2019年3月10日 (日)

ハワイアンバンド

 業界紙記者をやっていた頃の同僚が退社したあとウクレレ日本一になったと聞いた。その後、ハワイアンバンドを組み成功し全国各地を回っている。大阪で暮らしていた時ライブに行った。それ以来のライブが浦安であると聞き訪れた。あれから十年ちかくなるだろうか。あの時は夜だったが、きょうはマチネである。午後1時の開演が11時過ぎに行列ができている。盛況で何よりだ。食事タイムにK君とも立ち話ができた。記者をやっていた頃は二十歳前後だったが今や48歳。月日の経つのは早い。無常迅速である。 
 結婚もしキュートな奥さんと一人娘との写真もラインで送ってくれた。転職成功組である。早く会場に着いたのでリハーサルの様子も垣間見た。ハワイアンダンサーだったという奥さんの踊りも魅力的だ。これからの本番が楽しみだ。ライブの感想は終演後に。

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2019年3月 2日 (土)

加計呂麻島行④

 Eさんと生間まで戻り、フェリーを待った。レンタカーを返却し港の周辺を歩いた。奄美といっても夏とは異なる風光だ。待合所でEさんはテレビを見ている。古仁屋の港より透明度の高そうな海底を見るのは子供の頃の海への興味を想い起こさせる。父の知人を訪ねた夜に夜釣りをさせて頂いた。後にも先にも初めての体験だった。

 釣れた魚が海底から水面に上がって来る姿は海に棲むものと地上に棲むものとの出会いだった。それは海に棲むものの死として。その過酷を地上に棲む子供には理解できていない。幻想的な不可思議さを感受したのかも知れない。人間という生き物の起源も無意識を刺激しただろうか。そのような記憶も甦る。旅とは記憶と無意識のはたらきを掻き立てるものなのだ。それは経験の積み重ねが現在と遭遇する経験とも言える。
 帰りの車の中でEさんとあれこれ話して市内まで戻った。Eさんは昼食を取っていないので馴染みの飲み屋に予約を入れてあり、店の近くに車を停めた。

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2019年2月18日 (月)

五年ぶりの帰郷

 二泊三日の帰郷は慌ただしかったが幾つかの収穫もあった。行きは成田から、帰りは関空に戻った。加計呂麻島訪問は同窓会のおかげで実現した。もう一つの、友人の墓参りができなかったのが残念。行きの便に乗り遅れたのが悔やまれた。

 いま、大阪駅から高速バスで東京に向かう途中。書いておかねばならないことは幾つかある。何より島尾敏雄の読者として長年心の奥で熾火のように燻り続けていた加計呂麻島呑之浦訪問を実現できた事は改めて島尾作品を読む貴重な体験となった。今回の帰郷で父の葬儀でお世話になったEさんに会えた事も奇遇というか偶然ではない縁の絡みが一つほどけた思いがした。Eさんは空港での迎えから加計呂麻島訪問まで付き合ってくださった。父が経営していた小さな印刷会社の叩き上げの印刷工で、父への敬意の厚さに改めて痛感し恐縮した。

 同窓会では思わぬ友人とも再会できた。何と昨年、長年務めた大企業を退職し故郷で落ち着く考えのようだ。それなりの退職金があれば、それも選択肢の一つだろう。故郷の街は五年前と同じでもあり、それはアカショウビンが育っだ頃の痕跡として確認できるが、人は変わり、建物は新たに建ち建て替えられる。山の多い奄美で交通と物流のためにトンネルが幾つも掘られ、区画が変えられかつての景色が変わる。港は埋め立てられ住宅地が拡大していく。考えること、考えなければならぬ事は今回の帰郷で新たに増えたともいえる。    

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2019年2月15日 (金)

帰郷

 五年ぶりに帰郷する。中学の同窓会に参加し旧交を温める。残り少ない時間で縁ある人たちにお礼と挨拶をしなければならない。前回は一泊二日で慌ただしく、失礼した事が心残りだった。その幾らかでも果たしたい。前回お会いした伯母も亡くなった。墓前にも参りたい。十年前に逝った友人の遺族にも挨拶したい。娑婆での縁は果たして彼岸に渡り土産話に花を咲かせたいのだ。
 奄美に縁あった田中一村には前回、終焉の場所を訪ねた。今回は島尾敏雄が特攻を覚悟した加計呂麻島も訪れるつもりだ。場所が発する磁場の如きものがある。それは其処へ行かねば看取出来ない。そのような期待もする帰郷だ。
 東京駅から高速バスで成田へ。何と雪がちらついてきた。南島生まれのアカショウビンは東京で見た初めての雪が忘れられない。みるみる変わる景色が不思議で鮮烈だった。それは音のない静寂で沈思に誘う。その時間の貴重は計り知れない。アカショウビンが存在している時空間は時に無為に過ぎる。しかし、黙考し、瞑想し、生きる時は人間に不可欠である。自然の変化がそれを齎す。その幸いを大切にしよう。
 ところがハプニング発生。成田空港での搭乗手続きに手間取り搭乗を締め切ったと言う。携帯電話の番号も知らせてある。何故確認の連絡をしないのだ。怒り心頭である。料金の払い戻しもできないと素っ気ない。明日の便に乗れればいいが、今回は行かない選択もあるが、それも義理を欠く。島の従妹や知人にも連絡しお粗末を詫び笑った。とにかく、仕切り直しだ。無駄な出費になったが金策に努めよう。なかなか悠々と彼岸に辿り着くことはできないものだ、自らの愚を反省しよう。帰りの高速バスの車窓の景色は雪から雨に変わっている。

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2019年2月 8日 (金)

多少の縁と追悼

 このひと月で幾人かの訃報を新聞記事で知った。梅原 猛さん、橋本 治さん、そして本日はネットで日本画家、掘 文子さんの訃報を読んだ。百歳とはご長寿。晩年の作品展には都内の百貨店の会場に赴き近作も拝観した。旺盛な創作欲は作品を一覧し眺めればよくわかる。特に顕微鏡を覗き描いたミジンコの作品は面白く見た。優れたアルト・サックス奏者、坂田 明さんのミジンコ研究に触発されたものらしい。それもジャズ・ファンとして興味深く、坂田さんの近況も堀さんの特集番組で面白く見たことを想い出す。

 橋本 治さんの訃報は、唐突とも思えた。癌の発症で昨年来闘病生活だったらしい。同じ癌患者として他人事には思えなかったからだ。これから晩年の傑作を発表する過程での無念の死だったろう。幾多の賞を得て晩年の受賞のセレモニーには出席せず闘病を理由にしたらしい。70歳とは平均年齢からすれば早い死だ。アカショウビンは映画の『桃尻娘』で見ただけで作品は殆ど読んでいない。しかし、その才能は漏れ聞く記事や文章の断片で面白く読んでいた。源氏物語の現代語訳も氏の知性の面目躍如と思われる。

 梅原さんの死は掘さんと同じようにご長寿で長い人生を旺盛な創作欲で全うした稀有のものと思われた。東京新聞で山折哲雄氏の追悼文を読んだ。山折氏らしい文章だった。口述、編集、論争の副題で梅原 猛という哲学者の仕事を説明しておられる。その梅原論はアカショウビンも熟考し何か書かねばならない契機を取得した。

 面会したことはなくとも作品展や著作、新聞、雑誌記事で接し読んできたものとして、娑婆での多少の縁と恩義は返したい。

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2019年2月 1日 (金)

PSA値

 本日は昨年暮れの定期検査のMRIで〝グレーゾーン〟が見つかりPSA値の再確認のため都内の病院へ。緊急性はないがと主治医のK医師は言葉を選び説明したが早急に検査してもらいたいと意向を伝えた。
 本日の血液検査でPSA値は前回より下がっていた。女医のK先生は、しばらく経過観察でもいいですよ、とやさしく微笑んだが、〝グレーゾーン〟が何かはっきりさせたほうがいい。その生体検査をお願いした。一泊二日になるがやむを得ない。今月は15日に中学の同窓会があり帰郷する。前回の還暦同窓会が故郷の見納めと思ったが五年生き延びられた。しかし、残り時間はそれほどないだろう。最期に向けて粛々と日々を凌ぐに如かず。
 生体検査の入院は今月27日に決めた。来月下旬は胃の定期検査が控えている。それまでに読みたい本、観ておきたい映画、映像、聴いておきたい音楽は継続して感想を記していく。

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2019年1月 4日 (金)

仕事始め

 暮れに一日、アルバイトに行き、正月まで五日間、休みを取った。休養は十分だが病を抱え決して万全ともいかぬ。しかし、観たい映画や音楽はあれこれある。昨夜から今朝までには、先日借りた『UDON』(2006年 本木克洋監督)を久しぶりに観た。その頃の感想は書いた筈だが、とにかく観た。しかし、役者たちの演技があまりに稚拙で杜撰。監督の責任である。テレビ局を動員しての大作とはいえ、ノリのコントロールが出来ていない。ハチャメチャすれすれの前半には観通すのを止めようか、と思ったほど。しかし、何とか最後まで観終えた。後半はそれなりに物語が展開し少し納得。夜は讃岐うどんを食べたくなり駅前まで出かけたがつい別の店で済ませてしまった。物語の舞台は讃岐富士の麓町。県人口百万人の中に900軒のうどん店があるという。都内のマクドナルドは500軒というから驚く。うどんは地元のソウルフードなのである。物語はうどんを巡るお話だが父と息子の葛藤の話でもあるのが観る者の感情を刺激する。興味ある方はレンタルショップでお借りしてご覧頂きたい。
 きょうは仕事始め。あれこれ雑用を片付け団地の部屋を出たら何と公園前の道路に老婆がうつ伏せになり倒れているではないか。声をかけると少し身動きした。そのうちゆっくり立ち上がり歩き去った。他人事ではない。明日は我が身。油断めさるなアカショウビン君。さぁ、これから現場に向かう。

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2018年12月25日 (火)

冥途の旅の一里塚

 少々早いが、門松も誕生日も冥途の旅の一里塚だ。おめでとうもご愁傷さまも裏腹。生まれてよかったか、迷惑で余計な事なのかも人それぞれだろう。
 水俣で胎児性水銀中毒になり生を受け生きた患者さんたちにとり果たして此の世を生きることは苦でない事があり得るのだろうか?あるとすれば、それは何か?それはまた人間に理解できるものとも思われるない。
 またアカショウビンのように病苦を抱え生きる者にとって生きるということ、生きているということは如何なる意味があり、あり得るのか?愚想は次々と湧き起こる。更に愚考を重ね、旅のひと時を過ごすに如かず。
 

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2018年12月21日 (金)

定期検査

 本日は都内の病院でMRI検査。三つのガンの症状を確認するためだろうが、他に新たなガンが見つかる可能性もある。その場合どのように治療するのか先手の対応も検討される。ここでは三年前に胃ガンと膀胱ガンの手術をした。ガンという病気は昔と違って治療方が進化し恐れることはないという論説も多い。しかし完治する保証も論拠も曖昧だ。ノーベル賞を受賞した本庶さんの功績も絶対ではない。ガンは厄介な病なのだ。しかし、粛々と対処するしかない。娑婆に未練はないが、次の世代に伝え残しておきたい事は幾つかある。それは伝えて冥途に渡りたい。三途の河の舟頭には舟賃も渡さねばならない。土産話は沢山ある。舟頭とあれこれ話すのも楽しみだ。彼が面白がるかわからないが。 
 今、MRI検査を終えたところ。主治医の説明では前立腺にグレーゾーンあり。膀胱ではなく前立腺というのが意外だが転移は近い場所というのが常識だから主治医には了解内だろう。画像の専門家が精査し改めて説明すると言葉を選んでいたがガンだろう。いずれにしろ新たな局面に対処しなければならない。また入院、手術になれば金の算段もしなければならぬ。定年後のお気楽年金生活とはいかないアカショウビンの晩年だが粛々と最期に向けて対応するだけだ。

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2018年11月22日 (木)

老いと労働

 アルバイト仲間の姿はそれぞれ。若い連中とは世代間ギャップもあるが真面目に生きている奴にはエールを送りアドバイスの一つもかける。しかし、面倒な会話はしたくないという面々もいらっしゃる。そういう方々には言葉を選ぶ。同世代の皆さんとは共通の話題で盛り上がる。先日はロックの話で面白かった。アカショウビンと同じ歳のSさんはプロのドラマー。ロックからジャズ、我が国の有名女性ボーカルのバックバンドのメンバーとして参加もしたと話す。ツェッペリンの日本公演の話など他の仲間も加わり大いに盛り上がった。しかし、短い休憩時間が過ぎれば下層労働の作業に戻る。アカショウビンは飲料水やコピー用紙のピッキング作業で体力勝負。ひたすら黙々と三階の作業に集中する。夜になると一階の搬出現場で商品の仕分け、ラッビッングだ。これまた集中力とスピード勝負。モタモタしているとフォークリフトの責任者から罵声が飛ぶ。
 アカショウビンはこの数ヶ月で慣れたから対応できる。しかし73歳のIさんは、要領を得ずボーッと立ちつくすこともしばしば。それを見た責任者からは怒りを秘めた皮肉のひとつも投げつけられる。老体が思うように動かないのだ。アカショウビンも助けに入るが限度がある。仲間からは陰で冷笑も囁かれる。しかしIさんは4日間の連勤である。金がいるのだ。かつては貿易業で財を成した。しかしバブルがはじけ会社は倒産。家族とも別居。生活費を稼がねばならないのだ。下層労働で日銭を稼ぎ罵倒、冷笑にも耐えねばならぬ。しかし、現場は甘くない。仲間からはもう無理だ。こっちが迷惑だと暗に人変えのメッセージが。かように下層現場の現実は厳しく過酷である。老いの現実はかくの如し。
 本日は歯の治療のため休み。旧棲家近くの歯科医院ヘ。正午に到着すると、ご高齢のお婆さんが受付の若い女性とスローモーションの映画を見ているような会話をしている。言葉も身体の動きも若い人と噛み合わずこちらも心配しながら遣り取りを見守る。帰りはタクシーを呼んでもらい帰られた。付き添いもなく歯の治療とはご事情がおありなのだろう。しかし医院まで通える人は未だマシだ。それもできない潜在高齢者が多くいらっしゃる筈だ。
 前代未聞の高齢化社会に日本は突入している。アカショウビンの日常も日々のシノギだ。アルバイトから帰り床に就けば、そのまま眼を覚まさないかも知れないという不安もチラと脳裏を過る。幸い夜中に排尿で眼を覚ますと、まだ少し娑婆での時を生きねばならぬか、と気合も入れる。それには音楽と映画、読書である。マーラー、ピアフ、ニーナの作品、声で喝を入れ、魂を活性化させるのだ。明日は別の現場に赴く。体調を整え備える。

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