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2020年4月 3日 (金)

空海を読む

 二年前になるか、空海を描く映画があるというので興味深々で観に行った。監督に興味を惹かれたのだった。中国の陳 凱歌(チェン・カイコ―)監督である。張 芸謀(チャン・イーモウ)と並ぶ今や世界的巨匠といってよいだろう。彼らが若い頃の作品には瞠目した。以来、新作には関心を持ち続けている。しかし、その新作には幻滅した。空海をタイトルにして楊貴妃の死の真相を探る内容だったからである。空海が主人公ではない。それに腹を立て、空海の著作の現代語訳をいくつか買い読んだ。空海の文章と生涯を辿るのは若い頃に司馬遼太郎の『空海の風景』を読んで以来。映画はともかく、空海という宗教者に関心を向け直す好い切っ掛けになったのは陳監督に感謝せねばなるまい。

 先日来の入院で『秘密曼荼羅十住心論』(岩波書店 1975年3月7日)を持ちこみ読みにかかったが歯が立たない。しかし、この機会に通読だけはしたい。厚い雲間から覗かれる晴れ間のように文章に少し光が射してきたのは<愚童持斎心第二>からである。その箇所を写しておこう。

 万劫の寂種、春雷に遇ひて甲坼け、一念の善幾、時雨に沐して牙を吐く。歓喜を節食に発し、檀施を親疎に行ず。少欲の想始めて生じ、知足の心稍発る。

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