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2018年11月 9日 (金)

声を挙げよ

 アルバイトを休み、昨日は歯の治療、本日は夜の高校時代の同窓会に行く。途中、図書館に本を返却、神田の古本屋も見て回りたい。古本は溜まるばかりで読むのが間に合わない。しかし残り時間は少ない。ダラけた日常に喝を打ち込む一行に眼を凝らさねばならぬ。
 昨年から読み続けているハンナ・アーレントは現今の内外の政治情況と激しく共振する。先の大戦後のハンナの論説は今こそ熟慮、熟読せねばならない。駅前では老人たちがスピーカーで呼びかけチラシを配布している。現政権への抗議である。その声、姿や好し。アカショウビンも署名し握手した。しかし、学生たちの声がか細い。それが歯がゆい。アカショウビンの歯はガタガタで内蔵はボロボロだが彼らの歯や内蔵、肉体は健康だろう。そこから知力をはたらかせ声をあげ新たな知の領域を開き給え。正に新たな世界の改築と構築が求められているのだ。
 アカショウビンも老骨に鞭打ち日々を生きている。若者たちとの共闘にいつでも立ち上がる用意はある。しかし体力の衰えはいかんともし難い。しかし、この困難の果に活路は開ける筈だ。

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