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2018年8月11日 (土)

人間の、すっことじゃなか

 『母と暮せば』(2015年公開)のなかで、息子の墓参りに出かけた母と息子の許婚者は1945年八月九日の午前11時2分、原爆投下の時間に他の墓参りの人々と共に投下の方角に向けて手を合わす。その前に中年の男が「人間のすっことじゃなか(することではない)」と言葉を絞り出す。それが、この作品のメッセージの一つである。映画がプロパガンダであるとするなら、メッセージを伝えることでもある。DVDで何度か観直した。音楽は坂本龍一氏。メイキングでは山田洋次監督は幾度か注文をつけ諒解する。坂本氏も監督の思いに応えるべく、苦心を重ねたと思われる。

 この作品が井上ひさしさん(以下、敬称は略させて頂く)により山田監督に渡されたバトンであることはメイキングで語られる。『父と暮せば』は黒木和雄監督によって映画化された。アカショウビンも公開時に岩波ホールまで足を運んだ。その後、DVDで何度か観直した。そこには黒木監督の執念の如き映像化が定着している。黒木監督が最初に原爆作品を撮った『明日tomorrow』は井上光晴の原作である。これはアカショウビンには新藤兼人監督の一連の作品とは異なる視点であることが鮮烈だった。広島出身の新藤監督と福岡県久留米出身の『全身小説家』(原一男監督)、井上は、原爆を映画化、小説作品で文字化することは同じ執念の如きものである。そのような意志を山田も継承しているのだ。数年前に観た黒木作品は幾つかDVD化されている。この夏にそれもあらためて観たい。73年目の夏に国政は非道を繰り返している。それへ抵抗の意志を突き付けねばならぬ。

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