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2019年10月25日 (金)

労働の現場

 雨で仕事は中止になるかもしれないが未だ連絡はない。駅まで自転車で行き電車に乗る。

 昨夜はレンタルDVDで久しぶりにセルジオ・レオーネ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』。(1983年)を観た。途中で休憩が入る長尺である。同様のタイトルの西部劇と異なる禁酒法時代の物語で監督は何を描き、何を伝えようとしたのだろうか。冒頭から噴出する暴力か、主人公の恋愛か、アメリカという移民の国の歴史か。そのいずれでもあるだろう。西部劇と比べて物語は少し複雑で脚本も映像も練りに練った跡がわかる。しかし、『ワンス・アボン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト』の仕上がりと比べると納得できない。エンニオ・モリコーネの音楽も前作のほうが後作の抒情より音楽的に物語性がありメリハリがある。アカショウビンはこちらが遥かに優れた作品と思う。もちろん、好みは人それぞれだ。

 それにしても、セルジオ・レオーネというイタリア人が、米国で巨匠と称してもよい地位まで登り詰め、暴力と恋愛、歴史を描いて伝えたかったものとは何だろうか。

 仕事は中止。途中から引き返す。「噺家殺すにゃ刃物はいらぬ、あくび一つで即死する」と落語のまくらや、「土方殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の十日も降ればよい」といった自虐ネタの顰に倣えば、「警備員殺すにや刃物はいらぬ、雨の三日も降ればよい」だ。即死はしないが、餓死はするかもしれないが。

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