« 泣く中島みゆき | トップページ | 孤軍と孤老 »

2019年6月11日 (火)

甘くはなくて、苦みのある

 アルヴォ・ペルトの『タブラ ラサ/アルヴォ・ペルトの世界』(1984 ECM)のライナー・ノート(解説)で、黒田恭一氏は「甘くはなくて、苦みのある、明るくはなりきれなくて、うつむきながら、走る前にまずためらいが先に立ってしまうペルトの音楽にあるのは、いわゆる「現代音楽」とよばれる音楽の多くが忘れてしまった、音楽への熱い思いである」と記している。その言や好し。いくつかの録音を聴きながらアカショウビンも同意する。「現代音楽」が難解とされるのは古典音楽の形式からの脱却を試みた実験とでもいうような結果に対して聴く者が抱く感想なのだろう。それは難解なのではなく、黒田氏に言わせれば、「音楽への熱い思い」が失われているからだ、と受け取れる。しかし、武満 徹やシュニトケ、アルバン・ベルク、ペルトの作品にアカショウビンは、その「熱い思い」を聴き取る。それは何故か。人間が生きる或る時に遭遇する不安を作品が伝えることがあるからだ。それは存在することの不安と言ってもよかろう。特に歴史区分でいえば近代以降の人間にとって複雑な人間関係(もっとも、それは古代も同じだろうが、産業革命以後の〝世界〟が狭くなって以来の人間たちにとっては)や機構、国民国家のなかで生きるストレスは様々な病も伴う。その精神的な病は不安の原因となることもあるだろう。しかし、病には治療が施される。それは完治しなくとも生きられる時間を延ばすことはできるようになった。癌のように。しかし病でなくとも、狭くなった〝世界〟のなかで生きる人間にとって、紛争、戦争の絶えない現実は生きることの不安をも醸しだす。私たちが生きている〝世界〟とはそういう時空間なのだ。アカショウビンの生も正しくその中で経過している。それをペルトの作品は表出していると思う。黒田氏の批評もそこから出ているものと思われる。

 アルヴォ・ペルトが自分のスタイルでありテーマともなっているのは、生国であるエストニア語のティンティナブリ・スタイルというティンティナブル(鐘)の音を使い何かを象徴する手法だ。それは弔鐘であり、祇園精舎の鐘とも響き合う。それが日本人にも共感できる効果を齎しているのだろう。現在、ペルトはベルリンに移住しているようだ。故郷で生きるより音楽家はベルリンのほうがはるかに生きやすいのだろう。ベルリン・フィルの音楽監督を終えたサイモン・ラトルも英国に戻ったがベルリン・フィルの近くに家を買ったそうだから。

 1935年生まれのペルトは84歳の高齢である。その近作は聴いてみなくてはならない音楽家の一人である。

|

« 泣く中島みゆき | トップページ | 孤軍と孤老 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 泣く中島みゆき | トップページ | 孤軍と孤老 »