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2019年5月 9日 (木)

労働の現場

 一昨日からきょうまで新しい現場。浜松町からモノレールで三駅目の「流通センター」で下車。ここは長年務めた会社の仕事で年に二回訪れた駅。流通センターに展示会場があるのだ。そこのコンビニで昼食を買い、駅前交番の前に集合。初日は到着時間を余裕をもったつもりが危うく遅刻になりそうだった。集合時間は7時30分。浜松町でモノレールに乗り換えても気が気でなかった。久しぶりの車窓の景色を楽しむどころではない。それでもなんとか間に合った。人数は27人。見知った人もいるので挨拶。現場は駅から徒歩で約10分。一年前には別の現場にきた大和大橋を越えた。

 仕事はカーネーションの送り作業。一年に一度の超繁忙期なのだ。派遣会社の営業マンは、アカショウビンさんにもできる簡単な作業ですよ、と電話で言う。しかし想像と現実はまるで異なる。花卉市場とあって女性の関心も惹くのだろう、女性が多い。アカショウビンのような死にかけの爺いの姿は異色なのだろうチラチラした視線を感じる。

 想像と現実の違いというのは単純作業の不慣れとハードさだ。以前の現場で終日、廃棄する段ボールをカッターで解体する作業を何日も続けたことがある。利き腕の右手が腫れてしまった。同じような単純作業で同じような痛みが三年ぶりに生じた。しかし不思議なもので、それは元に回復する。人体の不思議だろう。それは、この三年の間の入院、手術の折にも経験した。胃癌と下咽頭癌、それに膀胱癌で生還した経験と似る。しかし人は忘れるのだ、その苦しみを。今回もそうだろう。しかし、こうして書きつけ記憶を手繰り寄せる機縁とするのだ。

 それはともかく、三日間のハードワークは終わった。休息をとろう。老体と病体には時間がかかる。しかし、来週の仕事は未定。一昨日は治療中の歯と反対側の歯が外れた。痛みはないが食事の不快感はある。気分は晴れない。しかし三日間のアルバイトにありつけたのは幸い。同年輩と思しき人は夜勤もすると言う。アカショウビンには驚くしかない労働現場の現実だ。

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