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2018年12月21日 (金)

モーツァルト考

 先日、中古屋で安く購入したリヒテルのキエフでのライブを録音したCDで驚愕したのがベートーヴェンとモーツァルトのソナタだっった。購入動機はシューベルトも演奏していたからだがモーツァルトが凄い。K280のソナタだ。そこには10代の天才の天衣無縫と奔放、その裏にある深淵が聴き取られる。このロココ調のハイドンに影響された頃の少年に既に心の暗闇があることをリヒテルは表現している。手持ちのCDでラローチャの全集で同曲を聴いたがまるで違う曲のようだ。それほどリヒテルの演奏は傑出している。

  吉田秀和によればリヒテルは「おそろしくむらの多い」ピアニストだ。しかし、その演奏の稀有をこの録音は伝えている。吉田はバックハウスとクラウスの演奏を傾聴し批評を書いている。これも繰り返し読み啓発されるモーツァルト論だ。 宇野功芳によれば、モーツァルトのピアノ・ソナタ17曲で一番優れているのはK281だそうだが、リヒテルの録音を聴けばアカショウビンには、むしろ「良くない」という、この作品に共感する。それもリヒテルの表現と解釈による。

  かつて中村紘子は「ピアニストという蛮族」と面白く書いたが野蛮の反対は崇高といってもよい境地に蛮族は達することをリヒテルの演奏は留めていると確信する。これを聴き、宇野が称賛するリリー・クラウスの録音、モーツァルトでは定評のギーゼキングの録音も聴いている。それにしてもモーツァルトの作品は宇野がいうように「奇跡の音楽」ということに改めて同意する。

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