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2018年6月24日 (日)

ブルーライト・ヨコハマ

 是枝和裕監督の『歩いても歩いても』で、表題のいしだあゆみの大ヒット曲が実に巧みに活用されている。先日、レンタルで借りてきて熟視した。カンヌの受賞も『誰も知らない』以来の一連の作品に対する敬意によるものと理解される。心から悦びたい。日本映画としては今村昌平監督以来の快挙というのも日本人として誇らしい。最新作も近く観るつもりだ。

 旧作では『そして父になる』も観た。劇場公開以来で、DVDの良さは劇場ではうっかり見過ごしたシーンを繰り返し見ることができることだ。監督の演出意図、出演者たちの演技、音楽効果など、確かに〝神は細部に宿りた給う〟のだ。そして映画とは黒澤 明がいみじくも述べたように音と映像の掛け算なのだ。それは掛け算というより連立方程式、微分、積分ともなる。その結果が洋の東西、南北、民族を超えて人間たちに伝わる。

 『そして父になる』では、バッハのゴルトベルク変奏曲がみごとに引用されている。この音楽センスはフランスやドイツの観客にはわかりやすい筈だ。是枝監督の子供の演出の上手さはこの作品でも冴えている。一つの家族のなかで親と子、祖父と孫、たとえそれが血がつながっていなくとも、世代を超えて人と人はつながることができるものだという事を是枝監督は緻密に伝えている。

 アカショウビンには中学から高校の頃に聴いた「ブルーライト・ヨコハマ」が久しぶりに脳裏に蘇えった。中高年世代には甘酸っぱい青春の音楽が心に沁みるだろう。

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