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2018年4月 8日 (日)

浜田知明の作品群②

 浜田は帰国後、1948年から9年間、川崎市の登戸に住み、1957年、郷里の熊本に戻った。1960年の<女>は、浜田の芸術的独創がピカソを超えていると思える。<噂>(1961年)もイロニーと諧謔に溢れ、浜田の面目躍如。<狂った男>(1962年)は、現代人の我々の姿を浜田の透徹した視線が暴いた作品だ。

 ヨーロッパ旅行をした時に浜田は一枚も写生せず、ルーブル美術館に通い詰めたという。帰国してからの『わたくしのヨーロッパ印象記』の一連の作品は、その経験が反映している。<ロンドン塔>(1969年)などは、浜田作品に新たな境地が開かれたことがわかる。<ドーバー海峡>(1970年)は、ファンタジーさえ醸しだす、浜田の視角、視線を表出している。<ウィーン>(1970年)も浜田ならではの視線だ。音楽の都の異なる姿が活写されている。<晩年>(1972年)は、時間と空間を視角化し、哲学的でさえある。1973年の<長田 弘詩集飾画Ⅱ>は、これまた哲学的で、詩人の作品に啓発された浜田の詩想の産物の思いがする。

 1970年代に浜田はノイローゼになったらしい。それを逆手にとり浜田は作品にする。<アレレ・・・>(1974年)は、子供も興味を持つだろう作品だ。アカショウビンの世代には子供の頃に馴染んだ赤塚不二男のレレレのおじさんを連想する。<せかせか>(1975年)は、水木しげるの世界とも通底するようだ。<いらいら(B)>(1975年)も。遡って<飛翔>(1958年)は、既に浜田が未来の人間共の世界を先取りしている感がする作品である。浜田は若いころ、ゴヤの晩年の版画に強い影響を受け版画の道を探った。

 『曇後晴』 顔(1976年)はノイローゼ患者の自覚症状を視角化した面白さ。お先真っ暗な病の深さを現象化しているようだ。同じ<心情不安定>も病による平衡感覚の不安定さを絶妙に表出しているではないか。(この稿続く)

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