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2019年5月27日 (月)

降旗監督追悼

>映画は劇場に多くの観客が入ってこそ、その価値が生まれる。今はテレビ映画やビデオが茶の間に侵入し、観客の足はなかなか劇場まで行かない。
 昔は映画館の入場料とラーメン一杯分がほぼ同じだった。今はどうだろう…。「映画の日」だけ安くするのではなく、日常もっとやすくすれば入場者が増えるかもしれない。あるいは、そんなことに関係なく、たとえば「大勢で聞く語り」から「一人で読む小説」にとって変わったように、現在、視聴覚文化は大きな変化の節目を迎えているのかもしれない。

 降旗康男監督の訃報を知りネットで監督が生前、郷里長野の信濃毎日新聞に連載した記事を面白く読んだ。上はその中からの抜粋。映画業界の変遷のなかで一生を過ごした監督の述懐は現在の映画界と社会との繋がりを評す批評として傾聴にあたいする。先日、京マチ子さんの訃報を知り、小津安二郎監督が大映で撮った『浮草』を久しぶりに観た。デジタル修整されているのだろう実に鮮やかな映像に蘇えっていた。京の匂うような色香と若尾文子の若き頃の花のような笑顔がすばらしい。女優達の共演より小津という巨匠の才覚を痛感する秀作は映画史に特筆される仕上がりだ。降旗監督も後半生で秀作を撮り続けた。先日は衝動的に『ホタル』を観直し、監督の才覚を確認したばかりだった。小津より長生きして映画を撮り続けられた一生を心から賛し追悼する。

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