« 労働の日々 | トップページ | 没我し、忘我し、興じ、騒ぐ人々 »

2018年6月 5日 (火)

マーラーからハイドンへ

 マーラーを聴き続けるとハイドンが聴きたくなるのはアカショウビンのたんなる気分である。ところが、その安らぎというのか、心地よさは格別だ。その原因は、ソナタ形式というウィーンを中心とする都市の周辺で展開された音楽風土によるものだろう。その音楽はこの極東の島国でも聴ける幸いの何たるかは明らかにしたい、それがこの娑婆世界でのアカショウビンの願望だ。それからするとモーツァルトさえ聴かなくてもよいとさえ思う。それはまた別のアカショウビンの気ままな我儘なのだが。

|

« 労働の日々 | トップページ | 没我し、忘我し、興じ、騒ぐ人々 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111335/66796865

この記事へのトラックバック一覧です: マーラーからハイドンへ:

« 労働の日々 | トップページ | 没我し、忘我し、興じ、騒ぐ人々 »