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2019年11月28日 (木)

若きカール・マルクス

 先に少し書いた『私はあなたの二グロではない』のラウル・ペックの最新作品と思われる昨年都内の岩波ホールで公開された作品である。原題は『LE JEUNE KARL MARX』。邦題は『マルクス・エンゲルス』。内容は、「共産党宣言』を出版し19世紀中期にドイツ、フランス、イギリスを行き来し精力的に政治活動、出版活動を展開したマルクスと盟友フリードリヒ・エンゲルスの若き姿を描いた秀作だ。当時、マルクス26歳、エンゲルス24歳。このほどレンタルショップに登場し、アカショウビンも二度目で熟視した。監督の意図は前作のドキュメンタリータッチとは異なる監督の創作である。監督は作品のなかでマルクスとエンゲルスが生きた時代と人々を再生した。監督はアカショウビンと同年代だ。中南米出身の監督と育った土地、風土は違っても同時代を生きた精神風土は共通するものがあるのだろう。実に面白く啓発される。二人の哲学者・思想家・行動者に対する評価はまちまちだろう。しかし、『私はあなたの二グロではない』を撮った監督が奴隷解放運動の頃のアメリカと所を変えて撮った作品は同じ監督のものとは思えない作品になっている。実に入念に仕上げられた物語だ。過去の或る時代の人と歴史背景を映像化するという行為は文芸において文字にするという行為と映画でも脚本、当時の建物、風俗を再生する楽しみと責任が伴う。それらが実にバランスよく監督は映像化したと思う。

 マルクスの思想の可能性は今また見直されている。「近代ブルジョワ社会は、呼び出した悪魔を制御できぬ魔法使いと同じだ。封建制を打倒したブルジョワの武器が今や彼ら自身に向けられている」。『共産党宣言』の一節だ。イギリスに亡命したマルクスが病と貧困のなか書き続けた『資本論」も新たな読者を得て読み継がれているようだ。その成果が人間の未来を開く契機となることを。現在の若きマルクス、エンゲルスたちに期待する。

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2019年11月26日 (火)

久しぶりの築地

 食事が満足にできなくなり築地の病院へ。前回来た時までは名字で呼ばれたが今回は番号になっている。個人情報保護法ヘの配慮なのだろう。待合室はほぼ満員。この科は頭頚部腫瘍科。下咽頭ガンの手術をしたのが三年前だ。既にリンパ節に転移していたらしいからステージは3から4である。それでは、冥土への旅支度をせねばならないか、と腹はくくった。なにせ、その一年前は胃ガンの手術、下咽頭のあとは膀胱ガン。全身ガン患者だからである。診察の結果、下咽頭のカメラ診断では目立つ病変なし。しかし食道と胃を調べるため来月、胃カメラ検査をすることになった。その対応の早さはさすがだ。粛々と治療過程に身を委ねトボトボと寿命を果たすべく一日、一日を凌がなければならぬ。診察を終え、市場を見て回った。相変わらずの人の多さだ。多くは豊洲に移転しても“場外”の寿司屋は女性たちで賑わっている。外国人も多い。中国語、韓国語が幅を効かせ、欧米人、中東人、東南アジアの人々も。アカショウビンもそうだったが、外国に行き、野菜市場や魚市場は、その国の人々が何を食べているのか興味を掻き立てるのだ。築地から歩き有楽町駅まで。友人と待ち合わせベトナム料理店で食事。しかし、これなら食べられるだろうと注文した鶏フォーが二口食べて噎せ、席を外し外のトイレに。何とも酷い昼食になってしまった。友人と別れ、新宿で降り中古店でCDを漁った。ここのところ、よく聴いているシベリウスのヴァイオリン協奏曲の縁で交響曲全集を手持ちのとは別のものを買った。滅入る気持ちを晴らすには好きな音楽、好きな映画、面白い本である。

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輪廻転生

 三島由紀夫が最後の小説の思想的背景に援用したのは仏教の輪廻転生である。生まれ変わりとはチベット仏教に継承されている。しかし釈迦は果たしてそれを説いたのだろうか。三島がそれを信じて最後の作品としたとも思えない。それはあくまで物語の回り舞台を貫徹する興味深い仏教思想ではないのか。

 三島由紀夫という小説家が晩年に奇矯とも見られた活動で果てた事件から既に半世紀近くが過ぎたきのう、少し三島という小説家の事を暫し思い耽った。当時は文壇、論壇、マスコミ各社、各氏で様々な論議が行われた。半世紀近くが過ぎて三島由紀夫の作品はどのように読まれているのか。

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2019年11月21日 (木)

人種差別とアメリカ

 アメリカの黒人・人種差別と暗殺の歴史事実を改めて思い知らされたのが2017年に公開された『私はあなたのニグロではない』という作品だ。アカショウビンはその後の『マルクスとエンゲルス』のほうを先に観たのだが、こちらのほうが強烈で痛烈だった。かつて観た『マルコムX』(スパイク・リー監督)などで知った暗殺の歴史背景にも改めて熟考をうながされる。それはリンカーン暗殺まで遡るアメリカ合衆国の血塗られた歴史だ。物語は作家ジェームズ・ボールドウィンの原作を軸に語られる。

 ボールドウィンは三人の黒人活動家と付き合いがあった。それをラウル・ペック監督はドキュメント映像を駆使し構成したのがこの作品だ。

 1979年6月、アメリカについてボールドウィンは書き始めた、というコメントがタイプライターの文字で打たれる。題材は三人の友人、メドガー・エヴァーズ、マーティン・ルーサー・キング、マルコムXである。ところが文章は30頁で止った、と。本のタイトルは『リメンバー・ディスハウス』。

 画面は1968年、『ディック・キャヴェット・ショー』で、ゲストのボールドウィンへのインタビューのモノクローム映像に。このインタビューが作品の基軸になる。

 「黒人の市長も生れたし、スポーツ界や政界にも(黒人は)進出している。黒人を使ったCMもあるじゃないか、これだけ世が変わっても希望はない?」。その質問にボールドウィンは、はっきり次のように答える。

 「希望はないと思っています。問題をすり替えている限りね。これは黒人の情況の問題ではありません。それも大切ですが、一番の問題は、この国そのものです」

 このコメントにアカショウビンは、現在の日本国と沖縄の関係を想い起こすが、それは別の機会にさておく。

 映像は一転して、黒人と白人の抗争のショットを挿入する。そこには現在も続く、血で血を洗う、この国の苛烈な国情がフラッシュ・バックされる。

 続いてタイトル・バックのあと、ボールドウィンが作家エージェントのジェント・ジェイ・アクトンに宛てた提案がナレーションと文字でクレジットされる。

 「前略 私はあと一カ月で55歳になるのだ。これから旅に出る。(中略)なぜなら旅とは、予測できないことばかりだ」。画面は一転し、マーティン・ルーサー・キングのスピーチに。「我々にも自由になる義務がある。乗合バスで白人の隣に座るのは、権利があるのではなく義務だからです」。1955年、アラバマ州での映像だ。それから監督のラウル・ペックはキングが殺された1968年までを辿る。メドガー・エヴァースは1963年に自宅駐車場で家族の眼の前で殺された。マルコムXは1965年。その死体映像は生々しい。三人はそれぞれ異なる家庭人だったことも映像は伝える。1955年当時キングは26歳。サミュエル・L・ジャクソンのナレーションは「彼らは苦難の旅を通じ、人々を導いた。彼らが愛し命を捧げた人々を」と語る。

 画面は、白人市民会議、レアンダー・ペレスのスピーチを映す。「子供を愛する、まっとうな親なら、子供を転校させるべきだ」。〝黒人とは同じ学校にはいかない〟、〝僕たちの学校に黒人を入れるな〟というプラカードを首からさげた白人少年たち。当時の苛烈な抗争の一端が映される。1957年、アーカンソー州での抗争も黒人と白人の対立の生々しい映像も人種差別の実態を伝える。白人女性の「殺人や不倫は、神もお赦しくださる。でも人種統合については、お怒りよ」という愚劣極まるコメントは人種差別の本質を明かして余りある。

 晴れた日の午後、ボールドウィンはフランスを発つと決めた、と書いている。身の危険を感じ、アメリカを逃れフランスで作家活動をしていたボールドウィンは、アルジェリア人や黒人問題について、パリで議論している場合ではない。皆、責任を果たしていた。私も帰郷すべきだ、と作家は意を決したのだ。(この稿続く)

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2019年11月20日 (水)

夜勤三日目

 きのうは新宿、きょうは羽田空港近くのの現場。夜の寒さはきつい。きのうは防寒着を持参せず難儀した。きょうは一応対策を整えたが状況は変化する。油断はできない。食事は相変わらず。きょうも持参したサンドイッチが二切れしか入らない。それも少し吐いた。しかし、食べなければ仕事が出来る体力は維持できない。間もなく最寄り駅だ。さぁ、頑張って行きまっしょ。

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2019年11月18日 (月)

老いの活路

 このところ、外の食事で必ず吐く。喉から食道に病変があるのだろう。きのうも弔問のあと新宿で好きな蕎麦屋で食事しようとしたら二口で全部吐いてしまった。きょうも昼過ぎに水餃子ならだいじょうぶだろうと好きな店に入ったら噎せて食べられない。トイレで吐き、バイクで団地に戻る途中も吐き続けた。戻って横になり友人から送って頂いた吉永小百合さんを密着取材した番組の録画DVDを観たが集中力か続かない。

 しかし、食べなければ人も動物も昆虫も生き物は生きていけぬ。それは生きとし生けるものの摂理というものだ。老いた者たちは人も動物たちも若い者たちから疎外される。そこからは、互いの折り合いである。その過程と結果は千差万別。現実に対応し活路は開かれるし閉じられる。老いとは正に、そのような現実を生きるという事だ。きょうは新宿の現場で夜勤だ。何か口に入るものを落とし込み活力を出さねばならぬ。一日、一日が凌ぎだ。

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2019年11月17日 (日)

弔問

 今年三月にお亡くなりになった方の弔問に行く。新宿から私鉄に乗り換え、途中、新宿の昔は“しょんべん横丁”と言った飲み屋街を通ると外国人の多いのに驚く。かつてのアカショウビンもそうだったが、安い定食や美味しいツマミで一杯やるのは洋の東西を問わないのだろう。久しぶりに懐かしい電車に乗り最寄の駅に向かう。沿線にはかつて棲んだ駅も通過する。

 故人はアカショウビンが長く務めた業界の先輩。お世話なった義理は欠けない。奥様は長く付き合った別の先輩に落ち着いてからお会いしたいと話したらしい。

 先ほど訪れて奥様とも会えてご挨拶した。故人のKさんは若い頃に一方的に惚れ込み結婚したという。一緒に務めていた時に急性心筋梗塞で入院した事があり奥様とは、それ以来の再会だった。Kさんが亡くなってからは奥様が入退院を繰り返していると言う。しかし、お元気な表情で安心した。

 帰りの電車からは以前に棲んだ最寄の駅も通過し時の移り変わりを実感した。時の氏神は人間たちの生き死にを眺めているのだろう。少年老いやすく学成りがたし。一寸の光陰軽んずべからず、である。しかし凡愚はそれを忘れる。自戒すべし。

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2019年11月14日 (木)

歯の治療から試写会へ

 休日は朝から雑用を済ませ午後はギリギリで歯科医院に到着。あれこれイジラレ血がボロボロ。ゾッとしたが我慢、我慢。一時間近くの治療を終えて試写会会場に向かう。

 朝はカール・リヒター指揮のマタイ受難曲を雑用をしながら久しぶりに聴いた。あれこれある盤で多くの評論家、批評家に指示される名盤だ。アカショウビンの偏愛するエルンスト・ヘフリガーやフィッシャー・ディスカウの歌唱を熟聴した。イエスの裁判の経緯は関係資料を改めて熟読したい。ハンナ・アーレントの思索、論考も考察しなければならぬ。西洋キリスト教の歴史に対抗する為に私たち日本人、アジアの民びとは仏教の可能性を探らねばならないだろう。それが新たな倫理学の確立をも求めることになろう。キリスト教主導の現在の世界に新たな倫理学は不可欠である。それをカント以来の西洋の知性と協働して現実化しなければならない。

 新天皇即位で日本は未だ天皇制が国を支えているのか、というのが海外の観測でもあろう。新たな倫理学の構築には政治と宗教との関係の明瞭化が不可欠である。そこに曖昧は許されない。その意識が現政権にあるとは思えない。それには市民、国民の民度と知性が試される。政府に期待出来なけば市民、国民が立ち上がらなければならない。草莽決起である。奮い立ち行動に出る有志は何処にかある。

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2019年11月11日 (月)

小フーガとサティ

 日曜日朝のNHKラジオ〝音楽の泉〟はバッハのオルガン作品。久しぶりに小フーガ・ト短調を聴いた。この作品を知ったのは中学時代。ポップスに編曲された曲をラジオで聴き原曲を探した。それがアカショウビンのバッハとの最初の出会いだ。編曲は歌詞付きで「2010年に僕たちはどうしているのだろう」という恋人との思いを綴ったものだった。1966年からすれば2010年は43年後である。その年も既に過ぎている。アカショウビンも中学時代に自分の43年後はどうしているのだろうか、と思いを巡らした筈だ。それまで生きているのかも心もとない空想だったが幸い、それを過ぎても未だ生きている。それ以来、バッハ作品はアカショウビンにとって豊饒な音楽の森に分け入る水先案内になった。高校時代は、無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータなども繰り返し聴き、バッハ作品はアカショウビンにとって掛け替えのない生涯聴き続ける音楽となった。特にマタイ受難曲などの大曲は繰り返し聴いて新たな思いに耽る。それは娑婆での恵みの如きものである。武満 徹が葬儀の時にこの作品を流してもらいたい、と書いていた。武満はバッハの音楽を終生聴いて創作の刺激にしていたと思われる。詳らかにしないが、葬儀の時は故人の意思が尊重されたと思う。洋の東西をとわず、極東の島国の者たちにもバッハの音楽は心底に響く、ということだ。番組は、ヘルムート・ヴァルヒャの演奏でオルガン作品を聴かせてくれた。この盲目の音楽家にとってバッハ作品は生涯繰り返し演奏、録音した格別な音楽だった。アカショウビンも何度もヴァルヒャの録音は聴いて飽きない。番組の最後はカール・リヒターが演奏する〝トッカータとフーガ〟。リヒターもヴァルヒャと同じくバッハの使徒である。これを契機にリヒター指揮の録音を聴いてみよう。

 本日は、その日曜日に中古屋で買ってきたエリック・サティの作品を聴いている。雨の日にサティの作品は好く合う。〝ジムノペディ〟など幾つかの収録作品を聴いて面白い。アルド・チッコリーニとガブリエル・タッキーノが1983~1986年に録音したCDである。〝でぶっちょ木製人形へのスケッチとからかい〟、〝ひからびた胎児〟、〝官僚的なソナチネ 最後から2番目の思想〟、〝犬のための本当にぶよぶよした前奏曲〟などサティらしいタイトルが面白い。

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2019年11月 9日 (土)

命日

 高倉 健さん(以下、敬称は略させていただく)の五回目の命日10日を前に任侠・ヤクザ映画の主演作をこのところ何本か観ている。以前観た作品だが改めて観て面白い。その感想も書いておきたい。

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作家という業

 中古店で購入した新書が面白い。世界的作家にまで登り詰めた村上春樹の作家論である。氏の読者ではないアカショウビンには村上文学の分析、解析に及ぶ前段の冒頭の文章が興味津々なのだ。それは、太宰 治、三島由紀夫と、志賀直哉、漱石、鷗外の視えざる確執を浮き彫りにする批評である。『村上春樹の隣には三島由紀夫がいつもいる。』(2006年 3月 佐藤幹夫 著)

 読了してから新たに感想を書く。

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2019年11月 5日 (火)

或る世界的ベストセラー

 皆さんが想像するだろう作品とは全く異なる作品である。アカショウビンも友人から知らされるまで全く知らない著者と著作だ。なにせ発刊されたアメリカ合州国でも約百三十年くらい絶版になり忘れ去られていた。世界の殆どの人々が、知らなくてあたりまえの著者と著作である。

 『ある奴隷少女に起こった出来事』(ハリエット・アン・ジェイコブズ著)。翻訳者の堀越ゆきさんのあとがきによるとKindleの世界古典名作ランキングで11位だそうである。Kindleがいかなる団体で如何ほどの権威があるかアカショウビンは知らない。しかし、それなりのものなのだろう。そういう世界的ベストセラーなのである。

 読み終えて、他の有名な作品の読後感の恐らくどれとも違う感想を世界中の多くの読者がお持ちになると思う。この作品を少女時代に読んでいたら間違いないなく違う、その後の人生を歩んだだろう、と訳した堀越さんも書いておられる。それは日本人女性として率直な感想と思う。

 いずれにしても、多くの皆さんに読んでいただきたい著作である。アメリカ合州国の、合衆国ではない国の差別の人生のどん底から生き残った黒人女性の記録は読み終えた人それぞれの行動、生き方を変えるだろう。

 この作品を読んだのは友人との電話だった。アカショウビンが、この数カ月、何度か観た『私はあなたのニグロではない』(ラウル・ペック監督)の感想を話すなかで紹介されたのだ。アメリカ合州国での奴隷制と黒人差別は、この近代の歴史過程で覇権国家にまでのし上がっだ恥の歴史を現在まで残している。それを通覽すれば現在に生きる私たちにも他所ごとではない。かつてのカウボーイ国家が世界のあちらこちらで愚劣な所業を繰り返すのを市民や国民は見過ごさない。それは我が日本国でもそうだ。各地で声が挙がっている。アカショウビンも日々の労働の合間に声を挙げる。その連帯こそが不可欠で専制の体制に風穴を開けるのだ。

 一人の黒人女性の人生を私たちは残された書物で辿る。そこからハンナ・アーレントの説<活動>と<行動>が実行されなければならない。

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2019年11月 3日 (日)

ハンナ・アーレント覚書⑧

 ハンナ・アーレントは『悪夢と逃避』というタイトルで1945年に出版された仏語の『悪魔の分け前』(ドニ・ド・ルージュモン著)の書評を書いている。『アーレント政治思想集成』p181~p184。その中で著者を批判する根拠としてハイデガーの「無」を引き合いに出している。

 ――悪魔は「無が無を生む」ことによってすでに何らかの行為主体であるハイデガーの無(強調の読点を付け)の人格化にほかならない(悪魔は「無」(読点付き)の使者であり、「無(読点)のためのはたらき」、「無(読点)の行為体であり」「無(読点)への傾向ももつ」など)。

 これらの批判を踏まえてハンナ・アーレントは、このルージュモンの著作を反語的に推薦する。「それは真の人間記録(ヒューマン・ドキュメント)である、と書いている。これらやハンナ・アーレントの最後の八年間の論考は『全体主義の起源」はじめ主要著作や草稿と共に現代に生きる私たちに熟考を促す。

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