と星々の輝きと星座にも崇高さがある。

 日々の労働はきつくとも、朝の光と深夜の夜空の星座を眺めながら崇高とは何か、暫し考えてみるのは冥土での話題にもなるだろう。

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2017年1月 3日 (火)

ゴールはない

 新聞のテレビ欄に指揮者の名前はなかったのでかえって楽しみにしてテレビの電源を入れた。恒例のウィーン・フィルの「ニューイヤーコンサート」である。指揮者は何と、あの若手である。グスターヴォ・ドゥダメル。30代半ばで「ニューイヤー~」指揮者とは破格の抜擢というものだが、そういう評価ということだろう。いくつか録音は聴いたが、評判ほどではないというのが現在のアカショウビンの見立てならぬ聴き立て。
 しばらくして場面が変わり、昨年コンサートマスターを退任したライナー・キュッヒル氏に話を聞いている。45年間の在職期間という。お疲れ様である。あの演奏中の謹厳な顔が柔和な表情に。入団当初のカール・ベームとのエピソードなど、さもありなんと面白かった。昨年の8月に退団し夜の時間を家庭で過ごすようになった、それまでは毎晩遅くまで演奏会だったからね、というコメント。毎日、練習を欠かさない。45年間世界最高のオーケストラのトップを勤め終えても、音楽を演奏することにゴールはない、と言う。その言や好し。恐らく人の生もそうなのではないか。何かを究めようと繰り返す行為にゴールはない。
 本日から「仕事始め」。天気好し。いつもの喫茶店は休み。別の店で朝食を済ませた。帰りの送迎バスではヘトヘトになり居眠りするだろう。しかし、この繰り返しにはゴールしなければならない。

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2016年12月27日 (火)

アルバイトはつらい

 仕事があるだけいいじゃない、そんな世間知らずの輩と現実を語る精神的ゆとりはアカショウビンにはない。7月20日から手術費用を稼ぐために職を得た現在の職場だが昨日もきょうも早上がり。契約では午前10時から午後7時まで。時給千円。交通費は現場への送迎バスのみ。本来なら日当8千円が、きょうのように5時あがりだと2千円の当て外れ。昨日は4時だ。かつかつの生計では来年の希望など語るもアホらしい。自業自得はわかっている。しかし現政権の首相、閣僚、公明党のやること為すことに怒りが沸き起こるアカショウビンには、これは経験を介して政治責任を問うべき話ではないかと考えるのである。
 派遣された我々を使う会社は大阪の会社だ。彼らの多くが関西弁で話す。それもテレビで横行する下品な関西弁だ。関西の正しい関西弁からすれば関西弁もどきとも言えるかもしれない。そのガサツさは不愉快だ。それはともかく人員配置も気まぐれ。アルバイトなんて人間扱いしないのだ。恐らくそれくらいの認識であることは酷使される我々が身に染みて実感する。だんだん怒りが吹き上げてきた(笑)。この続きはあとで。いま帰りの送迎バスの車中。もうすぐ駅に到着する。

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2016年12月20日 (火)

死に向かう日常

 築地の国立がん研究センター中央病院へ月に一度の定期検査へ。本願寺前を歩くと歳末の活気はあまり感じられない。それでも24時間営業の寿司チェーン店の看板は相変わらず。病院に到着し診察を待つと珍しく早く呼ばれた。主治医のY医師は手術跡を触診し鼻からカメラを入れ見る。変わりはないと言う。来月の診察日を決める。そそくさと終わりそうなので質問。明快な回答を得て診察終了。何とも流れ作業の一環というのは毎度のことではある。1時間は待たされるつもりできたので拍子抜け。院内は高齢者が多い。車椅子で移動する初老の男。カメラを入れる前に吹きかける液体が残っているのを一階の売店で買ったジャスミン茶で流す。目の前を点滴を右手で支えた若い女性患者が足早に過ぎる。
 久しぶりだ、市場をぶらついてみよう。入院している時には朝晩見下ろすのを楽しみにしていた景色だ。
 市場に入ると地下鉄の駅から病院までの通りの様子とは一変。外国人観光客で前に進むのも一苦労だ。それに何と新しい橋が架かっているではないか。新たに建てられている建物の中を好奇心に駆られ観て回った。店頭売りしていた長崎産の煮干しを買う。いつもスーパーで買っているのより安い。ぶらぶら歩きながら食べる。以前の仕事での定番のコースを辿り波除神社へ。黒人男と白人女のグループが陽気に記念撮影をしている。平日の昼前の市場の活気はいいものだ。五輪に向けてますます賑わうことだろう。アカショウビンが此の世からいなくなったあとも。
 昼メシに目当ての店へ行くと貸し切りという。少し腹をたて天丼屋へ。近くの席で金髪の若い男と日本人の若い女と中年男のグループが話している。フィッシュアンドチップスと言うのが聞こえたからイギリス人かもしれない。自分の食べている煮干しとフィッシュの音が交差した。フィッシュアンドチップスというときまって開高健の書いた話を思い出す。酒好きの開高がロンドンの街中でビールかウィスキーを飲みながらツマミにフィッシュアンドチップスが見事によくあうという文章だった。外国生活もしたような若いかわいいけれど頭の悪そうな女の笑い声と会話を聞くともなく聞きながら安くておいしい天丼を食べ終えた。
 夕方に知人と東京駅近くの事務所で会うまで時間があるのでぶらぶら歩く。萬年橋の木製のベンチで休憩。地下鉄の東銀座からお茶の水まで移動。中古CDショップでCDを物色する。少し関心のあるピアニストなのだ。その話は新たに。冥土の土産は多いほうがよい。

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2016年12月10日 (土)

屁の様な気焔

 漱石がまな弟子の鈴木三重吉に宛てた手紙の中の一節を昨日の東京新聞・朝刊一面の【筆洗】で引用している。<書斎で一人で力んでいるより大いに大天下に屁の様な気焔をふき出す方が面白い。来学年から是非出て来給え>。そうなのだ。鬱屈していてはいけないのだよ、アカショウビン君。屁の如き気焔をふきだせ。

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2016年11月29日 (火)

勝負手

 囲碁の第2回電王戦三番勝負は趙治勲の2勝1敗で終了した。ホッとしたというのが正直な気持ちだ。趙氏(以下、敬称は略させて頂く)はコメントで「Zenもアルファ碁も人が良くて、形勢が悪い時に勝負手を打ってこない。勝負手を打たれたら間違えたかもしれない」と話したという。いかにも趙らしい。歴戦の修羅場を勝ち抜いてきた勝負師の発言の重さは受けとる人様々だろうがアカショウビンは囲碁ファンの一人として、また趙治勲という勝負師への関心からそのコメントを興味深く専門紙で読んだ。
 人の一生も相通じるものがあるかもしれない。アカショウビンのように病苦と生活費にも困窮する時には勝負手を捻りださねばならない。しかし言うは易い。アルバイト労働は体力勝負という現実は甘くない。仕事を終え送迎バスで駅まで約20分の時間は心底ホッとする時なのだ。しかし、勝負手をもがきながら探さねばならない。

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