2019年2月28日 (木)

検査入院②

 検査というより麻酔なしの手術のようなものだった。若い生真面目そうな、少し女性的でもある若い男の看護師が車椅子を用意してくれ手術室へ。その部屋か他の部屋で胃ガンと膀胱ガンを手術したのだ。しかし今回は肛門周辺だけの局部麻酔。手術室も眺められ、主治医のK医師の声もはっきり聞こえる。肛門に超音波器が挿入される。その痛みと不快感は大腸内視鏡検査以来だ。今回は、それに加えて会陰部から前立腺に針を打ち込み生体を採取する。その数、18本。それは、膀胱ガン手術後の抗がん剤治療で尿道からカテーテルを入れられるより苦しい。死に至る苦行だ。沈み、耐え、かつ忍び、浮かび上がり、漂う。これがアカショウビンの晩年の通奏低音なのだ。
 途中まで数を数えていた。針を打ち込むたびにカチーンと音を発するからだ。最先端治療の病院という触れ込みだが、約40分の処置は何とも原始的。途中、少しはこちらの声も聞いてもらわねば、とK医師に話しかけると苦笑しているようだった。
 お産の形という格好から解放され手術台を降り、車椅子で移動。看護師の世話になり14階の病室まで戻った。

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2019年2月27日 (水)

検査入院①

 昨年暮れの膀胱のMRI検査で膀胱でなく前立腺にグレーゾーンがあるというので生体検査をすることにした。一泊入院しなければならないというので本日入院。午後に検査となる。検査といっても前立腺に針を刺し14箇所の生体を取る。膀胱のカテーテル検査の苦痛以上のように思われる。
 詳細は逐次書いていく。出費ばかりで生活費は苦しくなるばかり。しかし、シノギである。
 入院手続きを済ませ病室へ。14階の四人部屋。三年前の胃ガン手術、二年前の膀胱がん手術のときと同じ病棟だ。検査は午後の早い時間と思っていたら午後四時という。それなら持参した読み差しの『全体主義の起源』を読むことにする。ハンナ・アーレントの論考と思索は半世紀以上たった現在にまで射程をもち新鮮だ。先日の加計呂麻島訪問で新たな思索の契機となった島尾敏雄の作品、戦争体験と併せて考察していきたい。
 検査の前にお風呂でシャワーを浴びる。湯槽の脱水栓が欠落している。お湯が溜められないのでお風呂に浸かることができない。清潔できれいな病院だが、少し間抜けだ。もっとも、完璧すぎるのも気味が悪い。読書に戻りハンナの考察にナチス時代のドイツの情況を読み解く。

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2018年9月 3日 (月)

定期検査

 都内の病院へCT検査に。何ヵ月ぶりか。地下鉄の駅から通い慣れた道脇の風景は少し変化している。銭湯が改装工事し新たなコインランドリーもできている。台風の余波で雨を心配したが、それほどでもない。病院に着くと先ず採尿、続いて採血。これには以前、別の病院で見習いの若い女性に三度もしくじられ嫌な経験をしている。しかし今回は中年の男で実に丁寧で上手かった。病院の違い、医師の質の違いをこの三年でアカショウビンはしたたかに体験している。それからするとこの病院の対応はいくらか改善しているようにも思われる。今、CT検査の待機中。後ろの席の北関東訛りの初老の男と妻らしき女のぶっきらぼうな会話が不快だ。この病院にはそういう患者が多い。あまり神妙な患者にも違和感があるが、こういうのは腹立たしくなる。
 検査前に水分を取れと言うので買って来たペットボトルの水を飲み待機。
 以前の装置とは新しくなったようなSIEMENS社製。寝たまま寝台が三度、装置の下を往復する。息を大きく吸い止める。これでどれくらいの診断ができるのか不可解だが、患者は哀れなものである。現代医療のシステムのなかでなすがままともいえる。CTのあとは膀胱の超音波検査。医師らしく見えない人が器具を操作する。患者の心理というのは微妙なもので些細な事が気にかかるのである。そこらのおばさんのような人でもマニュアル通りに器具が扱えれば医療に携われるというのはこの病院だけの事ではあるまい。人の身体を部分で診るというのは、産業社会で分業体制が生産体制を効率化させるのと同じような構造をもつということだろう。それはもっと分け入って考察しなければらないだろう。
 10時過ぎ本日の検査は終了。結果は来週の月曜。

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2018年7月 2日 (月)

最後の抗ガン剤注入

 都内の病院へ定期治療に。地下鉄の駅からしばらく歩く。途中、アルバイト先の近くにもある弁当・惣菜のチェーン店で食事を購入。去年は紫陽花が美しく咲いていた歩道脇にきょうは殆ど姿が見えない。もう散ってしまったのだろうか。
 病院で受付を済ませ先ずエコー検査。今、待機中だ。そのあと採尿、主治医の診察、膀胱ガンの抗ガン剤注入と進む。
 この病院では膀胱ガンの前に胃ガンの腹腔鏡下手術をした。北関東の別の病院で胃の全摘手術をするというのをセカンドオピニオンでこの病院を訪れたら全摘でなくとも手術できるというので任せたのだ。全摘なら一ヶ月入院だが腹腔鏡下手術なら二週間くらいで済むというのが46日間になった。何かミスでもあったのか。何の説明もなかったが。
 その入院中に血尿が出た。医師の説明は、手術の際に挿入した尿道カテーテルが尿道を傷つけたためだろう、ということだった。しかし、退院したあと北関東のアパートから転居したときに血尿が続いた。地元の病院に問い合せたら医師は来週の金曜日にしかいないという。何という対応か。腹をたて、胃ガンの手術をしたこの病院を再び訪れたら内視鏡検査で即座に膀胱ガンの診断。急ぎ手術となった次第だ。入院、手術は、そのときは四、五日間で済んだのは幸い。

 胃ガンの手術後に食道ガンの宣告。再検査すると食道ではなく下咽頭ガンだという。既に頸部のリンパ節に転移しており両方の手術が必要との説明。その時の一連の医師の応対があまりに杜撰で横柄。その医師が信頼できなくなった。それを察知したのか、彼は他の病院と医師を紹介した。その医師は誠実そうでまだ信頼できそうだった。その病院で手術することにしたのだった。
 何と、一年余に三回の手術。何とも慌ただしいことだった。それでもまだ生きている。まぁ、みてくれは痩せ細った死にかけのジジイだが。その姿は間違いなく、ゆるゆると死へ向かっている。お迎えはそう遠くないだろう。それまでにささやかな抵抗として治療を受ける。
 これから抗がん剤の注入だ。手術後三ヶ月に一度、計8回行いきょうが最後となる。そのおかげか知らぬが二年間、何とか生き延びた。何度も書いたが、これが不快で苦痛なのだ。我がイチモツにカテーテルが入るその不快と苦痛は経験しなければわからぬ。
 膀胱ガンの主治医のK医師は女医さん。ふっくらとした笑顔がこちらに安心感をもたらす。これは天性のものなのか、それとも医師になり醸成されたものか。胃ガンの主治医は執刀医のI医師から女医のKO医師にI医師の転院により代わったが、K医師の笑顔はない。生真面目さだけが印象に残る人だ。もちろん、医師としての技量、能力はわからぬ。笑顔のほうが未熟で、生真面目が優秀なのかもしれない。しかし患者はむっつりした生真面目より笑顔の安心に依存したがる存在ともいえる。へそ曲がりのアカショウビンの場合、そうともいえない。アカショウビンは疑り深くもある。
 それはともかく。病院をあとに映画好きのN君と神田神保町で待ち合わせている。高校以来の友人N君は度重なる入院・手術のアカショウビンを気遣って映画やコンサートの招待券を斡旋してくれる。友人とはありがたいものである。これから映画や同級生たちの話で気力を回復させよう。

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2018年4月 3日 (火)

定期検診

 本日と明日は都内の病院ヘ定期検診と治療で通う。本日は早めに団地を出て、ぶらぶら散策しながら。団地の桜並木は花も散りだした。花見も今週末が最後だろうか。 
 本日は下咽頭癌の手術後の経過の診察。相変わらず喉の手術跡は引きつりが改善しない。食事も食べ過ぎると噎せる。それでもアルバイトで日銭は稼がねばならない。ギリギリの生活は相変わらず。毎日が鎬を削る思いだ。
 午後の築地は人通りも少ない。案の定、診察は待たされる。患者はいつもより少ないのだが。テレビでは高校野球。放送はけっこうだが楽しみにしている番組まで中止して放送するのは迷惑この上ない。日曜は朝の「音楽の泉」が中止になってガッカリ。文句の一つもネットで伝えてやろうか。
 診察はいつも通り簡単に済んだ。内視鏡を鼻から入れ手術跡を視る。特に異常はないという診断。主治医と女医がディスプレイを視ながら言葉を交わす。こちらは幾つか質問もする。会計は2020円。アルバイトを休み出費はつらい。

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2018年1月10日 (水)

三ヶ月ぶりの抗がん剤注入

 本日は都内の病院へ膀胱がんの抗がん剤治療へ。三ヶ月に一度。もう三ヶ月経ったのだ。早いものだ。先日の下咽頭がんの再手術と重なるかもしれないので打診したら下咽頭がん手術の方は予想より簡単に済み入院期間も長引かなかったので予定通りに本日の治療となった次第。毎度書いているが、苦痛な治療なのである。尿道からカテーテルを入れられる違和感、不快感、痛みは体験しないとわからない。
 9時40分予約が、いま午後1時前。待たせ過ぎだ。企業の営業なら即取引解消だ。診察は時間通りにいくものではないだろうが度が過ぎるのも如何なものか。
 一昨日の退院から本日の治療。ガン患者はつらいよ、と嘆いても誰も助けてはくれないし、医師も病院も治療するだけ、ガンという病気は完治できない面倒な病なのである。

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2017年10月 2日 (月)

終活と就活

 先週でアルバイト先の現場は終了。他の現場に明日から行く。しかし、これまでよりかなり遠方。行きは新宿から車で千葉まで。帰りは電車という。交通費はでない。それでも仕事があり日銭が入るだけでもありがたいではないか、というのが世間相場というものだ。年相応に楽隠居というわけにいかないのは不徳の致すところ。正しく自業自得である。病を抱え終活とやらもしなければならぬが就活のほうが先である。
 本日は、終活に向けて築地へ。昨年の下咽頭がん手術、入院から一年以上が過ぎた。一ヶ月の入院予定が10日間で済んだのは経済的にはありがたいことだったが術後の経過による病院側の都合もあるのだろう。とにかく退院後はアルバイトで凌いできた。何とか緩やかに終末に向かい到るのだ。そこで音楽の力は不可欠。昨夜はマタチッチのベートーヴェンをN響の録画で見聞きできた。今朝は今井信子さんのヴィオラのCDで。シフとヴェーグのモーツァルトも聴いて心身に力を吹き込んだ。季節は既に秋である。何とか一年生き延びた。残りどれだけ持ち時間があるのか。人には寿命がある。落語の「死神」ではないが頓死もある。しかし、死は先駆的に覚悟される。この十年はアカショウビンにとってその過程の時であり続けている。本日の治療で我が身体にどれほどの効果があるか知らぬ。しかし、乗りかかった舟を降りるわけにもいかない。現代医療のシステムに身を任せ最後に向け些かの抵抗を試みるだけだ。
 朝の通勤時に乗客の表情はけだるい。青い月曜日なのだ。もう何度通ったか知れぬ路線で病院に向かう。スペイン語が突然聞こえる。オリンピックに向けて海外から訪れる外国人は格段に増えているのだ。築地もそうだ。それはまた国際的な人の賑わいはいいものだ。若い女が片言のスペイン語でスペイン人と会話しているのは微笑ましい。さて、本日の治療はどうなるやら。前回の内視鏡操作は荒っぽかった。些か不安でもある。
 10時前に終わった。何と施術は主治医だった。待機中のテレビ説明では5分から10分というのが20分くらいはかかったろう。麻酔をしているとはいえ時々喉の奥にあたるのがわかる。喉の何カ所かにがんがあるのだろう。「ここは照射かな」などと付き添った若い医師とディスプレイを見ながら話している。
 検査、治療とはいえ器具で喉を掻き回すのだ。拷問のようなものである。終わって30分間の休憩だ。
 一休みし、これから会計。さて、いくらかかったのか。アルバイトで稼いだ日銭は湯水のように出ていく。

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2017年6月16日 (金)

胃の定期検査へ

  アルバイトの合間を縫って胃ガンの手術をした都内の病院へ定期検査に。前回は膀胱がんの抗がん剤治療で訪れたのだった。あれに比べればこちらは楽。主治医が話を聞くだけ。というより未だ生きているのを確認するだけなのだろう。

  電車を乗り継ぎ地下鉄の深いエスカレーターを何度も昇り降りし地上に出ると眩い陽光。いつもの弁当屋で昼食を買う。病院までの道端には街路樹の根元に近隣の人たちが植えた様々な花々が心和ませる。二年前は慌ただしい年だった。退職後、次の仕事の算段で試行錯誤していたとき幻覚など体調の異変で市立病院を訪れたら胃癌を指摘され七月に二週間の検査入院。そこで胃の全摘出手術をする予定がセカンド・オピニオンでこの病院を訪れたら全摘でなく腹腔鏡下手術で済むという。医者の印象も良かったのでこちらで手術することに決めたのだった。ところが二週間で退院できる予定が46日も入院した。その経緯は逐次書いた。胃の次は昨年の下咽頭がん、膀胱がんの手術だ。三つのがんを抱え未だ生きている。しかしそう長くはないだろう。昨年から二度の引っ越しで新たな環境にも慣れていかなくてはならない。それは、死を想定しながらそれまでとは異なる時間を生きるということである。

それは具体的にどういう事か。何といえばよいか。思索しつつ現在の新たな時間を開くということかもしれない。、

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2017年4月24日 (月)

通院治療

 昨年8月の手術から三か月ごとの膀胱癌・抗がん剤治療で1月下旬以来都内某病院へ。先週は別の病院で下咽頭癌の内視鏡検査。きょうはもっと苛酷な処置で戦々恐々の思いで今受付ロビーで待機している。膀胱鏡が尿道から侵入して来る不快感と痛みは男ならではかもしれない。
 それにしても抗がん剤治療は昨年の手術以来一方的に始まった。その効果のほどは詳しく説明されているわけではない。しかし10年くらい前から始まった治療らしい。まぁ、眼を見張る効果はなくとも癌治療の進展に寄与出来るなら実験台にもなるにやぶさかではない。しかしあの不快感と痛みは困る。治療への意欲も萎えるというものだ。
 去年はお盆前の夏の暑さに喘ぎながら、そのあとの下咽頭癌の手術に備え秋から冬を過ぎた。体力は衰えたとはいえ生きながらえている。やり残したことは幾つかある。それを済ませながら粛々と死に至りたいものだが引っ越しもしなければならない。現実は粛々とはいかないのだ。ジタバタ、ドタバタしながら娑婆を去ることになるだろう。午前10時の診療予定がもう46分を過ぎた。まだ呼ばれない。
 診察カードを受付に出し忘れたこちらのミスが遅れた原因。主治医のK先生も苦笑い。雑談の中でアカショウビンの前回の絶叫をよく覚えていた。まぁ、ああいう患者は珍しいのだろう。今回はできるだけ痛まぬようにと下半身麻酔は?と問うと抗がん剤注入でそれはないと一蹴。しかし前回の膀胱鏡検査ははしょってもらった。処置で麻酔ゼリーをたっぷり使ってもらったけれども痛みはあった。手術後これが3回目の抗がん剤注入。2年間8回処置するわけだから先は長い。それまで我が身はこの世に在りや無しや。

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2017年4月17日 (月)

上部内視鏡検査

 なめられた、というのが本音の検査だった。前回胃カメラ検査で見つかった下咽頭の5㎜くらいの癌を再度、去年手術をした病院で検査した感想である。先ず麻酔の処置をする若い女医の話し方に不快になった。これが患者の命を預かる医師の言葉か。そこらの呑気でキャピキャピの娘たちの調子と大差ない。間抜けで私は馬鹿ですという話し方だ。そのあと鼻から内視鏡を入れて操作した別の若い女医も同様。経験の浅さが如実に言葉と器具の扱い方に表れている。付き添っている若い男の医師がアカショウビンを後輩の練習に利用しているのが隠しようなく見てとられるのだ。痛みも伴う。アカショウビンは抗議のつもりで大声をあげた。胃がんの手術のときと同じように。ボンクラ医師たちにこちらの意思は伝わっていないだろう。処置時間は約30分。親切でこちらはまともそうな看護師さんの案内で仮眠室へ。約30分仮眠し検査を終えた。何カ所か生検はしたが何とも雑な対応だというのが本日の検査報告である。果たしてこんな対応で日本の医療は大丈夫なのか。

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