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2020年2月15日 (土)

ミレッラ・フレーニ追悼

 最近の表記は以前のミレルラではないのが何となくしっくりしないが、あちらでの発音はそうなのだろう。先年はカバリエ、ノーマンが逝き、往年の名歌手が次々と鬼籍に入る。誠に月日は百代の過客なのだ。うたかたの此の世も正しく泡沫である事を突然の訃報で思い知る。既にこちらもそれほど先の事ではないのは我が身の日常で自覚する。

 フレーニという歌手をアカショウビンはそれほど好きなわけではない。履歴を読めば確かにその才能は若い頃から抜きんでていたようだ。しかし家庭を作り子育ても済ませてからの活躍は、当たり役の“お針子ミミ”の名声があまりに高く、他の印象が薄い。『フィガロの結婚』のスザンナも評判だったが一時的だった。アカショウビンの偏愛するテバルディ、コッソットからすれば別のランクというのは正しく主観と好みである。

 フレーニが世に出て脚光を浴びたのはカラヤンに認められた事が大きいのは衆目の一致するところだろう。これもカラヤン嫌いのアカショウビンには気に食わぬ。しかしカラヤンの歌手に対する眼力、ここでは耳力というべきだろうが、それはそれなりのものだろう、何せ歌物は好きだったのだから。名歌手集のCDで蝶々さんの有名なアリアをカラヤン盤で聴いたが物足りぬ。ニコライ・ギャウロフと再婚してからは亭主を立ててロシア物にも登場しているのかも知れない。確か小澤征爾とはチャイコフスキーの『エウゲニ・オネーギン』も演っていたか。

 もう一点、フレーニが持て囃されたのは、『カルメン』のミカエラ、『ドン・ジョヴァンニ』のツェルリーナなど端役のような小さな役に役以上の確かな存在感を表現出来た事にあるとも思われる。それが指揮者か演出家、プロデューサーに重宝された。それはまた主役級たちを挑発、刺激したことだろう。 

 それはともかく、あれこれ改めて聴いてその真価を腹におさめたい。きょうは中古店をのぞきあれこれ思案のあげくヴェルディの『シモン・ボッカネグラ』を買った。アバドがミラノ・スカラ座で録音した盤だ。これは大枚はたき来日公演を観た。フレーニも来日したか記憶にない。しかし、スカラ座の舞台には度肝を抜かれた。これがイタリア・オペラの伝統と真髄なのだと腑に落ちた。別の日にレクイエムを聴いた友人はアバドが泣きながら指揮していましたよと伝えてくれた。

 それはともかく、しばらくはミレッラ・フレーニという一代を画した名歌手の真髄を探り鬱屈する日常に風穴を開けたい。

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