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2020年7月27日 (月)

国家という共同幻想

 先ほど、レンタルDVDで『新聞記者ドキュメント』(2019年  森達也監督)を観終えた。東京新聞記者、望月衣塑子さん(以下、敬称は略させて頂く)を追った作品である。同監督の作品は、以前オーム真理教の信者たちを取材した『A』『A2』を観ている。今回の作品は『新聞記者』という映画が昨年公開され、そのとき森監督が、ドキュメンタリー作品を撮っている情報を知り期待して観たのだった。期待に違わぬ仕上がりだと思った。望月記者の評判は、漏れ聞いており、角川新書の『新聞記者』も読んだ。昨年の日本アカデミー賞を受賞した映画も観た。

 森監督作品は、映画以上に面白かった。何しろ望月記者の生の姿と動向を森監督は実に丹念に追っているからだ。それ以上に、望月記者の取材姿に瞠目した。大した女性である。横並びのへっぽこ男記者たちを尻目に、眼を瞠る行動力が素晴らしい。国会周辺のデモの実態も、この映像で初めて見知ることができた。アカショウビンの購読紙は東京新聞である。望月記者の記事もたまに読める。しかし、それ以上に生の姿に惚れ惚れした。他の著作も読み、今後の益々の活躍を期待する。

 それにしても、安倍政権の実態を通じ再考を促すのは国家という共同幻想の本質である。それは先日観た『三島由紀夫vs東大全共闘』という作品と共に改めて熟考しなければならないテーマである。先日は『靖国』(2005年  リ・イン監督)も観直した。これまた国家という共同幻想を如実に表現した佳作である。吉本隆明の『共同幻想論』も再読しさらに再考、考察していきたい。

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