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2019年7月 7日 (日)

人種差別の歴史と現在

 ジェームズ・ボールドウィンはケンブリッジ大学での講演で語る。「黒人にとって差別は日常茶飯事だ」と。マルコムXとの出会いを「私がハーレムにいた頃から彼は伝説的存在だった。私は彼を信頼していなかった。白人は彼を〝たいまつ〟と呼んだ」と。メドガー・エヴァーズとの出会いで彼はボールドウィンに同行を求める。黒人射殺事件の調査で作家の眼で精確を期したかったのだろう。二人は証人を探す。証人を演じる者と本当の証人を見極めながら。二人は証人を探し動き回る。1966年、FBIの調査でボールドウィンは危険人物リストに記される。そのころ白人の米国社会は、人種統合は共産主義だというプラカードに象徴される黒人との〝統合〟を忌み嫌う。多くの白人は各地で起きている黒人を狙った事件が全米各地で起きても信じようとしない、行動も起さない、とボールドウィンは嘆き怒る。「バーミングハムとロスアンジェルの事件に違いがないことを白人たちは受け入れないのだ」。1963年、アラバマ州バーミングハムの事件に黒人たちは怒りの抗議を起す。非暴力で。それがマルコムXには我慢がならないのだ。白人警官たちが警棒で黒人たちを小突きながら威嚇する。テレビ局は「黒人問題とアメリカの希望」というタイトルで三人の黒人運動家をゲストに迎える。マルコムX、マーティン・ルーサー・キング、ジェームズ・ボールドウィンだ。マルコムはキングの非暴力を批判する。「マーティンは20世紀版のアンクル・トムだ。それに応えてキングはキリスト教の愛を説く。「愛は悪に対して無抵抗なのではない。暴力をつかわないだけだ」。それはマハトマ・ガンジーの抵抗を彷彿させる。そこで抵抗運動は洋の東西を越えるように思えるのはあながち錯覚でもないだろう。育ちも考えも違う二人は互いを理解しあい距離を縮めていく。二人が殺される頃に立ち位置はほぼ同じなったとボールドウィンはいう。40歳前に殺された三人は米国での人種差別反対闘争の象徴となり現在まで続いているのではないか。

 白人たちの銃声のなか、キングたちは非暴力のデモ行進を続ける。マルコムXはそれに暴力で対抗する。『私はあなたの二グロではない』でラウル・ペック監督は2014年、ミズーリ州ファーガソンの黒人暴動の映像を重ねる。「それは正に戦争である。ボールドウィンは「アメリカ国民は道徳心と優しさに欠けている」と語る。「白人は私を同じ人間と認めていない。言葉ではなく行動でわかる。彼ら自身が怪物となっている」。映像はモノクロから白人たちのカラー映像に一転する。それは、ケネディ兄弟の批判ともなる。

 そののような米国の現状の中でハリー・ベラホンテはテレビ討論で和解の希望を語る。果たして和解は国家の中で実現されるのだろうか。ボールドウィンや黒人たちの告発と闘いは現在の米国でどのように継続されているのかアカショウビンは知らない。しかしネット社会のなかで〝世界〟は、近く遠く現在している。それはハンナ・アーレントらユダヤ人、サイードらパレスチナアラブ人の声と交錯する。

 それはまた正しく沖縄での抗争となって生じている。

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