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2018年9月16日 (日)

老いの本質②

 老いの本質とは何か?という問いに一つの回答は、死の覚悟を促される時を生きる、とは如何だろう。アカショウビンは現在の高齢化社会のなかでそれほど高齢であるわけではない。しかし、三つのガンを抱え余命は平均寿命まで生きられるとも思えない。三つのガンの手術から三年、生きながらえているのは世間一般の常識からすれば不思議とも思われるだろう。しかし、生きている。その間にアカショウビンの晩年の思索と経験を記し残しておこう、というのがこのブログの主旨であることは再確認しておきたい。
 死を覚悟する、とはハイデガーの哲学論である。若い頃に主著である『存在と時間』を読んで以来、この著書他の講義録、対談・論争、晩年の少人数でのゼミナール記録などあれこれ読んできた。その論考は、そう遠くない死を予期するなかで生きるアカショウビンには刺激となり啓発されるのである。しばらくは、この問いの近くに接近し考察を深めていきたい。

 女優の樹木希林さんが亡くなられた、の報をネットで知った。心から追悼する。この数年で晩年の作品は幾つか観てきた。河瀨直美監督の『あん』や是枝監督の『歩いても 歩いても』などの作品で、その存在感は映画好きのアカショウビンには心に響き、沁みる映像だった。ガンは公的に伝えられていたからファンはじめ多くの人々が知っていたかもしれない。しかし、老いて仕事に集中し晩年を生きられたことと思う。それが多くの人々に伝われば女優という生き方の一端は多くの人の共感が得られるかもしれない。フランスや外国の映画ファンに、その存在は気に留められていたに違いない。明日はテレビや新聞で多くの報道がされることだろう。老いと病を介した死は、この高齢化社会のなかで一つの死かもしれない。しかし、死は人間という存在が先駆的に自覚するもの、というのがハイデガーの論説である。その是非を含めて更に考えていきたい。

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