2020年7月 4日 (土)

薬漬け

 呼吸器外科病棟から元の胃外科病棟にきのう移ってきた。四人部屋できのうは一人いたのが幸いすぐに移動し今は一人である。満室だと大変なのである。鼾、傍若無人の携帯電話、面会家族のこれまた傍若無人の会話。今はコロナで面会が厳重になっているからいい。きのうまでいた呼吸器外科病棟はナースステーション前の重篤患者がいる四人部屋である。二人の患者は自分で排便、排尿が出来ない。一人は高齢者、一人は中年である。介護、看護の看護師たちは明るくそれを捌く。その声には不満の含みも聴き取れる。しかし多くは明るく振る舞うのに嫌味はない。

 それからすればアカショウビンはマシなほうだ。きのうから夜中の頻尿に気を遣うこともない。それはともかく、きのうから服用する薬が増えた。緊急入院で中断していた抗がん剤もきのうから再開した。他に4種類の薬を食後に飲まねばならない。元々、風邪をひいても薬など飲まない。それが入院するとまるで薬漬けだ。便の色が変わるのが不気味。鉛色の黒っぽい便なのだ。もっとも、便秘体質から解放されているのはありがたいけれども。後のために薬名を記しておく。

 オーグメンチン配合錠=炎症、化膿、感染症を抑える抗生物質。アモキシシリンカプセル=上に同じ。クエン酸第一鉄Na錠=不足している鉄分を補給し貧血を改善する。ロキソプロフェン錠=関節、腰、歯や傷等の炎症や痛みを鎮めたり、風邪の時の熱を下げ、痛みを鎮める。

 なるほど、それぞれ効果があるのだ。それは専門家、プロに任せるに如かずだ。

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2020年7月 1日 (水)

チューブを抜く

 肺に溜まった水と膿を抜く手術をしてから六日。その間、手術の時の血を抜くチューブが入り器械で少しずつ血が抜かれていた。赤い血が溜まっているのを見るのは嫌なものだ。それが先ほど、やっと抜かれた。痛くて大声をあげた。しかし、これで退院に向け一歩前進だ。

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入院暮らし

 先月16日に緊急入院し、26日肺の手術し梅雨のうちに七月を迎えた。成り行きに任せた時日だった。入院から十六日、手術から六日が過ぎる。術後の不如意と痛み、退屈は友人から差し入れてもらった文庫、書籍と団地の部屋から持ってきてもらった読み差しの書物を読み継ぎ埋まる。

 4月20日の胃の全摘手術の後、排尿が近くて困る。水分はほとんどとらないにも関わらず夜中は一時間半から二時間に一度、トイレにかけこむ。手術後の肺の血を掻き出す器械を引っ張りながらだから不便この上ない。四人部屋の同室の二人の患者の病状からすれば、それでもアカショウビンの病状は軽い方である。向かいのベッドの耳の遠い高齢女性は明日退院である。二人の男患者はベッドから自力で起き上がれない。それは辛かろう。病の酷なる事ここに極まる。アカショウビンも手術直後の集中治療室では同じ状態だった。それからすれば、器械のセットされた器械を移動ポールで引っ張りながらだが、身体を動かせるのはまだしもである。今朝も梅雨空だが、雨は降っていない。病棟、病室はエアコンが効いて快適である。看護師さんたちの自他の看護、介護も手厚い。朝刊も売店から届いた。さぁ、きょうも一日が始まった。

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2020年6月28日 (日)

病室スケッチ

 肺の手術をしてから担ぎ込まれた病室はナースセンターの近く。すぐ異変に対応できるためという配慮があるのかもしれない。他の患者もかなり重病という印象だ。自分で食事が取れない80歳の老人Aさん。同じく中年男のOさん。もう一人は高齢の女性。彼女は一人で食事もできる、他の二人からすれば軽症の患者という感じだ。今回は先の胃外科病棟のときのように先に居る患者さんたちに挨拶する余裕がなかった。何せ術後に集中治療室で一泊したあと担ぎ込まれた病室なのだから。しかし、重病の二人を看護する看護師さんたちは他の病棟に比べて仲がよく、看護等介護を楽しんでいるようにも思われる。

 Aさんには娘さんがいて、きのうも面会に来たらしい。しかし、病院はコロナを警戒し面会を厳重に禁じている。娘さんは、父親に手紙を幾つも書いたようだ。高齢で重篤のAさんは、それが読めない、それを看護師さんが声に出して読んでいるのが聞こえた。それは稚拙だが、愛情に満ちた文章だ。看護師さんもAさん、愛されているんだね、と声をかける。その声に感傷がないのがアカショウビンには返って、その場の空気をからりと明るいものにして好感をもてる。

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2020年6月23日 (火)

同室者

 隣のベッドのKさんは、木曜日に退院らしい。アカショウビンが緊急入院して以来、まったく会話なし。一度すれ違う前に挨拶したら返事なし。看護師さんたちとの会話を聞いていると実にマトモな中年のオッチャンなのである。ところが、病室には、暗黙の了解のようなものがあり、互いに会話は交わさないのである。関西と違い、東京にはそういうところがある。文化のが違いと言ってしまえばそれまで。何とも、話好きのアカショウビンに釈然としない話である。

 それはともかく、退院の時くらいは挨拶するかもしれない。それは密かな楽しみではある。

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2020年6月20日 (土)

入院五日目

 火曜日に定期検査と抗がん剤の継続使用の件で来院したら、緊急入院という事態になってしまった。レントゲン、採血、CT検査と振り回され、肺に溜まった水と膿を抜くという治療に入り継続中なのである。脇腹からチューブを入れ、左腕には抗生剤を注入する点滴が入り身動きがとれない。トイレも看護師さん頼りだ。

 前回の入院の四人部屋とはちがい、今回は三人。皆さん静かでおとなしい。前回は、関西弁で株のやり取りを大声でがなり立てる爺さんに閉口した。文句を言っても耳が遠いので効果なし。散々な入院生活だった。それに比べれば今回はまだマシな入院生活である、今のところ。

 

 

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2020年5月 8日 (金)

退院はしたけれど

 4日の午前中、高校の同級生M君が練馬の自宅から車で迎えに来てくれ町田の団地まで送ってくれた。ありがたかった。コロナ禍で交通量も少なくM君はゆっくり長時間の運転をしてくれた。心の中で手を合わせた。如何なる菩薩の化身か。こちらは心から祈り感謝するしかない。

 しかし、体調はなかなか元通りというわけにはいかない。術後の痛みは以前のまま。身体を動かすのもままならない。術後のチューブだらけの姿からすればマシだが、近くのスーパーに行くのも億劫だ。しかし、体力回復には食わねばならぬ。病院の上げ膳据え膳とはいかぬ。自ら動かねばならないのだ。果して、この状態が元に戻るのか、心もとない。

 病院にいる時よりは好きな音楽、レンタルDVDが観られることが何よりありがたい。きのう歯医者に行ったついでに映画を四本借りてきた。それを観て気力を奮い起こす。せいぜい、それくらいだ。入院中に読み継いだ本を更に読み継ぐ集中力がない。とにかく静養だ。

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2020年5月 2日 (土)

忘れるということ

 手術後のICU(集中治療室)での一晩のチューブだらけの不自由と傷跡の痛みを忘れるまいと肝に命じたつもりだが、少し回復したら何の事はない。すっかり忘れている。修行の足りない俗物は、かくの如し。その戒めなのか、今朝、手術の傷跡から血液の混じった体液が滲み出し、下着、パジャマ、腹帯を濡らし肝をつぶした。術後13日が経過しているのにである。幸い、看護師さんが冷静な応急処置を施し現在小康状態だ。連休のためか主治医はじめ何人かの医師は不在。月曜日の退院予定は延期だろう。

 もとより楽観などしてはいない。通常なら腹腔鏡下手術で済ませられる胃の全摘手術を開腹し左胸の辺りから右腹まで「胴切り」するという大掛かりな手術なのだから。合併症の危険は事前の説明で聞いていた。しかし、今回のような事は想定外なのではなかろうか。何が起こるかわからないのだ。医療技術は確かに進歩したし、現在進行中であろう。いずれガンも治療で克服できる時が来るかもしれない。しかし、人間の出来る事などたかが知れているのだ。その一点だけは忘れるわけにはいかない。されど放下する、任せる、委ねる。これである。

 人は生きていくために忘れたほうがかえって楽になることもある。しかし忘れてはならないこともまたあるのである。そこで、残りの生を無為に過ごさないよう不忘三戒を立てる。

 一つ、身体が自由に動けるありがたみ忘るべからず 

 二つ、食事が口から食べられるありがたみ忘るべからず 

 三つ、書物が読め文字が書けるありがたみ忘るべからず

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2020年4月24日 (金)

術後、初めての食事

 術後四日目。入院以来というより数カ月ぶりの食事が昼食からとれるようになった。左脇腹と右腹にはチューブが入ったままだが明日には抜ける予定。何はともあれ回復の軌道に乗ったようにも思える。ただ痛み止めの薬の影響で便秘気味。下腹の痛みは不快この上ない。

 久しぶりのマトモな食事の献立を記しておこう。メインディッシュは鶏ソースかけの豆腐ステーキ。それに五分粥、皮むきカボチャの甘煮。小エビの酢の物がおいしかった。五分粥は梅びしおで味をつけて、おいしくいただけた。病院食特有の薄味だが、アカショウビンには天来の食事になった。先ず一山は越えた。しかし、これから二山、三山越えねばならぬ。日暮れて道遠しである。

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2020年4月14日 (火)

病室レポート

 隣のベッドのKさんは、さきほど手術を終えベッドに戻ってきた。入れ替わるように向かいのUさんが手術室へ。しばらくだったが普段は静かな病室が騒々しくなった。Kさんは麻酔から完全には覚めていない様子。看護師から声をかけられても返事がない。痛みもあるだろう。排尿は〝バルーン〟という管を一物に入れられる。不快なのだ、これが。Kさんは入院してから二度目の手術。どうも肝臓ガンのカテーテル施術らしい。一度目にガンが取り切れず二度目の手術となった。その愚痴を看護師にこぼしていた。入院してきたときに何の挨拶もなかったからアカショウビンも話しかけることはない。挨拶してこられたのはUさんだけ。病室の患者同士というのはそんなものだ。

 来週の月曜はこちらの番だ。稀なケースで食道の一部、残胃の全摘になる。難しい手術と主治医も正直に話した。それを医師の誠意とアカショウビンは判断し、お任せすることに同意した。さらに運は天に任す。

 昨日の悪天候から一転してきょうは快晴だ。五階の病室から見える外の景色は風が強いようで大樹の枝葉がざわざわと揺れている。樹木は己の生をふみこたえ我が身を支えているのだ。陽の光は燦々と葉に注ぐ。

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