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2020年4月29日 (水)

信州とのご縁

 サラリーマン時代にクライアントだった企業が倒産したという。病院暮らしのなかで昔の記憶が蘇る。地元では中堅の漬物メーカーだった。業界に入りたてのころ、東京駅のホテルで行われた、その会社の支援組織の設立大会を取材した。まだ、業界が羽振りのよい頃だった。以来、地元を訪れることはなかった。担当が違うのである。信州・飯田は名古屋支局が担当していたからだ。その名古屋支局長が亡くなり、名古屋支局も閉鎖した。信州・飯田は東京支社の管轄になり若い新人記者が担当した。その後、新人も不祥事で退社しアカショウビンに担当が回ってきたという訳である。

 信州・飯田の取材は楽しかった。風光明媚。食べものはおいしく、お酒もうまい。業界紙記者冥利だった。約20年の間に業界も変わった。世代交代は進む。先代の社長も亡くなり息子が後を継いだ。工場は改築することもなく、昔の漬物工場の風情を残していたが、スーパーが台頭するなかで、それではお客は減っていく。その変化に追いついていけなかったのだろう。そういう例をアカショウビンは何社も見てきた。漬物という伝統食が日本人の食生活の変化のなかで見捨てられていくのは悲しい。しかし漬物文化は日本の食生活に根付いている。それを大切にしたい。一汁三菜、これである。大きく商売しなくてもよいのである。地元に根を張り、おいしい商品を適量製造する。貧しくも豊かに生きるためには、そこから始めねばなるまい。この業界が基盤を固めることが今後の日本の方向性を示すものである事を切に祈り願う。

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