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2019年4月30日 (火)

なかじきり

 先日、山遊亭金太郎師を「励ます会」のお誘いを頂いた方が廃業されると言う。久しぶりにお会いして金太郎師匠の話をあれこれ聞けると楽しみにしていたところに寝耳に水の如きの話だった。先代から六十数年続けてきた家業を閉めるのは忸怩たる思いであろう。寄席の場であり、それ以上の話は憚れた。改元の国家的節目の年に長年お付き合いさせて頂いた方の近況は感慨深いものがある。

 「励ます会」ではお弟子さんやお仲間の噺家さんが金太郎さんの復帰を願い、それぞれの思いを高座で自らの芸に託した。アカショウビンも芸人たちの芸を興味深く拝見できたのは幸いだった。これも廃業を決意したM社長のおかげである。娑婆での縁はかように展開する。その幸いを言祝ごう。

 表題は鷗外の随筆である。人の生には節目がある。その時は改めて次の生に娑婆を生きる。Mさんもそうだろうし、金太郎さんも復帰に向けて病を克服しファンたちを前に落語を語る時を目指し治療に専念するだろう。心からご健闘を祈る。芸人は舞台が生命の全開する場である。そこで生の深みに赴く。ファンには、その過程と遭遇することが貴重な機会となるのである。

 今朝はデューク・エリントンのジャズ・ヴァイオリン・セッションを聴いて心身が共振し律動した。これからアルバイトの肉体労働である。心身を奮い起たせるには名手、達人たちの芸が不可欠。今生での限りある残り少ない時にエネルギーを充填し一日を凌ぐのだ。

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