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2018年10月28日 (日)

朝のモーツァルト

 今朝の〝音楽の泉〟の第一曲はモーツァルトのディベルティメント k136である。モーツァルト16歳。皆川達夫さんの解説では、二度目のイタリア旅行から故郷ザルツブルクに帰ってからのものという。先日、友人から送って頂いたDVDの録画で小澤征爾が2002年、ボストンを去りウィーンに移るころのNHKの特集番組を観た。その頃に小澤は帰国し東北の田舎で若い演奏家たちとキャラバンという演奏旅行をしていた。その時も同行したチェロの巨匠ロストロポーヴィチの提案という。小澤の指導で奏でる若い演奏家たちのモーツァルトが実に瑞々しく透明感に溢れた演奏だった。

 今朝の演奏はボスコフスキー指揮のウィーン・モーツァルト合奏団の録音。それはプロの奏する異なる味わいだがアカショウビンは小澤と若い演奏家たちの演奏のほうが面白かった。それは16歳のモーツァルトと同世代の若者もいるだろう姿が若きモーツァルトの童顔を想像させて興味深かったのだ。小澤は彼らしい熱情で若い音楽家たちにモーツァルトの音楽を伝授する。それは師の齋藤秀雄が繰り返した「もっと歌え」という教えだろう。モーツァルトの音楽の歌を小澤は求めているのだ。若い演奏家たちは繰り返される練習、というより稽古の中から小澤が求める歌と音を醸しだした。それをクラシックを初めて聴く土地の老若男女に伝える。それは音楽を介した人と人との間に通じるささやかな狭路の如きものだが人間存在に生じる奇跡の如きものともいえる。旅に同行したロストロポーヴィチはハイドンの協奏曲を演奏する。その稽古の過程での若い演奏家たちとの交流も音楽という手段で巨匠と若い演奏家たちの技術を超えた魂の伝達が行われていると思えた。モーツァルトの一生の一場面を聴く面白さはアカショウビンには残り少ない娑婆での悦びである。

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