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2018年9月 4日 (火)

漂い沈み、また浮かぶ

 病を抱え凌ぎの毎日の中で時に映像や音に集中する。昨夜は映像、今朝はモダンジャズ、リヒャルト・シュトラウスのオペラの古い録音に集中した。しかし、それは古く、新しい。そのような日常の中に生ずる至福の時がアカショウビンが生きる悦びとなり生起する。
 新聞には内外の世相が記されている。それを読みアカショウビンも娑婆に生息している事を確認する。残りいくらあるか知れない時を現存しているのだな、と。
 漂い、沈み、浮かぶなかで書物の数行にも瞠目する。「用象性」という漢語などに。新宿で乗り換え。台風の余波で雨が強くなっている。電車の車内では読書に集中もできない。昨夜観たのは『死刑台のエレベーター』。ルイ・マル監督の佳作である。先般、監督の訃報を知ったときにレンタルショップで探したがなかった。ところが友人のI さんが録画したDVDを送ってくれた。それを昨夜観た。物語の細部は殆ど忘れている。しかし、若きジャンヌ・モローの姿は女優の盛りの時期を留めている。マイルスの演奏も映像と音楽の掛け算効果を醸し出している。
 これから、アルバイトだ。沈み、また浮かび、肉体労働に集中しなければならない。

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