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2018年5月 8日 (火)

スウィング

 引っ越しから一年。北関東の越谷からの転居からすれば約二年。西東京の町田市は面白いところだ。一年間棲んだ玉川学園前の仮り住まいでは、横田基地が近いせいだろう、ジェット戦闘機の轟音に同居人さんも二頭の大型犬もアカショウビンも悩まされた。片足を手術で切断された一頭は遥か遠くの飛行音にも怯え、部屋の隅に小さくなっていた。アカショウビンはといえば、沖縄の米軍基地の横暴に抵抗するウチナンチュの怒りのいくらかでも体験できたことは幸いの如きものであった。沖縄に住む高校時代の同級生は、かつてアカショウビンが母の看取りで大阪に引っ越し棲んでいたころ、夏に彼が奥さんと一緒に上阪したときに他の同窓生たちと高校時代以来会ったおり「住んでみないと、あの騒音(飛行音の不快)はわからないよ」と語っていた。

 それはともかく。表題は町田市の中古屋通いで手に入れたCDやDVDを聴いて今朝はこのところの鬱屈から逃れる切っ掛けの如きものを感得したことによる。『ビレッジ・バンガードの大西順子』を聴いて面白いのだ。1994年5月3日から8日にかけてヴィレッジ・ヴァンガードに出演したときの録音だ。ライブの緊迫感と真剣勝負ともいえる緊張感とスリリングは、日常の陳腐と疲労感に支配されるアカショウビンの精神に禅の喝のごとき作用をもたらす。戦後渡米し日本人ジャズ・ピアニストとして認められた秋吉敏子いらいの快挙だろう。近年では上原ひろみか。アカショウビンの愛聴する女性ジャズピアニストとしてはユタ・ヒップの再来の如き人として登場した。

 解説によれば、ヴィレッジ・ヴァンガードは、オーナーのマックス・ゴードンが他界して以来、未亡人のロレイン・ゴードン女史がマネージされているという。ロレインはジャズの殿堂を守るミューズと解説氏は記している。このロレインが大西の演奏を「スウィングしている」というのが出演の決め手になったようだ。その録音を聴いて、アカショウビンも納得するのだ。アカショウビンが長年務めた会社の仕事のついでにヴィレッジ・ヴァンガードを訪れたのは1990年だ。ジャズの聖地ともいえるクラブの一つは偶然の機会のように訪れた。ニューヨークでの約10日近くの滞在でヴィレッジを三晩、「ブルーノート」を一晩訪れた。ヴィレッジのライブはつまらなかった。しかしジャズ・ファンとして義理は果たした。そのヴィレッジに日本人女性ピアニストが出演した録音は繰り返し聴いて楽しい。冒頭の〝ソー・ロング・エリック〟のハーリン・ライリーのシンバル・ドラムスが絶妙。ライブ開始のソロとしては絶品の演奏だ。観客の反応も正直。大和撫子は確かに名門クラブへの登場で更なる成熟への入り口に立ったのである。近況は如何であろうか。

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