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2018年8月 2日 (木)

十六年間の時の変化

 十六年間という時は、生れた子供が中学生から高校生へと成長し親から社会の他の人々との付き合いも増えて社会への関心も高まっていく時期である。子育てはゼロからの十六年だが指揮者とオーケストラの十六年は技術的にも人間的にも成熟した大人のプロ同士の付き合いである。サイモン・ラトルとベルリン・フィルハーモニーが6月19日と20日に行った〝フェアウェルコンサート〟の様子が放送され、友人のIさんから録画DVDが送られてきた。曲目がマーラーの「交響曲第6番イ短調」というので興味深く観聴きした。昨年からマーラー作品をよく聴き6番もいくつの録音を聴いてきたからだ。その前にはラトルや団員にインタビューし構成した映像も見られたのは幸い。実に興味深いラトルのコメントや団員の面白い話が聞けた。

 先日、読み終えたアルマ・マーラーの『グスタフ・マーラー 愛と苦悩の回想』によれば、この作品は夫婦にとって特別の意味をもつという。

 「彼のどの作品も、この曲ほど心の深部から直接に出たものはない。その日私たちは二人とも泣いた。音楽とその予言する内容は私たちを深く感動させた。≪第六≫は彼の作品の中でも、もっとも個人的な内容をもったものであり、同時に予言的な作品でもある。≪亡き子をしのぶ歌≫においても、≪第六≫においても、彼は自分の生涯を音楽の中に予言したのだった。彼の上にも運命の打撃が三度加わり、その三度目で彼は倒れた。しかし、その頃はまだ平穏であった。彼はこの作品の偉大さを意識していた。彼はまだ枝が茂り花の咲く木だった」(昭和62年 中公文庫 p134 石井 宏訳)

 このような回想とともにラトルとオーケストラが演奏する映像を観れば興趣は尽きない。団員の一人はベルリン・フィルを父親から譲り受けた外国製の大型車で馬力はあるがコントロールするのが難しい車に喩えた。なるほど上手い喩えだ。ラトルは、自分の音楽を伝えるために様々なコメントを伝える。そのなかでもっとも興味深かったのが次の言葉。「十代の頃に気づきました。 私の好きな指揮者は人間味のある演奏をする人だと。私はトスカニーニより、ワルター派だったのです」。リズム感に鋭く、カラヤンのように音の響きを重視するのではなく、分析型で、かつ人間味のある指揮者、それが16年間かけて就任前のオーケストラの音を自分流に変えた音楽であることがリハーサルの遣り取りでよくわかる。それはカラヤンのような独裁者とは異なる、自由な発意が交流する人間関係、時空間がそこに生じた、ということである。前段のラトルのコメントで、私はハイドンが大好きで、彼と食事をし話をするのが夢だ、と語るところにアカショウビンは深く共感する。ベルリン・フィルを退任し半年の休暇の間、毎日ハイドンのピアノ・ソナタを弾くのが習慣になった、という話も実にいいではないか。ハイドンの偉大さを知る指揮者も演奏者も音楽を共に語りあえる人々である。今後は家族と共にホール近くに住み国立歌劇場での仕事が多くなるらしい。その様子も映像で観られるのを楽しみにする。

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