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2018年12月25日 (火)

冥途の旅の一里塚

 少々早いが、門松も誕生日も冥途の旅の一里塚だ。おめでとうもご愁傷さまも裏腹。生まれてよかったか、迷惑で余計な事なのかも人それぞれだろう。
 水俣で胎児性水銀中毒になり生を受け生きた患者さんたちにとり果たして此の世を生きることは苦でない事があり得るのだろうか?あるとすれば、それは何か?それはまた人間に理解できるものとも思われるない。
 またアカショウビンのように病苦を抱え生きる者にとって生きるということ、生きているということは如何なる意味があり、あり得るのか?愚想は次々と湧き起こる。更に愚考を重ね、旅のひと時を過ごすに如かず。
 

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