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2020年2月28日 (金)

陽の温み

 きょうは久しぶりの日勤。一昨日は羽田の夜勤。しかも一時間の残業だ。しらじらと夜が開ける頃に始発あとの電車で帰った。それからすれば、きょうは快晴、陽の温みがありがたく天国のようなものだ。新宿余丁町、静かな住宅街のなかで立哨。羽田では"幅寄せ"という車輌誘導で誘導灯を振るのが仕事。それからすれば遊んでいるようなものだ。

 相変わらず食事は栄養剤頼り。先日の胃外科の主治医は"イノラス"という栄養剤を「なかなかのスグレモノらしいですね」と笑っていた。競合メーカー商品は"エンシュア"。多くの患者が恩恵を被っているだろう。しかし、こればかりでは何とも味気ない食生活だ。

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2020年2月26日 (水)

マスク嫌い

 先日の夜勤現場で、アカショウビンの声が出ないのを風邪と即断した隊長さんは、アカショウビンにマスクをしろと近寄るのを避け言いつのる。あまりの口説さに頭にきて取り合わなかったら少し言い過ぎたと反省したのか、それともマスクをしたのに安心したのか、それはどうも後者であるのだが、その夜は何事もなく仕事を終えた。

 アカショウビンはマスクが嫌いなのである。幼児や高齢者ならともかく風邪くらいでマスクはしない。それに顔を隠し、眼だけで他人を探っているようなのがいけない。自分だけ特別なように思い上がっているようではないか。

 それはともかく。この件で分かる事は、彼の態度はごく普通のもので職責も口にしていたが、他にうつしたり迷惑をかけるな、という事なのだ。これは彼だけではなく現在の多くの日本人に共通する心性と言ってよろしかろう。多くの親たちが我が子にそれを口説いほどに強要してきたのだろう。社会生活で何よりそれが優先されるようにしてきたのが現在のあちらこちらに見る、人々を拘束するタブーになっている。しかし、それはタブーどする前に道徳的判断として過剰に強要、強調される行為とはアカショウビンは思わない。人は此の世で、世間とも娑婆とも呼ぶ世界で人に迷惑をかけずに生きることなど出来ない。他人の助けを借りることを恥とするのは奇妙な倫理とも言える。人は助け合いながら共に生きるのだ。もちろん、多くの日本人はそれもまた子供の頃から教えられる。

 これは一筋縄ではいかない複雑な要素を併せ持つ問題だ。それは現在の日本人論、政治論、日本文化論にも関わってくる。

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緊急診察へ

 都内の病院へ半年ぶりに行く。こちらには三月に定期検査で予約を入れていたが現在の状態を憂慮した喉のガンの主治医が緊急に予約を入れてくれたのである。

 こちらの病院では四年前(いや、もう五年か)に胃ガンの手術をした。別の病院で胃の全摘と診断されたのを部分切除で済むというので任せたのだ。その担当医は転院し現在の医師で三人目。

 いま、診察が終わり、午後イチで緊急検査してくれることになった。

 採血、CTを終えた。いま診察室の近くの待合室で待機中。カロリー補充のために食べるチョコレートにむせる。周囲の患者や付き添いは、コロナウィルスじゃないか、と疑いの眼を向ける。異常な世情である。それについては別に考えてみなければならないけれども。

 採血、CT検査の結果は特に胃ガンの再発や病変は画像上では見られないとの事。食事がとれない原因は内視鏡で再検査してみましょうという説明だった。ともあれ一安心。しかしスギ花粉の襲来で、そちらの症状もきつい。雨で二日仕事なし。これもきつい。

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2020年2月25日 (火)

プロと制度

 東京新聞夕刊に木村一基王位の記事が連載されている。遅咲きの木村の苦労話は将棋のプロでなければわからないエピソードだろうが、アカショウビンのような将棋ファンにも幾らかは共感できる。熾烈な将棋プロへの道は年齢制限など他業界には少ない制度的なシステムによるものだ。それで過去に多くの天才少年と持て囃され将来を期待された少年たちがプロへの道を断たれた。それは、それぞれのドラマが生きられている筈だ。先年、映画化された『聖の青春』などにもその一端が描かれていた。

 厳しく言えば、それでも現在の将棋界はプロ制度によって安定した生活が保証されている甘さがある。プロとは制度の外で生きるオオカミのようなものではないか。かつてアマチュアからプロ転向を勧められたが叶わず破天荒な生き方で死んだ小池重明の生き方がプロの姿の典型を伝えている。掛け将棋で生きる真剣師という人たちがいた。小池はその人達の中でも特に強かった。そのような弱肉強食の世界がプロの世界だというのは今では時代錯誤と見なされよう。木村も、そういう世界を知っている筈だ。そして苦節何年で花開いた棋士というマスコミ好み、大衆好みの美談が巷で持て囃される。その善し悪しはともかく、プロとアマチュアの間には深くて暗い溝があることは事実だ。それは男女の間にある川のようなものだろうか。人は諦め易きにつき分相応の世界の中で生きながらえるのかも知れない。そこに善し悪しはあっても娑婆世界とは、そういうものかも知れぬ。説明、解説はいくらでも拵えられるのだ。しかし、人は一度の人生を生きるのみ。将棋指しにタラ、レバはないのはプロ達やプロになりそこねた人たちが生き様の中で経験している冷徹な鉄則だ。

 かつて木村の兄弟子、米長邦雄はタイトルを取った後輩たちに、いま存分に楽しんでおけ、いずれ泣く時が来る、と戒めたという。弟弟子は時にそれを想い起こしながら暫しのタイトル保持の対局に臨んでいるだろう。

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2020年2月24日 (月)

たまには美食

 きのう友人を誘い、知人から頂いた食事券で三越のレストラン街で昼食に出かけた。もっとも下咽頭ガンの再発と胃の異変で、この二、三ヶ月普通の食事ができない。処方された栄養剤頼りでカツカツ凌ぐ毎日だ。きのうは友人の選択で中華に。自分の食事は小龍包二個。それも暫くしてトイレで吐いた。しかし確かにおいしかった。店の自信作があるのだろうから、それを食べてみたいものだが。

 それはともかく、たまにはそういうところで食事するのはよいものだ。食の世界の奥深さと食事空間の違いが体験できるからだ。アカショウビンのように、地べたを這い回り日銭を稼いでる者たちとは別な世界が確かにある。世界は確かに広いのだ。この島国の中でさえ。外国へ行けば更に驚くことだろう。アカショウビンも仕事で訪れた韓国、中国、東南アジア諸国でその一端は体験した。ニューヨークもウラジオストクも記憶の彼方に懐かしい。

 しかし、食事とは毎日の事だ。そこに美食はいらない。毎日、飽きずに必要な分を食べ続ける。それが食事という日常に不可欠の行為である。それがままならないのがアカショウビンの現在だ。果たしてこの状態は回復するのだろうか。栄養剤を摂取すれば栄養失調で死に至ることはなかろう。しかし、それはそれだけの問題ではない。生きて活動するために人は様々な状況の変化に対応しなければならない。それはリスクが増えるという事だ。

 きのう友人と会って気付いたのだが、ほとんど声が発せなくなっている。声が音になっていないのだ。こちらは何事か伝えようと話しかけても彼は聞こえないからまるでこちらを無視している。声にならないからむこうも苛ついているのだろう。まったく会話が成立していない。これにはこちらも唖然となり、腹が立ってくる。こいつにはコミュニケーション能力がないのでないかと疑う。

 それはともかく。友人と別れ、憂さを晴らすべく新宿に立ち寄り中古ショップでCDを物色。ミレッラ・フレーニのロシア物をゲットした。小澤征爾、ボストン響と組んだチャイコフスキーの『スペードの女王』。1977年の録音だから小澤もフレーニも壮年の頃である。早速聴いたら録音も良くボストン響の音も柔らかく、しなやかでフレーニも最高の歌唱と思われる。イタリア物から新たな世界に乗り出す意欲にも満ちていただろう。それは小澤征爾とて同じと思われる。この稀代の名歌手を起用し、あまり演奏される機会の少ないと思われる作品に挑戦する。その喜びと気合いが感じ取られる演奏だ。フレーニ追悼と、この歌い手の真髄に少しでも近づいていこう。

 

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2020年2月23日 (日)

ピアニスト烈伝

 ここのところ、どういうきっかけかまるで記憶にないのだが、ビル・エヴァンスをよく聴いている。以前集めたレコードは度重なる引っ越しで針圧調節のウエイトが使っているカートリッジに合わず再生不能。そこでCDで聴いているのだが、何年ぶりかで集中して聴くと、やはり面白くこちらの心身を挑発してくるのである。このピアニストの集中力で直ぐに連想するのはあの奇才グレン・グールドだ。奇しくもビル・エヴァンス51歳、グレン・グールド50歳の生涯である。グレンは病だが、ビルは半ば自殺のような最期だ。その傑作演奏を録音で辿ると、弾きたい作品はほとんど弾き尽くしたのではないかとも思う。

 それにしても好対照なのはビル・エヴァンスが最期までライブ演奏にこだわったのに比べ、グレン・グールドは舞台から退きスタジオ録音に没頭した事だ。これはジャズと西洋古典音楽の違いを超えて、音楽に対する考え、姿勢の違いでもあろう。それはいずれ再考することにして、先ずはしばらく二人の奇才の録音に集中することを継続しよう。

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2020年2月22日 (土)

ニッポン国 古屋敷村

 レンタルで小川紳介作品が観られるというので先ず二本借りた。『ニッポン国  古屋敷村』『三里塚・第三次強制測量阻止闘争』。後者は農民と国家権力との剥き出しの抗争にキャメラを回し続けた小川の強靱な意志が伝わる。素顔の農民の姿と能面のような仮面のような無表情の権力側の人間の非情を痛烈に捉えている。

 前者は1980年、山形県上山の村で一年間かけて撮った労作。三時間以上の長尺だが面白い。今日の近代化と同時に残存しているニッポン国のムラで生きる人間と自然に監督スタッフは緻密な視線を向ける。稲の開花と閉花、受精の神秘を映像で見るのは刺激的だ。それは人間の性の営みにも通じる。

 ロケ地が上山(かみのやま)というのもアカショウビンには懐かしかった。この地はサラリーマン記者の頃に何度も行ったからだ。しかし作品で図示された古屋敷村は一度も訪れられなかった。上山は茂吉がこよなく愛した土地だ。改めて訪れてみなければならない。土地独特の地形から生じる"シロミナミ"という山から降りてくる霧や蚕屋など村を支えてきた産業の現場は目の当たりにしなければ映像だけではこちらに響かない。併せて映像を繰り返し観て腑に落とす、これも大事な事であることはもちろんである。他の小川作品も観ながら考えていきたい。

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2020年2月19日 (水)

夜勤から通院治療ヘ

 一昨夜、昨夜の現場は羽田。空港に発着する機影を発する光で眺めながら交通規制した道路で車輌を誘導灯で指示する役回りだ。吹き晒しの場所で風の強さで辛さが違う。昨夜は深夜を過ぎる頃から少し風がでてきて気温も五度まで下がった。しかも前日は二時過ぎに作業は終わったのだが、昨夜は五時前までかかった。23時頃は東北弁訛りの中高年の作業員さんが「きょうは(作業が)順調で(終わるのは)早いぞ」と話しかけてくれただけにがっかり。早く終われば国際線ターミナルの待合室まで歩き仮眠するのだが、今朝は始発に乗った。

 こういう事もある。昨夜は電車も人身事故で違う路線で危うく遅刻しそうになった。急場には冷静に的確に対応しなければならないのだ。

 病の治療も同じである。放射線照射で喉は無残に焼け爛れている。声帯もやられているのだろう。声がまともに発せられずまともに会話が出来ない。しかし伝えなければ仕事はできない。仲間とは笑いながら話すことはまだできる。主治医のS先生は専門家だから冷静だ。こういう状態は治療終了後の一週間から十日後あたりがピークと説明し薬を処方してくれる。

 診察を終え90分間の点滴を済ませ築地市場をぶらついた。水曜日は休みの店が多い。しかし観光客は訪れる。

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2020年2月17日 (月)

点滴治療

 25回の放射線治療が終了したあとは点滴治療である。点滴を治療というのはどうかとも思うが医師は治療という。毎日来いというがそれも困るというと月曜から三日間でよいという。それならと諒解。今点滴中である。最初はぐっすり眠ったがきのうたっぶり寝たので時間が惜しい。メモやら持参した文庫本を読み過ごす。90分間、既に1時間過ぎた。

 このフロアーは抗がん剤投入や輸血をするのが主で点滴は数席しかない。お向かいさんは輸血の老女、後ろは中年男である。看護師さんは中年女性。丁寧過ぎるくらいの対応である。男は軽口をききながら応対する。そのうち二人とも静かになったのは幸い。こちらも午後の行動を思案する。

 先ずは、きのうから観直して面白い『ブエナ  ビスタ ソシアル クラブ』を熟視する。これを銀座の劇場で公開時に観たのは1998年だったろう。改めてDVDで観ると忘れているシーンが多い。この作品をヴィム・ヴェンダース監督は〈ロードムービー〉としているが、そこはそれ、ヴェンダース流の味付けが見事である事を実感する。音楽プロデューサーはライ・クーダー。親子でこの企画に参加している。その様子も微笑ましい。

 冒頭シーンはカストロが巨大なリンカーン像と対面しているのや、ゲバラとカストロがゴルフをしている写真。ライ・クーダー親子がハバナの街をバイクで再訪するシーンからアムステルダムのカッレ劇場でのブエナビスタソシアルクラブメンバーの公演がフラッシュバックされる。イブライム・フェレールとオマーラ・ポルトゥオンドのデュエットが切なくも見事で美しい。これが愛の歌なのだ。涙するオマーラの頬をイブライムがそっと拭うシーンをキャメラはしっかり捉えた。敬意とは、このように行為、仕草として実に自然に行なわれる事に瞑目する。

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虫の知らせ

 こういうのを虫の知らせというのだろう。年来読み続けてきた創文社刊の『ハイデッガー全集』で気になることがあり直接電話で問い合わせてみようとネットで同社のホームページを探したら、何と今年三月で書籍販売を止めるという知らせである。事実上の倒産だろう。ハイデッガー全集は継続中で終わってないはずだ。そんな状況なら今月は忙しいだろう。あとはどうなるのか、果たして連絡は取れるのか。

 連絡は取れたが問い合わせた件は判明しなかった。聞けば創刊は昭和26年、70年の歴史が閉じられる。残念である。しかしハイデッガー全集は東京大学出版会に引き継がれるそうだ。〈存在〉を〈有〉と統一して訳すなど研究者や専門家からは批判も多かった全集だが、是非とも完結して頂きたいものと切に思う。

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2020年2月15日 (土)

ミレッラ・フレーニ追悼

 最近の表記は以前のミレルラではないのが何となくしっくりしないが、あちらでの発音はそうなのだろう。先年はカバリエ、ノーマンが逝き、往年の名歌手が次々と鬼籍に入る。誠に月日は百代の過客なのだ。うたかたの此の世も正しく泡沫である事を突然の訃報で思い知る。既にこちらもそれほど先の事ではないのは我が身の日常で自覚する。

 フレーニという歌手をアカショウビンはそれほど好きなわけではない。履歴を読めば確かにその才能は若い頃から抜きんでていたようだ。しかし家庭を作り子育ても済ませてからの活躍は、当たり役の“お針子ミミ”の名声があまりに高く、他の印象が薄い。『フィガロの結婚』のスザンナも評判だったが一時的だった。アカショウビンの偏愛するテバルディ、コッソットからすれば別のランクというのは正しく主観と好みである。

 フレーニが世に出て脚光を浴びたのはカラヤンに認められた事が大きいのは衆目の一致するところだろう。これもカラヤン嫌いのアカショウビンには気に食わぬ。しかしカラヤンの歌手に対する眼力、ここでは耳力というべきだろうが、それはそれなりのものだろう、何せ歌物は好きだったのだから。名歌手集のCDで蝶々さんの有名なアリアをカラヤン盤で聴いたが物足りぬ。ニコライ・ギャウロフと再婚してからは亭主を立ててロシア物にも登場しているのかも知れない。確か小澤征爾とはチャイコフスキーの『エウゲニ・オネーギン』も演っていたか。

 もう一点、フレーニが持て囃されたのは、『カルメン』のミカエラ、『ドン・ジョヴァンニ』のツェルリーナなど端役のような小さな役に役以上の確かな存在感を表現出来た事にあるとも思われる。それが指揮者か演出家、プロデューサーに重宝された。それはまた主役級たちを挑発、刺激したことだろう。 

 それはともかく、あれこれ改めて聴いてその真価を腹におさめたい。きょうは中古店をのぞきあれこれ思案のあげくヴェルディの『シモン・ボッカネグラ』を買った。アバドがミラノ・スカラ座で録音した盤だ。これは大枚はたき来日公演を観た。フレーニも来日したか記憶にない。しかし、スカラ座の舞台には度肝を抜かれた。これがイタリア・オペラの伝統と真髄なのだと腑に落ちた。別の日にレクイエムを聴いた友人はアバドが泣きながら指揮していましたよと伝えてくれた。

 それはともかく、しばらくはミレッラ・フレーニという一代を画した名歌手の真髄を探り鬱屈する日常に風穴を開けたい。

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2020年2月11日 (火)

羽田の夜勤

 先週来たときは風が強くきついなんてものじゃなかった。この現場は吹き晒しの場所。風を避けるところがない。ガードレールの陰に蹲り風が弱まる頃合いを見計らった。珠に入るトラックの案内だけとはいえ、むしろきつく辛い。それでも0時過ぎに終わり事なきをえた。

 きょうは、その風がほとんどない。ありがたい。助かる。かように下層労働の現場は様々で過酷なのである。羽田だけに夜間でも飛行機がひっきりなしに発着しているのが点灯している光で遠くに眺められる。乗客は地上のアカショウビンの事など夢想さえしないだろう。離陸や着陸の緊張の不安と楽しみの渦中、そんなところと経験的に想像するのである。

 夜間飛行といえば、ちあきなおみの歌にそれがあった。時に、ちあきなおみは無性に聴きたくなる好きな歌い手なのである。先日、イタリアのオペラ歌手、ミレルラ・フレーニが亡くなった報を友人のIさんからのメールで知った。ジャンルは違うといえどアカショウビンには偉大なミレルラよりもちあきのほうが好きな歌い手である。近いうちに二人の歌い手の声にも久しぶりに接したい。


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2020年2月10日 (月)

放射線から点滴へ

 放射線治療というのは治療を始める前に作ったお面を顔面にあて仰向けになり、治療用ベッドに首と肩を器具でガッチリ固定して行う。放射線の照射は約五分というが、もっと短いような気がする。ともかく顔面を強く押さえられる不快感だけで放射線照射に痛みはない。ただ先に書いたように20回以上続けていると火傷のような状態になり皮膚がカサカサになるのである。もちろん喉のガンも溶けたり焼けたりしている。先ほど24回目の治療が終わった。

 続けて先週からやっている点滴である。きょうで三回目。ビーフリートという用液を静脈から注入する。リクライニングチェアに座り約90分かかる。とにかくアカショウビンの場合、食事が普通にできない。食べたら吐く。医師が処方した栄養剤イノラスだけが生命維持の頼りなのである。よくこんなものだけで生きていられるものだと思うが、そこが医学の進歩なのだろう。麻酔技術にしろ移植手術にしろ確かに医学、医療機器、医療技術は進歩は進歩している。

 点滴のフロアーはほとんどが抗がん剤治療のベッドで占められている。多くは高齢者である。噛み合わない、思わず笑ってしまいそうな遣り取りも聞こえる。世代間、男女間でも、引いては人間間、企業間でもコミュニケーション活動というのは難しいものなのだ。もちろん病に罹れば医師と患者、健康者と病人の間で。

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迷路

 昨夜9時に開始した昨夜の夜勤は夜中の2時前に終わった。渋谷駅まで歩きネットカフェで仮眠。地下鉄銀座線で築地まで。途中、銀座駅で乗り換え。工事中やら朝の通勤ラッシュで迷路のような通路を辿り日比谷線ホームへ。築地に着いたときはほっとするが空は厚い雲が垂れ込めている。気分は爽快というわけにはいかない。

 本日の治療で全25回のうち24回になる。下咽頭という喉のガンを放射線で照射し退治するという治療だから首周りが日焼けしたようになる。肌がカサカサになり、きのうは風呂を沸かし喉のあたりにタオルをあてたら痛みが。火傷のような状態になっているのだ。処方されたクリームを塗りしのいだ。

 病の治療も迷路に迷い込んだようなものだ。特にガン治療はまだまだ決定的な治療法が確立されているわけではなかろう。アカショウビンの場合も三年前に外科手術で患部と転移していると診断された首筋のリンパを切除した。それが昨年11月に再発が確認され今回は放射線治療とあいなった次第。あと二回で治療は終わる。しかし完治というわけにもいくまい。副作用も治療終了後に生じてくるという。まだまだ迷路の中をウロウロ、オロオロするわけだ。果たして迷路を抜け明るい表通りに辿りつけるのだろうか。

 まぁ、迷路と言えば人の一生も迷路を彷徨うようなものとは言えまいか。仏教では迷いから悟りという筋道を模索し方法化した。座禅も称名念仏もお題目もその一つだ。迷いを脱するのは決して簡単ではないのだ。そこには信仰の厚さと信への集中が求められる。凡夫の愚鈍にそれは高い壁のようにも立ちはだかる。凡愚の身には一日一日がシノギである。深夜の寒さは病身に辛い。しかし、自業自得である。筋道入りの仏教徒なら自未得度先渡他と喝破する。しかし愚物は迷路をぐるぐる回るだけだ。少しはない頭をはたらかせ行動しなければならぬが。先ずはあと二回の治療を終えてからだ。

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2020年2月 9日 (日)

1950年代のキューバ音楽

  先日観たF・フェリーニの『カビリアの夜』で娼婦役のジュリエッタ・マシーナが踊るマンボが素晴らしかったが、当時のイタリアにもキューバ音楽が浸透していたと思われる。我が日本でもマンボはダンスとして流行したようだ。きのうレンタルで借りて観た木下惠介監督の『遠い雲』でもジャズ公演の中でマンボのような男女の踊りが演じられていた。まぁ、マンボもどきかもしれないが。 

 それはともかく、『ブエナ ビスタ ソシアル クラブ アディオス』という作品がレンタルになっていたので喜んで借りて観た。昨年だかに映画化されたのは知っていた。あの傑作『ブエナ ビスタ ソシアル クラブ』の続編だと推していたからだ。監督は違っていたが前作の出演者たちのその後を伝えて感慨深かった。当時でさえ70代80代の歌手や出演者たちは亡くなっている人が多い。しかし、彼らの歌や演奏が聴けたのは幸いだった。そこにはキューバという狭い土地で生まれ愛された音楽が映像と録音で残されている。イブライム・フェレールの声と歌唱は天来のもののようだ。それは名だたるオペラ歌手たちに優るとも劣らない。日本公開は1998年か。銀座の映画館に女友だちを誘い観に行った。イブライムの歌に感銘しCDも買った。

 今作はカストロの死の知らせが冒頭にでてくる。カストロが死んだのは2016年だったのだ。映画公開後、オバマ政権の米国はキューバと国交回復し『ブエナ ビスタ ソシアル クラブ』の出演者たちやキューバの人々をホワイトハウスに招いたこともこの作品で初めて知った。カーネギーホールで公演したことも。

 しかし、イブライム・フェレールはじめ多くのミュージシャンたちは此の世にいない。しかし録音、映像がある。我々はそれを見聞きしキューバで愛され世界にも浸透したキューバ音楽を楽しむ事ができる。その幸いをせめて言祝ぎたい。

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牡丹灯籠

 六代目三遊亭圓生は明治の三遊亭圓朝作品を圓朝全集を読み誰からも教わらずに自分の噺に練り上げた。原作の辻褄違いを修正、改作もしている。それを晩年までスタジオで録音した。「牡丹灯籠」一、ニは1973年7月16日、19日。三、四は7月23日の録音である。久しぶりに聴き、〈圓生百席〉にはない圓朝作品を全集で読み出し面白い。解説を書いている宇野信夫氏が強調する文学としての圓朝作品の価値を実感する。

 「牡丹灯籠」一、お露と新三郎 ニ、御札はがし 三、栗橋宿・おみね殺し 四、栗橋宿・関口屋強請 

 これも圓生は圓朝の原作を途中で止めている。興味あれば圓朝全集をあたるしかない。

 

 

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1982年暮れのマイルス

 昨年後半に中古で買った1982年大晦日のニューヨークはマディソン・スクウェア・ガーデンのフェルト・フォーラムでのライブを聴いて飽きない。マイルスが憑かれたように、はたまたマッチョに、縦横に舞台を行き来しメンバーを刺激、鼓舞、沈思、活性化させているのがビシビシとこちらに伝わる。これがマイルス・デイヴィスだ。オレがマイルスだ、という空気が横溢している。稀有の時空の現出、生成と言っても良い。

 それはまた、このところよく聴いているビル・エヴァンスがスコット・ラファロ、ポール・モティアンと組んだアルバムでの名演と好対照を示している。それは集中と開放と言えばその何たるかの幾らかでも伝わるだろうか。マイルスのバンドもマイルスに触発されながら集中しているが、その〈気〉とでも云うエネルギーは開放されている。しかしビル・エヴァンスたちは限りなく集中し没頭し沈潜していく。その果てには、もしかして開放があるのやも知れない。スコット・ラファロのベースにはそれを感じる。ビルもそれに触発されているのだ。今のアカショウビンに必要なのは集中より開放だ。鬱屈する日常に清涼な空気を入れねばならない。こういう録音を聴くと病院通いで萎える日々にも、生活を正せ、と喝が入る。

 マイルスの全7曲を記しておく。①COME GET IT②IT GETS BETTER③U'n'I④STAR ON CICELY ⑤STAR PEOPLE⑥HOPSCOTCH⑦JEAN PIERRE

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2020年2月 7日 (金)

偉大なキリスト教国

 今朝の東京新聞のコラム氏は米国の民主党支持者女性の支持票返還にまつわるネットの顛末を介して米国を揶揄している。彼女は、38歳のゲイ候補者がゲイであることを知らず彼に一票を投じたのを止めるというわけらしい。高齢白人女性という。「そんなのにホワイトハウスにいてもらいたくない」と表情を硬くしたとも。その記事を読み『私はあなたのニグロではない』(ラウル・ペック監督)のワンシーンを思い起こす。白人女が、「殺人や不倫は神もお赦しくださる。でも人種統合については怒りよ」とのたまった。1957年アーカンソー州の高校で起きた黒人生徒排斥事件に対するコメントだ。それはゲイ候補を認めない白人女性と同じ精神構造という事だ。

コラム氏はその顛末を介して次の如く説く。

 そんな逆境の国におけるゲイ候補台頭の背景を知る一助は、性的少数者の社会運動が黒人や女性の公民権運動と同じだと知ることです。もっとも「日本は単一民族」と語る政治家や「夫婦同性は女の覚悟の問題」と説く有名人がいる状況もまた同じ逆境なのですが。

 同意である。「偉大なキリスト教国」は同性愛嫌悪国であるとは改めて知ることである。映画界ではゲイ作品は多く流通している。『ジュディ』でも同性愛者カップルが物語で印象的な役回りを演じていた。しかしこの国で同性愛嫌悪は根深い歴史をもつようだ。それはキリスト教国という建前の基礎にある聖書の記述によるものだろう。元を質せばインディアンの棲んでいた土地を侵略しアフリカから黒人を奴隷労働力として略奪した欧米諸国に蹂躙された新興国家である。現在は出来の悪いカウボーイが国を振り回している。国の基盤の根拠の是非もこの際真剣に問うたらどうか。

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芸人の寿命

 昨夜友人の配慮で試写会に行った。ジュディ・ガーランドの晩年を描いた米国映画『ジュディ』である。副題は〈虹の彼方に〉。若い人は知らないだろうが『オズの魔法使い』というミュージカル映画で一世を風靡した。子役である。概して子役は大人俳優を食う。ジュディも同じで天才子役ともて囃された。戦後の敗戦国にもその人気は伝播した。アカショウビンもその余波で観たのである。他愛のない奇想で彩られた作品で黒人作家ジェームス・ボールドウィンは非肉の一つも書いていたのではなかったか。もっとも人気を博したのは主演したジュディ・ガーランドが歌う「虹の彼方に」だろう。作品でもこの曲が彼女の一生を左右した運命の曲である事に焦点を合わせている。その経緯を知らなければこの作品の含意は伝わらない。若い人たちにはその幾らかでも伝わったか知らない。しかし試写が終わり静かな拍手があった。おずおずとも慎ましくとも思えるものだった。含意は伝わったと思えた。聞けば主演女優はアカデミー賞の最右翼というらしい。さもありなん。熱演である。

 これを観て直ぐ連想したのが十年くらい前にフランスで作られたエディット・ピアフの一生を描いた映画である。これも主演女優の熱演が痛烈だった。駆け出しのマリオン・コティヤール。多くの賞を取り今やベテランであろう。こちらはレネー・ゼルウィガー。既にベテランである。女優として期すものがあったのかもしれぬ。ジュディに似せて難役をこなしたことはよくわかった。米国の評価も似たようなものと察する。

 ジュディ・ガーランドは47年の生涯である。ピアフも同じくらいか。先日読んだ矢野誠一の圓朝伝で芸人たちは若死にが多い。多くが酒、女、博打の放蕩による。61歳まで生きた圓朝は未だ長生きのほうである。洋の東西を問わない。モダンジャズメンはそれにヤク覚醒剤が加わる。芸人は多くが若死になのである。長生きした芸人はロクな者がいないというのは言い過ぎである。志ん生、文楽、円生は長生きだったからだ。しかし天才と囃され若死にした者が多いのも事実。持て余す才能を燃やし尽くすという生き様があるのだろう。ジュディ・ガーランドの場合、子役時代から大人たち映画制作者たちから拘束された生き方を押し付けられた不幸というのが作品の根底にあるメッセージかもしれぬ。しかし哀れであるが芸人らしい一生ともいえる。その悲哀のいくらかを作品は伝え得たのかもしれぬ。それを最後の拍手にアカショウビンは看取した。

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2020年2月 4日 (火)

築地ふらふら

 きのうは、治療が終わり真っ直ぐ帰るつもりが、ついふらふらと場外市場を覗いてみようという気に。見るだけでもつまらないし、と鳥屋で焼き鳥のレバーを一本買ったのがまずかった。血液量が普通人より極端に少ないと指摘されたアカショウビンはレバーなど鉄分を含む食材を日常の食事で摂るようにしてきた。焼き鳥ではレバーである。たしかに不安はあった。下咽頭ガンが再発してから固形物をアカショウビンの胃は受け付けないのである。たまに少量、好物をゆっくり食べれば腹におさまることもある。しかし、きのうは駄目だった。帰りの地下鉄の電車の中で噎せてきて途中駅で降り間歇的に吐き続けた。焼き鳥一本だからたかがしれているが嘔吐感は失せない。気力は失せる。

 図書館に借りていた本が期限を過ぎ返しに行かねばならず道みち吐きながらヨロヨロとかつて歩いたことはあっても、こんなことでもなければ通らない道を辿った。坂が多く病身には辛いのである。近くには行きつけのCDやDVD、音楽本もある中古店があり、このところ聴き続けて、これまでになく面白さが輝いてきたビル・エヴァンスの未聴の録音を中古店で探すことも諦め帰途についた。帰ってからも床に倒れこみ回復を待った。夜勤は新宿の百人町。日銭を稼がねばならぬ。ともかくバイクで駅まで。昨夜は何とか支障なく仕事を終えた。身体も少し回復してきた。

 きょうは20回目の放射線治療だ。残すところ6回。きのうは首周りが照射で焼けてきたと指摘された。あまり鏡を見る習慣がないので気づかなかった。喉の変化は診察のつど内視鏡カメラで撮る画像を見せてもらい確認していたけれども。

 ともあれ、治療を終え、軽く築地をぶらつき帰途につく。先日借りてきた圓朝全集も少しづつ読んでいきたい。手持ちのCDでビル・エヴァンスも聴こう。

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2020年2月 3日 (月)

三遊亭圓朝の作品

 〈圓生百席〉で圓朝作『眞景累ケ淵』の最後を聴いた。数年前に大阪に棲んでいたころ集中的に圓生を聴いて以来だ。圓生は第八集の『聖天山』の録音で噺を打ち切っているが原作には続きがある。他の噺家でそれをやった人がいるのか詳らかにしない。歌丸師はそれをやりたかったのかも知れない。しかし、圓生の噺だけでも物語の人間関係は複雑で錯綜している。それをわかりやすく語る難しさを圓生は避けたのかもしれぬ。アカショウビンは圓朝全集をあたってみようと思う。

 ちなみに圓生の録音は次の通り。

 一、宗悦殺し ニ、深見新五郎 三、豊志賀の死 四、お久殺し 五、お累の婚礼 六、勘蔵の死 七、お累の自害 八、聖天山

 圓朝作品39作中怪談噺は四作。それが傑作揃い。矢野誠一氏は、「群を抜く傑作」(『三遊亭圓朝の明治』2012年 朝日文庫)p118)と評し、『真景累ケ淵』を怪談噺に入れているが、解説を書いている宇野信夫氏は、同作は「単なる因果噺でもなく、怪談噺でもありません。そこには、江戸末期の旗本、町人、遊芸の師匠、遊人、町娘、番頭、手代、あらゆる階層の人々が生々とえがかれております」と記しておられ、百席の中では〈人情噺集成篇〉としてまとめている。

 

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