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2018年11月27日 (火)

32647人

 2012年から2018年6月まで海外からの実習生が失踪した人数である。東京新聞朝刊の鎌田 慧氏がコラムで書いている。首相の国会答弁の欺瞞を突く指摘に刺激される。口先答弁の軽薄と無知は現政権が世界に晒す恥だ。 
 沖縄では市民と自衛隊、機動隊が対峙している。ヨーロッパも中東も、そしてアジアで我が国も世界史の現在の渦中で揺れている。その無法と暴政には声を挙げねばならぬ。病で肉体も声もか細くなっているにしてもブログやネット空間で思考は伝えられる。

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ベルトルッチ監督追悼

 朝刊でベルナルド・ベルトルッチ監督の訃報を知った。77歳という。若い頃に内外の作品を雑食のようにあれこれ観ていたころ刺激されたのが『暗殺のオペラ』だった。フランスのヌーベル・バーグや日本映画も世界と伍して佳作を公開していたころだ。その中でイタリア映画の伝統を受け継いだ監督の作品は興味深かった。それはイタリアの戦後史を垣間見る経験だったからだ。イタリア・マフィアの作品で一世を風靡したコッポラの作品は大ヒットしたが、ベルトリッチ作品は作風が異なり、むしろ対抗していたのはゴダールらのフランス映画だった。『暗殺の森』で、ベルトルッチはゴダールを抹殺した、と語っていたのではなかったか。それほど熾烈な競争意識があったのだろう。1972年の『ラストタンゴ・イン・パリ』は過激な性交シーンが話題になったが、それは邦洋を問わず、検閲される映像の限界は各国で規制され物議を醸すのは世の習いだ。

 それはともかく、アカショウビンはフェリーニやパゾリーニと同じように当時のイタリア映画には強い刺激を受け観ていた。当時はスウェーデンのベルイマン監督の作品にも挑発された。黒澤、小津の日本映画の新作が世界と伍していた映画という媒体が新たな才能を生み出していた時代といってもよいだろう。それはまた新たな映画史として書かれねばならない。

 

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2018年11月26日 (月)

映画寸評(続き)

 クリント・イーストウッド監督の『ヒア アフター』は、なかなか面白い構成とテーマに取り組んだ作品だ。監督も老いを自覚し、新たな境地に挑戦したように思われた。霊能者とみなされる人がいる。それは古代から人間の共同体には発生した存在とも言えよう。そのような研究は世界中で確認できる筈だ。しかし、それを想像力と創造力を駆使し一つの作品に仕上げるには才覚と才能を必要とする。監督には長年の経験と熟練した技術がそれを可能にした。そう実感させる作品だ。
 それは仏教の輪廻や転生思想にも交錯する視界を有していると思う。それはまた別の機会に考察してみるけれども。

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2018年11月25日 (日)

英霊と英雄

1970 年11月25日。この日をアカショウビンにとっても、此の国の歴史でも特筆される日として忘れてはならないだろう。何か書いておかねばならないとあれこれ愚想した。しかし体力も気力も衰弱し、切っ掛けが掴めない。昨年も一昨年も引っ越しや入院、手術の慌ただしい日常で集中して書こうという気力が湧かなかったのだろう。その前の年に書いたものが引き続き思考を継続するに過不足ないと思うので、それを再掲する。

 この10年間に何度かこの日に三島由紀夫についての考えは述べてきた。三島に関する論考で近年、精読したのは保田與重郎のものである。「天の時雨」と題された論考は保田が文芸誌に書いた五つの論考から成る。(200010月8日新学社 保田與重郎文庫22「作家論集」) 保田は三島の死の前に「日本の文學史」(2000年4月8日新学社 保田與重郎文庫20)の全24章のうち第16章「南朝の文學」を書き終え、新潮12月号に掲載された。保田與重郎文庫には〝後記〟として昭和47年4月17日に記された一文が付け加えられている。

その中で保田は三島の自刃、自裁を次のように述べている。「三島氏の激文並に命令書は、日本の文學の歴史を考へ立言するに當つて、一箇眼目となすべきものにて、わが日本の文學史の信實である」。続いて保田は吉田松陰の刑死の七日前、安政61020日の書簡を引き、「私はこの義を以て、わが日本の文學史の永遠の思ひとするのである」と書いている。

このような論考は現在の我が国の文学風土、思想風土にどれほどの影響を与えているかアカショウビンは詳らかにしない。しかし、それを土台にせずして日本文学も日本思想もあり得ない。それは〝憂国忌〟などとして保守の論客や一群が気勢を挙げて三島を政治的に頑弄する事とは一線を画す。作家、文学者としての価値が先ず優先される。その中で三島の死を、小林秀雄と江藤淳が対談で考えを異にしたことはかつて書いた。そこが現在のアカショウビンの三島由紀夫という作家に対する眼目である。つまり三島の死は江藤が言うように三島の「単なる病気」ではなく、小林が言うように松陰の死という事実に比肩される日本の歴史の中に繰り込まれるべき歴史事実という視座である。それは恐らく左右両翼の論説を超えた日本という国の歴史に関わるものだ。そこには人間観、世界観も含めて哲学者が、現存在、現有と捉えた生き物の歴史と存在(有)が照射され考察されなければ解き明かされない実存の歴史事実だ。先ず、熟考された問いが立てられなければならない。それに対する回答が与えられる。そこからしか真理、真実への道筋は切り開かれない。三島由紀夫の死と生き方、死に方は、そこからしか捉えられないと言ってもよい。

高校生にとって、あの〝事件〟の衝撃は強烈だった。国語の教師は興奮して授業を中断し、三島由紀夫が、どういう作品を書き、どういう小説家なのかを演説した。何より同級生が持ってきた、朝日新聞の夕刊に掲載された、介錯された三島の首の写真が〝事件〟の凶々しさを象徴していた。象徴というより、それは自分たちが生きている社会の生々しい現実としてアカショウビンには痛烈な印象を与えた。三島の死を遥かに越えて還暦を越えた歳になり、未だに熟考を要する歴史事実の一つとして脳裏に明滅する。

 それは政治的状況や文学的な解釈を超えて、一人の小説家、男の精神領域への好奇心と興味、関心を伴い高校生の日常に割って入ってきた衝撃だった。政治的にも文学的にも〝事件〟の影響は幽かなものになっている。しかし、近年の論考では渡辺京二氏の「三島の意地」(『未踏の野を過ぎて』2011年11月25日 弦書房)と題する一文が興味深かった。一人の小説家の苛烈な死に様は、江藤 淳が揶揄したような〝病気〟ではないと確信する。それは小林秀雄が、それに対して応えた歴史的意味づけがされる〝事件〟とアカショウビンは理解する。

 何年か前に大観の展覧会で大観の作品群を観て三島の文学作品も日本という国の歴史、敢えて言えば世界史の中に位置づけられてしかるべき内容を含むと確信した。大観作品の奇矯は三島の死の奇矯と相通じる筈だ。それが此の国の〝歴史〟を通覧するときに炙り出される典型的な現象なのではないか?大観の大柄な金屏風絵の寒山拾得の表情の狂気の如き笑いは三島の高笑いの表情を想い起こさせる。それは娑婆の現実に対する理想家の拒絶とも唾棄とも解釈される意味性を持たないだろうか? 戦後を生き延びた死にそこないの人生に決着をつけたのが、あの〝事件〟であることは前後に自裁した人々の精神風景と近似しているのではないか?それは現在の政治状況、文化的現在とも共振し合っているのではないか?

 以上でアカショウビンの三島由紀夫という作家への考察は尽きるといってもよい。しかし、きょう、あれこれ以前のことを想い出すと、新たな思考も生じてくる。たとえば『豊饒の海』の中で主人公がワーグナーのレコードを聴く場面がある。それはフルトヴェングラーの指揮するものだ。高校から大学の頃に何度か読んで、その場面が妙にリアルだった。アカショウビンがフルトヴェングラーの録音や映像を繰り返し聴き見ていたこともある。そこで三島がワーグナーの『ニーベルングの指輪』の主人公、ジークフリートに自分の生き方を投影させていたという可能性はないだろうか。英霊という言葉のなかには英雄という含意がありはしないか。本日はそのようなことを、つらつら妄想しながら一日を終えた。

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2018年11月24日 (土)

映画寸評

 寒さに体力がなかなか対応できない。喉がいがらっぽい。手術の跡に影響しているかもしれない。風邪の前駆症状かもしれぬ。免疫力、抵抗力、体力共に衰弱しているのだろう。それでもアルバイトで日銭を稼がねば生活費はかつかつ。そのような日常でも何本かレンタルDVDは観て面白かった。
 クリント・イーストウッド監督の『ヒア・アフター』は2011年の作品。冒頭のシーンが、不思議な偶然というのか日本での大地震、大津波を予見したような作品だ。死者の姿が見えたり、声が聴こえ交霊ができる、霊能者というのだろうか実在の人物かも知れない主人公を巡り物語が展開する。
 これからアルバイト作業に就く。続きは明日に。

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2018年11月22日 (木)

老いと労働

 アルバイト仲間の姿はそれぞれ。若い連中とは世代間ギャップもあるが真面目に生きている奴にはエールを送りアドバイスの一つもかける。しかし、面倒な会話はしたくないという面々もいらっしゃる。そういう方々には言葉を選ぶ。同世代の皆さんとは共通の話題で盛り上がる。先日はロックの話で面白かった。アカショウビンと同じ歳のSさんはプロのドラマー。ロックからジャズ、我が国の有名女性ボーカルのバックバンドのメンバーとして参加もしたと話す。ツェッペリンの日本公演の話など他の仲間も加わり大いに盛り上がった。しかし、短い休憩時間が過ぎれば下層労働の作業に戻る。アカショウビンは飲料水やコピー用紙のピッキング作業で体力勝負。ひたすら黙々と三階の作業に集中する。夜になると一階の搬出現場で商品の仕分け、ラッビッングだ。これまた集中力とスピード勝負。モタモタしているとフォークリフトの責任者から罵声が飛ぶ。
 アカショウビンはこの数ヶ月で慣れたから対応できる。しかし73歳のIさんは、要領を得ずボーッと立ちつくすこともしばしば。それを見た責任者からは怒りを秘めた皮肉のひとつも投げつけられる。老体が思うように動かないのだ。アカショウビンも助けに入るが限度がある。仲間からは陰で冷笑も囁かれる。しかしIさんは4日間の連勤である。金がいるのだ。かつては貿易業で財を成した。しかしバブルがはじけ会社は倒産。家族とも別居。生活費を稼がねばならないのだ。下層労働で日銭を稼ぎ罵倒、冷笑にも耐えねばならぬ。しかし、現場は甘くない。仲間からはもう無理だ。こっちが迷惑だと暗に人変えのメッセージが。かように下層現場の現実は厳しく過酷である。老いの現実はかくの如し。
 本日は歯の治療のため休み。旧棲家近くの歯科医院ヘ。正午に到着すると、ご高齢のお婆さんが受付の若い女性とスローモーションの映画を見ているような会話をしている。言葉も身体の動きも若い人と噛み合わずこちらも心配しながら遣り取りを見守る。帰りはタクシーを呼んでもらい帰られた。付き添いもなく歯の治療とはご事情がおありなのだろう。しかし医院まで通える人は未だマシだ。それもできない潜在高齢者が多くいらっしゃる筈だ。
 前代未聞の高齢化社会に日本は突入している。アカショウビンの日常も日々のシノギだ。アルバイトから帰り床に就けば、そのまま眼を覚まさないかも知れないという不安もチラと脳裏を過る。幸い夜中に排尿で眼を覚ますと、まだ少し娑婆での時を生きねばならぬか、と気合も入れる。それには音楽と映画、読書である。マーラー、ピアフ、ニーナの作品、声で喝を入れ、魂を活性化させるのだ。明日は別の現場に赴く。体調を整え備える。

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2018年11月18日 (日)

歌姫考②

 DVDでエディット・ピアフの一生を作品化したものを10年ぶりに観てアカショウビンの歌姫列伝にピアフは欠かせないのを実感した。この映画はなにより主演のマリオン・コティヤールの熱演が強烈で痛烈。それもピアフの生涯を忠実に描こうとするスタッフの思い入れが映像に溢れているのが伝わるからだ。一人の傑出した歌い手の声と姿は聴く者を挑発し圧倒する。それはフランスでも日本でも同じだ。それは異言語を超えて声の力で共感し共振させる。映像や音楽が異文化を超えるように。

 ピアフを聴いたのはいつごろだろうか。高校の頃だろうか。ジャンルを問わず雑食の如く音楽を聴いていた頃にピアフの歌は痛烈だった。越路吹雪が人気だったころフランスでピアフを聴いて「私は負けた」というコメントがピアフという歌い手の凄さの一端を証している。日本でも越路吹雪や幾多のシャンソン歌手達が歌う有名曲はあるが、若い頃の4枚組のCDを改めて聴き直した。1936年から1945年までの録音だ。輸入盤なので対訳はない。和訳で歌詞を辿ればよいのだが、フランス語の巻き舌のピアフはニーナ・シモンの声と同様に声の力で聴けばこちらを挑発してくる。それは洋の東西南北を問わない人間の声のもつ深淵を表出するものと思える。

 映画はマリオンが迫真の演技と歌でピアフを生きている。それはフランスの観客と日本の観客では受けとり方が異なるだろう。しかし、その声に潜むピアフという歌い手の魂と生き方の数奇と苛烈は聴き取とられると思いたい。それが錯覚としてもその錯覚を受容するのがピアフという傑出した歌い手を聴く悦びでもあるのだ。

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2018年11月17日 (土)

病気見舞いに

 高校時代の友人の見舞いに行く。13日の手術から四日目。共通の友人と二人で。手術前に電話した時は見舞いなど来なくていいと言っていたがそうもいかない。アカショウビンの経験からすれば、未だ術後の痛みは残っているはず。しかし術後の経過が良ければ、次の機会には退院しているかもしれず、きょうにした。病の過酷はひとそれぞれ。その現実を見て今後の参考にしたい。本日は天気もよく、ゆっくり話ができればいいがが。

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2018年11月15日 (木)

歯医者から旧棲家へ

 歯の治療を済ませ、旧棲家を見てみようと歩いて辿り着き驚いた。何と更地になっているではないか。二階建ての家屋と庭は跡形もない。同居人さんが庭の手入れをし犬たちを遊ばせ夏にはゴーヤを育て食べた時を思い出す。この季節は柿が鈴なりで犬たちの大好物。食べ過ぎて吐いていた姿が懐かしい。深夜の散歩道を歩いた。工事中だった場所には建物が姿を現し職人さん達が昼休みの世間話をしている。犬たちを遊ばせた公園でひと休み。過去と現在が交錯する想いに佇む。
 快晴の青空には上弦近くの月が薄く見える。団地に戻り読みついでいる本も読まねばならぬ。レンタルDVDはピアフの生涯を描いた作品を十年ぶりに観た。その感想も書こう。

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2018年11月13日 (火)

此の世の苦と楽

 アルバイト先に向かう途中の電車で目の前に車椅子に座り母親らしい女性と別の女性に付き添われている場面に遭遇した。。明らかに心身を病んでいる。健常であれば顔立ちも整っていてきれいな人だ。それが虚ろな視線であたりをゆっくり見回す。二人の女性はさり気なく四方に気配りする。アルバイトの現場はディズニーランドの近くである。東京駅を上り下りする時に行き交うのは旅行者や観光客が多い。皆さん、人生を楽しんでいらっしゃるのだ。しかし、この対照にはいかに鈍感なアカショウビンでも暫し黙考せざるをえない。ミナマタやフクシマ、世界で絶えることのない戦火の地獄に人は他人事のようにテレビやネット映像をさらりと眺め過ぎ去る。アカショウビンとて大同小異といってもよい。しかし、朝の短い間の現実は様々な愚想を強いる。新聞記事には水俣の現在も垣間見える。アルバイトを終えたらさらに沈思しよう。

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リヒテルのベートーヴェン

 先日、中古店で買ってきたCDを聴き面白かった。リヒテルがキエフで演奏したライブを集めたなかの11集と12集である。1964年と1965年のシューベルトとベートーヴェンのライブが収録されている。今朝はベートーヴェンを聴き仰天した。シューベルトとベートーヴェンの晩年の31番のソナタが聴きたかったのだがベートーヴェンは18番とされる作品31の第3番と28番の作品101も収録されている。18番は他の演奏では聴いたことのない箇所もある。版の違いかもしれない。いずれバックハウスやケンプの録音と比較してみよう。しかし、それにしてもシューベルトもベートーヴェンもリヒテル流という演奏だ。そこにはリヒテルがスコアを読みこんだシューベルトとベートーヴェンが躍如している。特にベートーヴェンの31番の演奏はやはり傑出した、リヒテルのベートーヴェンと聴ける。それはライブの即興性もあるだろう。晩年のベートーヴェンの境地に演奏者が踏み込んで新たな視界を開いた衝撃とでもいうのだろうか、そのような思いで聴いた。それは一期一会という演奏だろう。ベートーヴェンの作品の世界というものがある。それは音楽という領域で体験し遭遇する鮮烈な経験である。或る深淵を覗く時とでもいえるだろうか。

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2018年11月 9日 (金)

声を挙げよ

 アルバイトを休み、昨日は歯の治療、本日は夜の高校時代の同窓会に行く。途中、図書館に本を返却、神田の古本屋も見て回りたい。古本は溜まるばかりで読むのが間に合わない。しかし残り時間は少ない。ダラけた日常に喝を打ち込む一行に眼を凝らさねばならぬ。
 昨年から読み続けているハンナ・アーレントは現今の内外の政治情況と激しく共振する。先の大戦後のハンナの論説は今こそ熟慮、熟読せねばならない。駅前では老人たちがスピーカーで呼びかけチラシを配布している。現政権への抗議である。その声、姿や好し。アカショウビンも署名し握手した。しかし、学生たちの声がか細い。それが歯がゆい。アカショウビンの歯はガタガタで内蔵はボロボロだが彼らの歯や内蔵、肉体は健康だろう。そこから知力をはたらかせ声をあげ新たな知の領域を開き給え。正に新たな世界の改築と構築が求められているのだ。
 アカショウビンも老骨に鞭打ち日々を生きている。若者たちとの共闘にいつでも立ち上がる用意はある。しかし体力の衰えはいかんともし難い。しかし、この困難の果に活路は開ける筈だ。

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映画寸評

 昨年、北海道でロケーションし撮影され年初に公開された『北の桜守』(滝田洋二郎監督)をレンタルDVDで観た。主演の吉永小百合さん120本目の記念作品で今や日本映画界の重鎮になりつつある滝田監督の作品とあっては心して観た。吉永小百合、北の三部作の完結作である。メイキングでは滝田監督の力の入れようがよくわかる。海難事故の場面は主演、子役と共に夜の海でスタッフに大声で叫ぶ様子も見られ、実に映画製作は監督、スタッフ、出演者の肉体労働なのだな、と痛感した。

 さて仕上がりはどうか。佐藤浩一、堺 雅人はじめ滝田組が主演を支え、出演者たちの監督、主演への敬意が溢れているのはよくわかる。しかし、そのぶん主演の存在が薄い。それはアカショウビンの吉永小百合という女優への過剰な期待によるものであろう。その姿の現在が観られたのは幸い。しかし生涯の傑作という作品が観たいのがファンの真情なのだ。ないものねだりかもしれぬ。しかしそれを新作に期待する、それがファン心理というものだ。既に生涯の傑作は撮られているかもしれない。『キューポラのある街』や『夢千代日記』 がそうかもしれぬ。しかし同時代を生きる幸いは新たな傑作を求める。監督も出演たちも渾身の努力を厭わない。それは作品を熟視すればわかる。しかしアカショウビンのようなへそ曲がりは未知の傑作が観たいのだ。

 それはともかく、滝田作品を観直すために、かつて感銘した『壬生義士伝』(2003年)を借りて観直した。主演は中井貴一。見事な主役を演じている。盛岡弁を徹底して習熟した成果が伝わる。その声と演技の醸しだす力が観る者を共振させるのだ。中井貴一は、この作品で一皮も二皮も剝けて俳優として脱皮したように思われる。俳優は監督、俳優仲間と切磋琢磨し成長する。高倉 健しかり、各名優たちしかり。吉永小百合もかくあるべし。

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2018年11月 8日 (木)

冥土の道行き

 この一、二週間、歯痛で堪らず歯科医に来た。何ヶ月ぶりで診察してもらうと前回の治療で様子をみようと中断していた箇所が悪化しているという診断。早速治療してもらう事に。老いの苦しみは身体のあちらこちらに生じてくる。同級生や知人にもガンで入院、手術という人達が年々増える。鬼籍の報もあとで知り慌てる。
 後手を引いては勝負に勝てる可能性は少なくなるばかり。日常生活を維持するためには先手の対応なのだろうが凡人には難しい。

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2018年11月 6日 (火)

歌姫考②

 ニーナ・シモンの録音が今朝の音楽である。三枚組の三枚目。『FORBIDDEN FRUIT』と『NINA AT NEWPORT』が入っている。前者は訳せば『禁断の果実』。多分、スタジオ録音だ。後者はライブ。これは、ここのところ聴いている『ライブ・トリロジー』にも収録されている。それにしてもライブがいい。それはともかく、『禁断の果実』はタイトルから推測する深刻さはない。むしろ終曲のタイトルロール曲はユーモラスでさえある。ニーナの野太い声は深刻さから愉快な曲まで実に幅広い。これが歌姫というより豊饒な歌心というのか歌壺から溢れ出る傑出した声の力である。それを見事に表現しているのが『ニューポート』の「LIL LIZAJANE」だ。極めつけは「YOUD BE SO NICE TO COME HOME」。ヘレン・メリルの名唱とは異なる、凄みあるニーナ版だ。何とも繰り返し聴いて厭きないニーナの声が素晴らしい。このような録音が聴ける悦びは過去からの呼び声が現在のアカショウビンを正しく鼓舞する。

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2018年11月 5日 (月)

麻生という大臣

 今朝の東京新聞のミラー欄で読者の記事に驚いた。大臣がカトリックだというのは初めて知った。閣僚の宗教は憲法で定められた信教の自由で問題はない。問題なのは投稿者が呆れているその発言の迂闊さと無知である。アカショウビンが呆れたのは憲法改正にナチスのやり口を真似ればいいではないか、という発言だった。そこで彼は己の歴史に対する無知を晒した。その無知、無能は大臣の資格なしだ。いつまで日本国の恥を世界に晒すのか。こんな政権に未来は託せないのじゃありませんか?日本国民の皆様。

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囲碁名人戦

 挑戦者、張翔が井山名人(以下敬称は略させて頂く)からタイトルを奪取した。七番勝負で初戦、第二局と連敗。井山名人の壁は高いか、と思ったが、そこは井山の前に無敵を誇っていた実力者。簡単に土俵を割らない。最終局まで持ち込み奪取した。その喜びはいかばかりか。奥様の泉さんや父親の小林光一九段の喜びの笑顔が眼に浮かぶ。井山は碁聖に続く失冠だがそこはまだまだ日本のトップ井山本因坊、直ちに巻き返すだろう。その闘いこそが勝負の面白さなのだ。そして日本棋士が一日も早く世界のトップに立つ日をファンは熱望する。

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2018年11月 4日 (日)

恩師の個展

 きのう、高校の同級生の車で八王子市で行われているという美術教師だった恩師の個展を訪れた。大阪の同級生からの知らせで。会場に着くと恩師は女性をモデルに創作にあたられていた。50年ぶりの恩師の姿は高校時代の精悍な面影を残しておられる。

 しばらく近作の展示を閲覧した。すると何と、アカショウビンの故郷の港の油絵があるではないか。他に田中一村の同じアングルの作品も。創作が一段落したあと友人と共に自己紹介。作品について訊ねると何と今年訪れたものという。それに驚き、一村のことなど暫し歓談した。プロの美術家として絵画、彫刻の制作を続けておられたことを知った。その作品の多くが何とも明るい図柄が多い。恩師が若い頃からのパワーを持続、継続されておられることを実感した。

 週に一度の授業で恩師は熱く美術について語られた。エル・グレコなどへの強い関心を熱く語っていたことを想い出す。その熱意を持続されていることに敬服した。この半世紀にヨーロッパからヒマラヤまで世界を回られ、土地の景観や人物を作品に仕上げられた。国内もあちらこちら周遊され、ことしは九州、奄美、沖縄を訪れられたのだ。まことに、その精力や凄し。美術に賭ける作家の情熱と熱意に感嘆する。会場では友人とカメラにおさまり半世紀の経過と現在を画像に留めた。その幸いやありがたし。他の同級生たちとの再会も約した。

 名残り惜しく会場をあとに近くの美術館で開催されているロシア美術展も訪れた。そこにもロシア絵画の名作が数多くあり、何とトルストイ晩年の肖像画の大作も。アカショウビンを含め多くの日本人がロシアの小説には若い頃に馴染んだ。その歴史の経過の一端が会場に伝えられている。閉館までの短い時間に作品をじっくり味わうことはできなかった。強い印象を受けた作品に集中し会場を後にした。少し心残りだったが何とも充実した一日を過ごせた。団地に戻り他の友人たちにも電話した。何とも半世紀の時が一日に集約した如くだった。その幸いを言祝ぐ。

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2018年11月 3日 (土)

冬支度

 先日、寒さに耐えかね、春に押し入れにしまった石油ファンヒーターを取り出し温まった。少し灯油が残っていて幸い。冬に備える時節になったのである。秋は短い、着るものも準備しなければならない。風疹が流行っているという。病を抱えたアカショウビンなど罹患すれば死活にかかわる。まぁ、ころっといけば楽かもしれないが。

 きょうは高校の恩師である美術教師の個展に友人と行く。ほぼ50年ぶりである。当時は美術の教師は二人いらした。アカショウビンが好きだっのは、当時から創作意欲が漲っていたT先生。授業では、好きだとおっしゃるエル・グレコの作品に対する感想を熱く語っていたことを想い出す。実物の幾つかにはだいぶ後に上野の美術館で正面した。絵画は、やはり実物を眼の前に対面しなければならない。きょうは半世紀近くの恩師の精進に正面できるのが楽しみだ。

 灯油も購入した。天気もよい。夜明けころには、ここのところ聴いているシューベルトのピアノ・ソナタも聴いた。何でも内田光子が帰国していて水戸でリサイタルを開いたらしい。久しぶりに内田の第21番変ロ長調のピアノ・ソナタ(D960)の1997年5月、ウィーンでの録音を聴いて尋常ならざる演奏に震撼させられた。今朝聴いたのはブレンデルの1987年12月のイ長調ソナタ(D959)の録音。悪くない。しかし不満なのだ。二楽章のアンダンティーノが。他の楽章はブレンデルの気迫が漲っている。しかし、この晩年のシューベルトの挽歌とも聴ける境地を表現するのは難しく好みが分かれると思う。まだ旧録音のほうがいいかもしれない。いずれにしても作品を味わうには様々な演奏家を聴いてみなければならないのだ。アカショウビンはこの10年くらい、内田やアンドラーシュ・シフを聴いて好ましかったのである。改めてシューベルトの作品に聴き入ってみよう。

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