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2018年11月18日 (日)

歌姫考②

 DVDでエディット・ピアフの一生を作品化したものを10年ぶりに観てアカショウビンの歌姫列伝にピアフは欠かせないのを実感した。この映画はなにより主演のマリオン・コティヤールの熱演が強烈で痛烈。それもピアフの生涯を忠実に描こうとするスタッフの思い入れが映像に溢れているのが伝わるからだ。一人の傑出した歌い手の声と姿は聴く者を挑発し圧倒する。それはフランスでも日本でも同じだ。それは異言語を超えて声の力で共感し共振させる。映像や音楽が異文化を超えるように。

 ピアフを聴いたのはいつごろだろうか。高校の頃だろうか。ジャンルを問わず雑食の如く音楽を聴いていた頃にピアフの歌は痛烈だった。越路吹雪が人気だったころフランスでピアフを聴いて「私は負けた」というコメントがピアフという歌い手の凄さの一端を証している。日本でも越路吹雪や幾多のシャンソン歌手達が歌う有名曲はあるが、若い頃の4枚組のCDを改めて聴き直した。1936年から1945年までの録音だ。輸入盤なので対訳はない。和訳で歌詞を辿ればよいのだが、フランス語の巻き舌のピアフはニーナ・シモンの声と同様に声の力で聴けばこちらを挑発してくる。それは洋の東西南北を問わない人間の声のもつ深淵を表出するものと思える。

 映画はマリオンが迫真の演技と歌でピアフを生きている。それはフランスの観客と日本の観客では受けとり方が異なるだろう。しかし、その声に潜むピアフという歌い手の魂と生き方の数奇と苛烈は聴き取とられると思いたい。それが錯覚としてもその錯覚を受容するのがピアフという傑出した歌い手を聴く悦びでもあるのだ。

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