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2020年4月28日 (火)

人の食べるもの

 やっと少しずつだが口から食べられるようになり、食のありがたさを日々得心しているところだ。今朝のチンゲン菜のおひたしは実に美味だった。中国野菜だが、和風に味付ければ、こんなにおいしくなる。まことに料理は工夫と、アカショウビンが以前大阪に棲んでいたころ夜勤警備の同僚のNさんは経営していた中華料理屋を潰した人だったが、料理は愛だと真顔で話していた、その愛が不可欠なのだ。母親が子供に作る食べものは正しくそうだ。

 この病院の食事をアカショウビンは信用、信頼している。だから全部食べきれないのが申し訳なく残念なのである。きょうの昼食は煮込みうどん。ところが途中で噎せてしまった。しばらく中断し、平らげた。そんなことを考えたり思い出したりするのも、21日の東京新聞の記事を読んでいたせいでもある。

 ラオスからのリポートである。日本人の支援で地元のゾウムシを養殖し、子供たちの栄養改善を図り、余った分を売り農家の現金収入を増やすことも目指しているという。ゾウムシの幼虫は脂質とミネラルを豊富に含む高級食材らしい。こういう記事を読むと日本人が世界各地で現地の人々を助けるために貢献している姿が髣髴し誇らしく胸があつくなる。地元の人たちは昔から野生のコオロギを食べて栄養を補充してきたという。日本だって昔は似たようなものだ。たいがいの物は食べて飢えと栄養の足しにしてきたのだ。

 まことに食は生命の基本である。アカショウビンも少しずつ食べつなぎ残りの生を全うさせたい。

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