« 春は残酷な季節か | トップページ | 定期検診 »

2018年4月 3日 (火)

浜田知明の作品群①

 先日観た感想を介し再考しよう。

 浜田さんの作品を知ったのは今から10年前くらい前だ。NHKか民放で特集をしていたのだろう。それは痛烈な印象を受けた。代表作<初年兵哀歌>だけではない。先の大戦で一兵士として中国戦線に召集され戦争の惨禍を体験した記憶を戦後に版画として表現した執念に裏打ちされた作品群は何としても実物に正面したいという衝動に駆られた。昨年百歳を迎えられたことは戦争の現実を知らない私たち多くの日本人にとって幸いというしかない。現在の世相を介すれば、その作品は痛烈な批判精神として駆動する。都内や神奈川に住まわれている方々には是非ご覧頂きたい。8日の日曜日まで開催されている。

 浜田(以下、敬称は略させて頂く)の代表作の一つ、1954年に創作された<初年兵哀歌(歩哨)>は先の大戦を経験された方々や戦争を経験していない私たち後の世代でも歴史事実を辿った者なら誰でも或る直感で理解するだろうが、そうでない人たちや外国人には説明を要する作品である。アカショウビンは映画作品などで、その光景が映像化されただろう作品を観てさらに想像を重ねる。俳優の田中邦衛がそれを演じた。

 <初年兵哀歌>(銃架のかげ)、は野間 宏が評価し浜田の作品が次第に注目されるようになった。(便所の伝説)は首を吊った兵士の姿。(ぐにゃぐにゃした太陽がのぼる)、の太陽はまるで宇宙船のようだ。浜田の視角に風景はこのように変形し表現される一つの典型のような作品だ。

 兵士の孤独と願望は頭が割れ、金具で留められ片目は破壊された無慚な姿として再現される。兵士は宿舎から巨大な手と腕が救いを求め伸び出している。それも虚しく絶望は彼らを支配するのだ。

 この展示会の象徴ともなっている<風景>(1952年)、は腹の膨れ上がった、恐らく強姦されたあとに殺された妊婦かもしれない、女の黒い屍を冷徹に表現している。それは戦場の日常が象徴された作品として選ばれたのだろう。(山を行く砲兵隊)、の中央部分近くの車輪は天皇の軍隊の象徴である菊の紋章のようにも見える。

 (陣地)、は地中に掘られた空間が面白い。アカショウビンは、ベトナム戦争時のベトコンの地下トンネルを想起する。(絞首台)、は殺された男の素肌の死体である。浜田は次のようにコメントしている。「一億総懺悔などといい加減な言葉さえ生まれました。戦争中の軍部とその同調者の横暴を腹に据えかねていた私は、せめて自分の作品で彼らを絞首台に架けたのです」。そのコメントに一連の作品群の痛烈なテーマの一つが凝縮されているではないか。

 <刑場(A)、((B)>、は浜田の視線の極北と思える。それはアウシュビッツの惨禍にも回路を開き通底している。

|

« 春は残酷な季節か | トップページ | 定期検診 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111335/66569543

この記事へのトラックバック一覧です: 浜田知明の作品群①:

« 春は残酷な季節か | トップページ | 定期検診 »