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2018年10月19日 (金)

憂き世を浮き世に

  先日膀胱全摘手術をした高校の同窓生TO君の見舞いに同じ同窓生NA君と行ってきた。その病院は重なる引っ越しでアカショウビンがかつて棲んでいたところから電車で数駅向こう。周囲の風景はアカショウビンが棲んでいたところとよく似ている。近くを川が流れ白鷺がゆったりと飛んでいる。病室の窓から見える景色をTO君は気に入っていると話した。アカショウビンも手術後のリハビリで同じような河べりを散歩するのが日課だった。TO君は未だ外出できないが点滴を支え持つTO君の姿は正しく三年前のアカショウビンの姿である。TO君は入院中に描いた鉛筆画の幾つかを見せてくれた。彼には退屈を凌ぐというよりこの数年鉛筆画を描くことが仕事となっている。それは趣味の域を越え彼の作品が売れるようになっているからだ。その幸いは家族が遭遇した窮地を乗り越える過酷と苦闘から生み出された。数年前には鬱病でも苦しみ絵も描けなかったと病を乗り越えたとき話していた。まことに生きる苦しみと悦びは裏腹なのである。
 病院を去りかつて乗り降りした駅を過ぎた。引っ越しを手伝ってもらったNA君と一杯やりかつて棲んだ街をゆっくり歩きたかった。しかし図書館に注文しておいた本を借りる期限があり帰途についた。
 スーパーでワインとツマミを買い込みバスに。DVDも借りた。福岡の同窓生にもラインでTO君の写真を送付した。帰って久しぶりに観たDVDは 『スウィング ガールズ』(2014年 矢口史靖監督)。少し鬱屈した気分を逸らしたかったのだ。少し冗長だが女子高生たちがビッグバンドジャズに取り組んでいく姿が面白いのである。方言指導はもっと徹底したほうがよいと思う。しかし家族やアカショウビンも経験した高校生の生態が落語を見るように面白く描かれている佳作なのだ。南島育ちのアカショウビンには夏冬でがらりと変わる東北の地方都市の風景が和めるのだ。圧巻は最後の晴れの舞台の演奏。ジャズに熱中したアカショウビンの若いころの記憶が甦る。デューク・エリントンの名曲が次々と思いだされる。「シング シング シング」を演奏する高校生の姿が眩しくもみごと。ジャズの素晴らしさを映像は見事に捉えている。久しぶりにビッグバンド・ジャズを聴きたくなった。

  TO君、共に憂き世を浮き世として彼岸に達しようではないか。アカショウビンもジャズや西洋古典近代音楽を聴きながら余生を生き凌ぐ。最後のクレジットで流れるナットキングコールの名曲が心に沁みる。

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