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2019年3月25日 (月)

従姉妹たち

 先月、五年ぶりに帰郷したときに会えた従妹は一つ下だが実に溌溂としてアカショウビンのような人生の衰えをまったく感じさせない生のオーラを発していた。ご亭主の事業を支え、人生の最盛期を謳歌しているようだった。彼女の姉や兄は病や離婚で哀れなほどに疲弊している。その対照が鮮やかで痛烈。残酷とも思えたがそれはアカショウビンの主観にすぎないだろう。人の人生とは肉親や血縁を超えてそのようなものであると思われるからだ。従姉の家も訪れた。五年前は元気だった伯母も一昨年暮れに亡くなり、霊前に手を合わせた。葬儀の写真も見せてもらい前回も今回も会えなかった従弟の姿も朧に従姉から知らされた。それは長寿で亡くなった伯母の二男として家業と家族を宰領していることが仄見えた。従姉は人生の後半生を故郷で生きている。伴侶は介護を要する生活らしい。男とは異なる女の後半生を生きている女達の人生も様々だ。同窓会のあと従妹の家で一泊させて頂いた。立派な二階建ての一軒家で彼女は子供達を育て巣だった子供達とは離れ夫婦で一家を切り盛りしている。その輝きのオーラは人生の異なりを実感させた。彼女達と50代で逝った長兄の墓と本家の墓にも詣で空港へ同行した。途中、人気のレストランで鶏飯の料理も御馳走になった。五年前も従妹と食べたのだった。帰りは関西空港経由。京都の従兄の指示に従ったのだ。病で疲弊しているという従姉に会える。その前に大阪に棲む弟にも会えるので好都合と思ったが連絡がつかず京都の従兄の家に世話になることにした。駅で迎えにきてもらい車で従姉の家まで行ってもらった。空港で買った土産を従姉は喜んだ。大好きな柏餅を島ではキャシャモチという。その嬉しそうな顔を見てこちらも嬉しくなった。話しが弾みアカショウビンが一方的に話すのを夫婦は面白く聞いてくれた。夜も遅く名残り惜しく辞した。従兄の家で一泊し大阪に弟を訊ねたが会えなかった。帰りは交通費を倹約し大阪の梅田から高速バスにした。新宿まで九時間だが昼過ぎに出発し夜の九時前に新宿に着いた。今回の帰郷で十分と思えた。十数年の余生は十分過ぎるくらいだ。粛々と最期に向け準備するだけだ。

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