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2020年4月29日 (水)

信州とのご縁

 サラリーマン時代にクライアントだった企業が倒産したという。病院暮らしのなかで昔の記憶が蘇る。地元では中堅の漬物メーカーだった。業界に入りたてのころ、東京駅のホテルで行われた、その会社の支援組織の設立大会を取材した。まだ、業界が羽振りのよい頃だった。以来、地元を訪れることはなかった。担当が違うのである。信州・飯田は名古屋支局が担当していたからだ。その名古屋支局長が亡くなり、名古屋支局も閉鎖した。信州・飯田は東京支社の管轄になり若い新人記者が担当した。その後、新人も不祥事で退社しアカショウビンに担当が回ってきたという訳である。

 信州・飯田の取材は楽しかった。風光明媚。食べものはおいしく、お酒もうまい。業界紙記者冥利だった。約20年の間に業界も変わった。世代交代は進む。先代の社長も亡くなり息子が後を継いだ。工場は改築することもなく、昔の漬物工場の風情を残していたが、スーパーが台頭するなかで、それではお客は減っていく。その変化に追いついていけなかったのだろう。そういう例をアカショウビンは何社も見てきた。漬物という伝統食が日本人の食生活の変化のなかで見捨てられていくのは悲しい。しかし漬物文化は日本の食生活に根付いている。それを大切にしたい。一汁三菜、これである。大きく商売しなくてもよいのである。地元に根を張り、おいしい商品を適量製造する。貧しくも豊かに生きるためには、そこから始めねばなるまい。この業界が基盤を固めることが今後の日本の方向性を示すものである事を切に祈り願う。

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2020年4月28日 (火)

人の食べるもの

 やっと少しずつだが口から食べられるようになり、食のありがたさを日々得心しているところだ。今朝のチンゲン菜のおひたしは実に美味だった。中国野菜だが、和風に味付ければ、こんなにおいしくなる。まことに料理は工夫と、アカショウビンが以前大阪に棲んでいたころ夜勤警備の同僚のNさんは経営していた中華料理屋を潰した人だったが、料理は愛だと真顔で話していた、その愛が不可欠なのだ。母親が子供に作る食べものは正しくそうだ。

 この病院の食事をアカショウビンは信用、信頼している。だから全部食べきれないのが申し訳なく残念なのである。きょうの昼食は煮込みうどん。ところが途中で噎せてしまった。しばらく中断し、平らげた。そんなことを考えたり思い出したりするのも、21日の東京新聞の記事を読んでいたせいでもある。

 ラオスからのリポートである。日本人の支援で地元のゾウムシを養殖し、子供たちの栄養改善を図り、余った分を売り農家の現金収入を増やすことも目指しているという。ゾウムシの幼虫は脂質とミネラルを豊富に含む高級食材らしい。こういう記事を読むと日本人が世界各地で現地の人々を助けるために貢献している姿が髣髴し誇らしく胸があつくなる。地元の人たちは昔から野生のコオロギを食べて栄養を補充してきたという。日本だって昔は似たようなものだ。たいがいの物は食べて飢えと栄養の足しにしてきたのだ。

 まことに食は生命の基本である。アカショウビンも少しずつ食べつなぎ残りの生を全うさせたい。

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2020年4月27日 (月)

いかに貧しく暮らし生きるか

 この災厄で経済活力が減退し収束しても世界中に失業者が溢れ世界大恐慌さえ危惧されているのではないか。そこで人間達に何が出来るのか。それは如何に貧しく生きていくかという戦後のアメリカン・ドリームとは逆の発想転換を模索することなのではないか。もちろん、このような考えは昔も今もあちらこちらに繰り広げられている或る種の陳腐さがある。そこを突破せぬ限り人類は滅亡の運命だろう。しかし悲観主義であってはならない。現在の知のバラダイムを変えることで可能なことはわかりやすい理屈だ。ところが、この数百年の罪過の積み重ねが、それを難しくしているが、今はその好機でもある。いずれ災厄は克服される。にもかかわらず人間共はそれを忘却する。そこから根源的に学ばなければならないのに。それには如何に貧しく生きるかを実践することだろう。

 アカショウビンも退院後の生活苦を凌ぐためには自らそれを考え抜き実践するしかない。

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何が問われているのか

 手術からきょうで一週間が過ぎた。身体に入っていたチューブも一つ一つ抜けて行き、やっと歩けるようになったのは幸い。しかし脱力感と傷跡の痛みはどうしようもない。痛み止めで済む話ではない。回復には時の経過とこちらの免疫力、生命力が必須なのだ。それは対症療法では解決できない領域だろう。コロナ禍にしてもウィルスという生き物が相手だから何とかなる話で、それさえ世界に蔓延すれば、このザマだ。それほど人間は奢りたかぶり地球という場を浸食してきたということだ。人間こそが災厄の原因であることに気づけということなのではないか。経済活動の減退で地球環境が復活しヒマラヤの冠雪がインドで30年ぶりに見えているらしい。温暖化という事態の深刻さを米国は無視した。欧米でコロナが席巻しているということは昔の宗教者なら天の罰が下ったと判じるのかもしれない。それほど、人間は逸脱して文明化されているのではないか。近代史を俯瞰するだけで、産業革命以来の人類史は、自然を対象化し数値化し浸食、蚕食してきた。その結果が原発であり、ミナマタであり、様々な災厄だ。そこで何故学ばないのか。環境負荷を落とせば地球は息を吹き返すのだ。経済主導を根本的にパラダイム転換しなければならない。それは新たな革命を必要とする。米国民も日本人も今回の災厄で何が問われているのかに少し気付いている人も増えているかもしれない。しかし、それが日本人は政治に反映できない。米国はそれを反映させてトランプを選びこのザマだ。何かが狂っている。ボタンの掛け違いではすまない結果が既に生じているのだ。根本的な改革が必要だ。それは革命であろう。思考革命である。残り時間が少ないアカショウビンには、その革命の様子を見ることは叶わないが、それなくして人類の存続もまたないであろうことは確実である。

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2020年4月24日 (金)

術後、初めての食事

 術後四日目。入院以来というより数カ月ぶりの食事が昼食からとれるようになった。左脇腹と右腹にはチューブが入ったままだが明日には抜ける予定。何はともあれ回復の軌道に乗ったようにも思える。ただ痛み止めの薬の影響で便秘気味。下腹の痛みは不快この上ない。

 久しぶりのマトモな食事の献立を記しておこう。メインディッシュは鶏ソースかけの豆腐ステーキ。それに五分粥、皮むきカボチャの甘煮。小エビの酢の物がおいしかった。五分粥は梅びしおで味をつけて、おいしくいただけた。病院食特有の薄味だが、アカショウビンには天来の食事になった。先ず一山は越えた。しかし、これから二山、三山越えねばならぬ。日暮れて道遠しである。

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2020年4月20日 (月)

正念場と回想

 井上陽水は50年を振り返れとの質問に「ファジー」と答えたそうだ。陽水らしい。アカショウビンの人生も陽水と同時代を歩んできた。しかしファジーでは済まない。多々回想することはそれなりにある。

 しかし、今はそのときではない。これから手術である。あれこれ心を構えることもなく、心を整え、粛々と事に臨む、というわけにもいかない。修行は足りないのだ。しかし、ここが正念場であることは間違いない。主治医からも暗に覚悟を促されるような説明を受けたからだ。運は医師と看護師さんたちスタッフ、そして天に任せるしかない。放下する、委ねる、これである。人間のできることはたかが知れている。しかし最善を期す。

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2020年4月17日 (金)

回想と悔悟

 NHKのFM放送でビゼーの『カルメン』を放送しているので途中から聴いた。サイモン・ラトルがベルリン・フィルと録音したものらしい。オールマイティのラトルだが、『カルメン』」とは少し意外な作品である。しかし、おそらくそれは小澤征爾(以下、敬称は略させて頂く)への対抗意識もあったのではないか。小澤はフランスのオーケストラで『カルメン』を録音した。それは用意周到といえる準備だったように思う。タイトル・ロールは今は亡きジェシー・ノーマン。そのメイキング映像も発売された。それは歌手への徹底した発音指導など完璧を期した録音とも思われた。その何年か前に小澤は日本で二期会公演で『カルメン』を振っている。そのような経緯での本場、フランスでの『カルメン』だったのだ。その録音は繰り返し聴いてあきない優れた演奏と録音である。数ある『カルメン』の録音のなかでも屈指の名演と思う。アカショウビンは大学を卒業し一年の就職浪人のあと二期会事務局の応募に運良く合格した。それが小澤を起用した二期会の『カルメン』公演の準備期間の頃だった。来日前の小澤とも電話で楽譜の件で声を聞いた。壮年期の勢いあふれるマエストロだった。成城学園の練習にもお付き合いした。ご家族も見学に見えていてアカショウビンの近くにはタイトル・ロールの伊原直子さんも。親しく声をかけていただいたことなど懐かしく思い起こされる。それは音楽好きの社会人一年生にとって贅沢な体験だった。

 それはともかく、本日は父の命日である。1992年4月17日金曜日(奇しくもきょうも金曜日だ)、午前1時26分、京都の病院で逝った。68歳だった。現在の平均寿命からすれば早すぎる死だった。夜中に弟から電話が入り、翌朝の新幹線で京都に向かった。私鉄の駅の階段から母と弟が降りてきた。それから父たちが住んでいたアパートで一泊し、故郷の奄美まで空路で帰った。葬儀は盛大だった。かつての友人、知人、親戚に心から弔って頂いた。末っ子だった父親の実家の本家で一泊し、伯父夫婦が空港まで送ってくれた。

 父の容態が悪くなり、危篤が伝えられた。奄美から伯父が駆けつけた時の病室の様子をアカショウビンは忘れることができない。伯父は病床の弟の姿を見て入口近くで直立し、絶句し、「カズ・・・」と父の愛称を幽かにやっと喉の奥から絞りだしたのだ。その姿に弟も従兄もアカショウビンも顔を背け、嗚咽するしかなかった。生前は家業の印刷会社でライバル関係であり周囲は決して仲が良いともみていなかっただろう。しかし幽冥を分かつときの血肉を分けた兄弟の情愛というのはかくも深いものか、とアカショウビンは直感した。長男ながら結婚もせず孫の顔も見せられなかったことをアカショウビンは世間並みに悔やむ。しかし悔悟といえるものは家業を継がず好きな道を歩ませてもらった父親の期待に応えられなかったことだ。それはガン放射線治療のあと別のガンで大きな手術をひかえる今いっそう切実に身を苛む。手術から生還しても奄美を訪れることはないかもしれない。それより、余生は、この世での生を納得できるまで全うすることだろう。何ができるか、それは幾つかある。それがせめてもの父や母への恩返しであるように。

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無化あるいは撲滅

 ハイデッガーは先の『アンキバシエー 科学者と学者と賢者による野の道での鼎談』を1945年4月7日に記し終えている。出版するつもりはなかったのかもしれない。それは手稿といってよいもので日頃の思索を〝文学的に〟戯曲のシナリオの様なものに仕立てた。しかし、そこにハイデッガーの思想哲学の真髄が現れていると確信する。時はドイツ敗戦のときである。辞任せざるをえなかったにしろ、自ら大学学長として若者たちの未来を教導した責任も覆い被さってきたにちがいない。しかし戦後もナチスの運動を信奉した哲学者は現実政治とは別に思索者として人間の歴史と存在について冷静な思考を持続していたことがわかる。それは論文、論考という形式をとってないだけかえってその肉声と思考の跡が生々しく読みとられるのである。先のブログで引用した箇所を再掲する。

 賢者 おそらく人間が自然を対象化しようとすると、まさに自然が自らを示そうとするものの中に技術の攻撃に対する秘かな反抗が生じるのだと思います。この反抗の覆いがはがされることによって自然の力が解き放たれ、それが無化(撲滅)という地球全体を取り巻いている出来事として爆発するのです。

 これは先の世界大戦を解釈したものといえるだろうが、昨今のコロナ禍にも当て嵌まるように思えないだろうか。それから一ヶ月後に記した『ロシアの捕虜収容所で年下の男と年上の男の間で行われた夕べの会話』は、戦死した息子たちの会話に託した父親の追悼ともいえる手稿である。その最後にハイデッガーは次のように記している。 

 1945年5月8日、ドナウの谷のハウゼン城にて  世界が勝利を祝っているが、自らがすでに数世紀以来、自らの蜂起の敗者であることにまだ気づいていない日に

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2020年4月16日 (木)

反省から超克へ

 今朝の東京新聞は、〝女性差別と闘う〟上野千鶴子さんの記事が1面左肩に、続きが7面に掲載されている。一面のお写真の横には「空気は読まない」の東京新聞の題字。しかし、ご自身の色紙には「空気は読む、だが抗う」と。上野さんらしい主張だ。東大の女子学生2割問題が最高学府の現実に象徴される此の国の男女差別の実態であることは先のアカショウビンのブログの無知として反省する。7面には昨年の東大入学式の祝辞の抜粋も。あれは痛快な祝辞だった。しかし男女差別の現実の壁は実に厚いのである。それを上野さんは新入生たちに伝えたのだ。それを少し引用する。

 (前略) 

 あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶(おとし)めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身に付けることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けることだと、私は確信しています。知を生み出す知をメタ知識といいます。そのメタ知識を学生に身につけてもらうことこそが、大学の使命です。ようこそ、東京大学へ」

 見事な祝辞ではないか。その肩書は「認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク理事長 上野 千鶴子」となっている。日本社会における女性差別の根深さは女性側の視点とそれに仏教的にいえば〝共苦〟する姿勢と想像力が不可欠なのである。『新聞記者』の著者、望月衣塑子さんの履歴にもそれが記されている。上野さんは、1990年代に長期不況に陥り、社会全体が守りに入った。あの時に働き方改革をやればよかったのに、政財界労のオヤジ同盟で昭和型の働き方を維持した。諸外国が必死にやってきた改革を日本は二十年間やらずにサボって、取り残された。ジェンダーもその一つです。抵抗したけれど、非力で変えられなかった。だから、最近は若い人に「こんな世の中にしてごめんなさい」と言ってます、と述べている。その言や好し。

 #MeToo運動は世界の思潮である。しかし先ず、われわれは足元から、自らの周囲から変えていかなければならない。しかし、言うは易し、行うは難しである。何ができるか、何をすべきか、それは古い言葉でいえば、いかに超克するか、出来るか、である。そこで時代錯誤であってはならない。

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2020年4月15日 (水)

反抗の覆いが解き放たれる

 先に少し書いた〝アンキバシエー〟についてもう少し。この〝秘教的〟とも〝神秘主義的〟とも真面目な研究者たちからは批判、黙殺されかねない、アカショウビンには〝解説書〟の体裁をとった〝文学作品〟といってもよい手稿はハイデッガー哲学の急所をわかりやすく説いた〝文学作品〟と心得る。翻訳の微妙さが原文のニュアンスを十分に伝えているか定かではないが、難解な哲学論説ではない体裁は、内容はともかく、繰り返し読み、新たな思索に誘い込まれる深さと奥行きをもち、わかりやすさが返ってその裏にある深さと奥行きに通路を開き、新たな難解さに至る思いになる。その一節を改めて引用しよう。

 賢者 おそらく人間が自然を対象化しようとすると、まさに自然が自らを示そうとするものの中に技術の攻撃に対する秘かな反抗が生じるのだと思います。この反抗の覆いがはがされることによって自然の力が解き放たれ、それが無化(撲滅)という地球全体を取り巻いている出来事として爆発するのです。(p22)

 これは俗説になるのを恐れず言えば、昨今の新型コロナウィルスの世界蔓延という現状に対する一つの哲学的説明ともなりうるだろう。

 その前に、「技術」という、ハイデッガーが徹底してこだわる語へのギリシャ語の説明を賢者が話すところを引用しよう。

 賢者 テクネーという語の語幹はtekですが、これは外へ出す(hervorbringen)という意味です。ギリシャ語の中に含まれている思索においては、<外へ出す>とは何かを現前化する、現象させるといったことを意味します。但し、テクネーは個々の事柄を外に出すことではなく、ある事柄を見えるように対置し、用意することを意味しており、その見え方に応じて、その事柄がそのつどさまざまな形で見えるものとして現前化されるわけです。ですから、テクネーとはある事柄がその本質において、何であるかを見させ、視野の中にもたらすことであり、その限りで、近代的な意味での<技術>はテクネーの一種なのです。つまり近代の技術とは、今言った見させること、用意することであり、そこにおいて自然が数学的な対象として現象へともたらされるわけです。この技術は自然を計算可能な前置の対象に変えることであり、しかもその場合の計算とは、量的な計量のことです。

 長い引用で恐縮だが、この説明に学者と科学者が反論し自らの不可解と更なる説明を乞う。それに賢者は答える。

 賢者 アリストテレス(『ニコマス倫理学』第4巻)によれば、、テクネーはアレーテウエインの一つのありようであるとされ、この語の意味は現成し、現前するものとして現れるものを非隠蔽化することです。これを私たちのことばで言えば、露わにする、ということになるでしょう。アリストテレスは非隠蔽化のさまざまなありようを区別しており、つまりテクネー以外にエピステーメーやテオーリアがあるとするわけですが、これらはある意味では私たちが<学>と名づけているいるものに対応するありようです。テクネーとエピステーメーの違いをアリストテレスがどのような形で確定していようと、ここで何よりも決定的なことは、テクネーが露わにすることの一つであると考えられていることです。非隠蔽化としてのアレーテウエインの中にも、ギリシャ人の前概念的なテクネー理解が含まれているのですが、しばしばテクネーは通常の言語使用においても、それがエピステーメーと同様に非隠蔽化であるがゆえに、これと同一視されていたのです。(p18)

  頁数は『野の道での会話』 (ハイデッガー全集 第77巻 創文社 2001年11月25日発行 麻生 建訳)所収『アンキバシエー 科学者と学者と賢者による野の道での鼎談』

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2020年4月14日 (火)

病室レポート

 隣のベッドのKさんは、さきほど手術を終えベッドに戻ってきた。入れ替わるように向かいのUさんが手術室へ。しばらくだったが普段は静かな病室が騒々しくなった。Kさんは麻酔から完全には覚めていない様子。看護師から声をかけられても返事がない。痛みもあるだろう。排尿は〝バルーン〟という管を一物に入れられる。不快なのだ、これが。Kさんは入院してから二度目の手術。どうも肝臓ガンのカテーテル施術らしい。一度目にガンが取り切れず二度目の手術となった。その愚痴を看護師にこぼしていた。入院してきたときに何の挨拶もなかったからアカショウビンも話しかけることはない。挨拶してこられたのはUさんだけ。病室の患者同士というのはそんなものだ。

 来週の月曜はこちらの番だ。稀なケースで食道の一部、残胃の全摘になる。難しい手術と主治医も正直に話した。それを医師の誠意とアカショウビンは判断し、お任せすることに同意した。さらに運は天に任す。

 昨日の悪天候から一転してきょうは快晴だ。五階の病室から見える外の景色は風が強いようで大樹の枝葉がざわざわと揺れている。樹木は己の生をふみこたえ我が身を支えているのだ。陽の光は燦々と葉に注ぐ。

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2020年4月13日 (月)

独居妄想

 看護師さんも患者には好き嫌いがある。時に性的興味を掻き立てる女性も。しかし、セクハラは世界中で関心の的だ。日本という国は女性の地位が70位以下というていたらくである。もっとも、それは政治家に女性が少ないという基準のためらしいけれども。アカショウビンの私見では女性の地位は、それほど悪くはないのではないか、と思うがあくまで主観である。女性それぞれにご意見があろう。森繁久彌の社長シリーズでは、この国は女性が支えてきた国なのだ。それはまんざら嘘でもないように思うが、これも何の根拠もないアカショウビンの主観である。

 それはともかく、男の性的衝動というのはどうしようもないもので、それを規制するのは社会的規範、道徳的制約である。#Me、Too行動で、世界中の男が萎縮しているような印象がある。しかし、現実はそれぞれだろう。男女の間には深くて暗い河があるのである。

 破滅することなく、未来社会が現実化するとして、セックスはどのように処理されるのだろうか。それはおそらく死というものと関連して人間の課題、難問として新たな相貌で現れてくるだろう。解決とはいかない、それは課題、難問とも言えるだろうか。 

 突飛な例だが、先の大戦で、特攻隊の若い兵士たちが娼家で女性を抱いて死に赴いたという話も聞く。たとえ子孫は残せなくとも、女体の味は味わいたい、味わせてやりたい、というのは人情というものだろう。任侠ヤクザ映画で死と隣り合わせの面々が、女性というより女体に執着するのは妙に説得力がありパターン化しているのだが、これは一体どのように説明されるのか。

 それはともかく、妄想に幾らかの有用性を見つけたいと愚想してみるのだが、活路はありや?

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病床独語

 手術日は20日に決まった。それまで、点滴や、あれこれ準備の検査が続く。レントゲンも何度も。食道の詰まりを改善するためのチューブも鼻から入れたまま。手術日まで外せないという。難儀なことである。手術は難しい手術であることを主治医から説明された。五年前の手術で残した胃も今回は全摘という。通常の手術よりリスクも数倍高いとおっしゃる。覚悟しとけよ、ということだ。

 楽しみは持ちこんだ本を読むのとCDを聴くこと、それに毎日の新聞。しかし、何と、きょうは新聞休刊日。それなら、一読した本を再読、三読する。

きのうは、高校以来の友人N君が来てくれた。五年前も実にマメに見舞いに来てくれた。あの頃は週刊将棋が廃刊になる前後だった。アカショウビンの楽しみはそれと週刊囲碁で棋界と碁界の近況を読むことだった。それが週刊将棋の廃刊で今は週刊囲碁だけになってしまった。もっとも、最近はネットで棋戦は確認するようにもなったけれども。それはそれで、リアルタイムで実に面白い。

 それはともかく、N君には東京新聞の夕刊をまとめて持って来て頂いているのだ。夕刊には木村一基棋王の連載記事が掲載されている。先週の金曜日が最終回だった。担当記者の聞き書きの記事だが真摯で律義な記事だ。王位の周辺の友人、知人、ご家族、ファンの姿が活写されている。思わずホロリとさせられる箇所がいくつもあった。勝負師の人生は、それこそ山あり谷あり。しかも勝負の世界は過酷なのだ。それが遅咲きのタイトル獲得の苦労人だけにエピソードは多岐にわたり面白い。一年間預かったタイトルはこれから防衛戦もひかえる。タイトルは防衛して真価が問われる。

 外は雨だ。五階の病棟から見下ろせる庭の桜の樹も葉桜だ。四人部屋の病室は二人だったのが今朝また満室に。うるさい看護師の早口の声がうっとおしい。看護師も様々。もちろん、患者も同様である。アカショウビンはおとなしい患者だが、ときにうるさい患者、その家族もいる。

 さぁ、読書にかかろう。

 

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2020年4月11日 (土)

欧米と中東

 欧米というより西洋という地理的区分のほうが世界史的にはわかりやすい。なぜならそれは東洋という異世界と世界を二分できる簡略さがあるからだ。しかも近代史という歴史区分では西洋が世界史の主導権を握り、支配者の立場で歴史の表舞台を牛耳ってきた。その根底にある支配構造、精神構造を洞察し論陣を張ってきた優れた論客の一人がパレスチナ人、エドワード・W・サイードである。遅まきながら、昨年から読み続けて読み残していた『パレスチナ問題』(2004年2月20日発行 みすず書房 杉田英明訳)を先日読み終えた。そこには以前読んだ『オリエンタリズム』の現実政治へのサイードの怒りを秘めた痛烈な告発と緻密な歴史分析、政治分析が詳述されている。それは、ヨーロッパ、イスラエルのシオニズムと史上最大の帝国アメリカに主導された欧米マスメディアへの怒りと問いだ。

 サイードの怒りと問いを理解し行動するのがノーム・チョムスキーである。『9・11 アメリカに報復する資格はない!』は米国に主導されるヨーロッパや日本が米国世論に同調するなかで、ひときわ異彩を放つ論考だった。おそらくチョムスキーは孤立していたかもしれない。しかし言論の自由が保障される米国で彼は自由な言論を発信し続けた。それに共感する人びとも確かにいた。それがせめてもの、この野蛮国に対する救いの如きものである。先日、新書で2002年から2007年までの論説をまとめた著作を読んだ。『お節介なアメリカ INTERVENTIONS』(ちくま新書 大塚まい訳)。奇しくも最後の論説はサイードへの追悼記念講演を改稿したものになっている。この著書のなかには様々な論点が浮き彫りにされている。それはサイードの思想と共振、共鳴する。

 その幾つかを挙げてみよう。それは、ジョン・S・ミル批判ともなる西洋近代史への目配りの届いたものである。ミルは、イギリスが醜い世界に介入すべきか、それとも、自国のことだけ考え、野蛮人たちには好き勝手に残虐行為を続けさせておくべきか、という疑問を投げかけ、こう答えている。イギリスは他国に介入すべきである。「結果としてヨーロッパ諸国から、<誹謗中傷>や嫌がらせを受けることになるとしても、だ。彼らは、イギリスという国が自国のためには何ひとつ求めず、他国の利益のためだけに行動する<世界でもたぐいまれなる存在>であることを理解できないため、<低劣な動機を探ってくる>ことだろう。[だが]イギリスは無私無欲で、介入にともなう犠牲を払いながら、そこから、得られる利益を他国と分配するのである。

 この思想が帝国アメリカにも継承されていることをチョムスキーは暴くのである。このようなスタンスを左翼と一括する愚考の低劣と危険は常につきまとう。それはアメリカでも日本でも同じだ。そうではなく、現代史から近代史、さらには人類史までの射程を持って、それは俯瞰、概括し現実に照り返し熟考しなければならないテーマなのである。

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2020年4月 8日 (水)

病床独語

 何と、きのうから今朝にかけて四人部屋の病室が満室になった。カーテンで仕切られているだけで隣の話は聞くともなく聞こえてくる。時に複数の話が交錯する。世間はコロナで大騒ぎというより異常な静けさのようにも思える。さきほど古い友人が来院してくれた。こちらの病歴と現状を説明しただけで昔話は少ししかできなかったのは残念。しかし、ありがたかった。

 皆さんのお話は抗がん剤への不安など。後遺症は合併症などアレコレ出るらしいのだ。その不安は身体の不具合と重なり具体的。自らは余命も半年と告知され覚悟もされておられる。このような話が聞けるのも入院治療ならでは。人は立派なものなのである。死は耐えて受け入れるものとハイデッガーは言う。病はそれができる状況に人は滞在しているということだ、ハイデッガーによれば。わかりくい説明だが、アンキバシエというギリシャ語でハイデッガーは説く。それは先のブログで少し書いた。それは繰り返し読みハイデッガーの存在論の急所として腑に落とす箇所と確信する。

 手術の日取りは未定。他の患者さんのご様子も感知しながら気持ちを整えていきたい。 

 世間との通路は新聞のみ。きのうは『新聞記者』の原作者、望月衣塑子さんの記事も初めて東京新聞で読んだ。ぶらさがり会見への意見だが、新書の内容のほうがよほど刺激的。筋金入りの記者なのだ。有名になりすぎて筆がゆるんではいけない。現実を抉り、根底からの疑問を国家権力に突き付けて頂きたいと切に願う。そのような現状政治への憂さは『お節介なアメリカ』というノーム・チョムスキーの論考が晴らしてくれる。少し古くなるが、イラク戦争時の孤軍奮闘の論説である。このような本を読めば娑婆に対する未練も湧いてくる。残り時間を怒りと闘いに費やさなければ、と。

 とりあえず、手術が正念場になる。それまで、委ねながら会域に滞在し、ひたすら待つのだ。

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2020年4月 7日 (火)

崇高と震撼

 先日の日曜日、NHKでクリストフ・エッシェンバッハ指揮NHK交響曲楽団のマーラーの交響曲第二番『復活』を放送していた。途中からだったが聴き入らされた。ちょうど最後の楽章の合唱とソプラノ、メゾ・ソプラノの独唱の場面だ。そこには指揮者の綿密な指示と、それに応える合唱団、ソリストたちの真剣な表情が交互に映され、何やら尋常ならざる空気が醸しだされているのを感じた。それはマーラーが、この作品に託した意図と真情を表現しようとする誠実さに溢れていたと言ってもよかろう。タイトルが示すように、この作品は西洋のユダヤ・キリスト教文明という宗教文化圏から生れたものという歴史学的な制約にある。しかし、その表現されるものは〝崇高〟とは何か、という問いを発したくなる気持ちにさせる成果を醸す境地にマーラーは達していると思わざるをえない。崇高は畏敬でもある。また震撼でもあるだろう。それは宗教的信条、宗教哲学の垣根を超え、洋の東西の文化を超えて人の心に響きはしないか。合唱を使うことでマーラーはベートーヴェンの第九交響曲を明らかに意識している。しかし作品はまるで様相の異なる仕上がりだ。マーラーはベートーヴェンのように聴く者を鼓舞はしない。しかし、存在の淵とでもいう領域からマーラーは生きとし生ける者たちに呼びかける。

 〝崇高〟について、テオドール・w・アドルノは、カントが『道徳形而上学』において自然現象に限定して認めた崇高の定義を芸術美にまで拡大している。カントにおいて崇高とは、感覚を圧倒する現存在を前にしてたじろぐことのない精神の自律性であろう。それが芸術作品にも適応できるかどうかの判断はともかく、アカショウビンはマーラーの作品の幾つかに崇高を看取する。それを指揮者の表情にもアカショウビンは読みとる思いだった。エッシェンバッハも既に80歳なのだ。終演し拍手と歓呼に応える姿には自信と達成感の如きものが感じられた。

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2020年4月 3日 (金)

空海を読む

 二年前になるか、空海を描く映画があるというので興味深々で観に行った。監督に興味を惹かれたのだった。中国の陳 凱歌(チェン・カイコ―)監督である。張 芸謀(チャン・イーモウ)と並ぶ今や世界的巨匠といってよいだろう。彼らが若い頃の作品には瞠目した。以来、新作には関心を持ち続けている。しかし、その新作には幻滅した。空海をタイトルにして楊貴妃の死の真相を探る内容だったからである。空海が主人公ではない。それに腹を立て、空海の著作の現代語訳をいくつか買い読んだ。空海の文章と生涯を辿るのは若い頃に司馬遼太郎の『空海の風景』を読んで以来。映画はともかく、空海という宗教者に関心を向け直す好い切っ掛けになったのは陳監督に感謝せねばなるまい。

 先日来の入院で『秘密曼荼羅十住心論』(岩波書店 1975年3月7日)を持ちこみ読みにかかったが歯が立たない。しかし、この機会に通読だけはしたい。厚い雲間から覗かれる晴れ間のように文章に少し光が射してきたのは<愚童持斎心第二>からである。その箇所を写しておこう。

 万劫の寂種、春雷に遇ひて甲坼け、一念の善幾、時雨に沐して牙を吐く。歓喜を節食に発し、檀施を親疎に行ず。少欲の想始めて生じ、知足の心稍発る。

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