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2019年11月11日 (月)

小フーガとサティ

 日曜日朝のNHKラジオ〝音楽の泉〟はバッハのオルガン作品。久しぶりに小フーガ・ト短調を聴いた。この作品を知ったのは中学時代。ポップスに編曲された曲をラジオで聴き原曲を探した。それがアカショウビンのバッハとの最初の出会いだ。編曲は歌詞付きで「2010年に僕たちはどうしているのだろう」という恋人との思いを綴ったものだった。1966年からすれば2010年は43年後である。その年も既に過ぎている。アカショウビンも中学時代に自分の43年後はどうしているのだろうか、と思いを巡らした筈だ。それまで生きているのかも心もとない空想だったが幸い、それを過ぎても未だ生きている。それ以来、バッハ作品はアカショウビンにとって豊饒な音楽の森に分け入る水先案内になった。高校時代は、無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータなども繰り返し聴き、バッハ作品はアカショウビンにとって掛け替えのない生涯聴き続ける音楽となった。特にマタイ受難曲などの大曲は繰り返し聴いて新たな思いに耽る。それは娑婆での恵みの如きものである。武満 徹が葬儀の時にこの作品を流してもらいたい、と書いていた。武満はバッハの音楽を終生聴いて創作の刺激にしていたと思われる。詳らかにしないが、葬儀の時は故人の意思が尊重されたと思う。洋の東西をとわず、極東の島国の者たちにもバッハの音楽は心底に響く、ということだ。番組は、ヘルムート・ヴァルヒャの演奏でオルガン作品を聴かせてくれた。この盲目の音楽家にとってバッハ作品は生涯繰り返し演奏、録音した格別な音楽だった。アカショウビンも何度もヴァルヒャの録音は聴いて飽きない。番組の最後はカール・リヒターが演奏する〝トッカータとフーガ〟。リヒターもヴァルヒャと同じくバッハの使徒である。これを契機にリヒター指揮の録音を聴いてみよう。

 本日は、その日曜日に中古屋で買ってきたエリック・サティの作品を聴いている。雨の日にサティの作品は好く合う。〝ジムノペディ〟など幾つかの収録作品を聴いて面白い。アルド・チッコリーニとガブリエル・タッキーノが1983~1986年に録音したCDである。〝でぶっちょ木製人形へのスケッチとからかい〟、〝ひからびた胎児〟、〝官僚的なソナチネ 最後から2番目の思想〟、〝犬のための本当にぶよぶよした前奏曲〟などサティらしいタイトルが面白い。

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