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2019年8月 9日 (金)

下層労働者の現在

 路上警備の仕事が三日間ない。それでは食えない、生活に困る。蓄えのない孤独中高年のシノギはこれが実情だ。その現実をお気楽サラリーマンたちは知らぬ。それが現政権を暢気に支持する日本人と日本国家の現状なのだ。かつて戦勝国の将軍は、老兵は死なず、ただ消え去るのみ、とコメントを残し公の舞台から去った。彼が一時的に支配した国は世界第三の金満国家として現在している。その良し悪しは国民それぞれの判断だ。国政選挙で国民は現政権を支持した。しかし、それは世界の現状と未来に胡乱であるということだろう。敗戦後の復興と再建のなかで国民は世界に伍する経済的繁栄を実現した。ベタな言い方だが、かつて岡林信康が叫んだように「それで自由になったのかい」という問いかけは現在も賞味期限を有している。人は呆ける。アカショウビンもアルツハイマーは粛々と進行している。しかし、呆けきるまでに愚想は重ねよう。

 引っ越しの段ボールを取り出し整理しているなかで幾つかの文庫本が出てきた。拾い読みして面白い。三島由紀夫の『若きサムライのために』(文春文庫)、『カメラの前のモノローグ 埴谷雄高・猪熊弦一郎・武満徹』(マリオ・A著 2000年5月22日 集英社新書)である。前者は福田恒存との対談が出色。この保守の論客二人が、戦後日本への本音を吐露している。福田との対談は「文武両道と死の哲学」のタイトルで「論争ジャーナル」社でのもの。文庫の表題の論考は、昭和43年5月号から昭和44年4月号まで「Pocket パンチOh!」に掲載された。単行本では昭和44年7月に教文社から刊行されている。それを通読すれば死に至る三島の思想、思索が読みとられる。後者は、その三島の死に対抗した稀有の小説家、思想家である埴谷の一人語りの如きものである。当時82歳の埴谷は若い外国人カメラマンにトカイ・ワインを飲みながら6時間に渡って話した。その感想は熟思し夏が過ぎるまでに述べよう。

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