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2018年3月25日 (日)

朝のドビュッシー

 NHKラジオの「音楽の泉」はドビュッシーの晩年のソナタ作品を取り上げている。初めて聴く。ドビュッシーがフランス風と但し書きした絶対音楽、ソナタにしたのが彼の意図を示している。チェロ・ソナタに続きヴァイオリン・ソナタの演奏者は何とオーギュスタン・デュメイとマリア・ジョアン・ピレシュである。これも不可思議な縁というものだ。ベートーヴェンだけでなくドビュッシーやラベルも、この二人は演奏している幸いを言祝ぎたい。これはありがたい冥土の土産だ。一楽章のスペイン風の雰囲気から一転して二楽章は間奏曲風。皆川氏の解説によれば「一抹の抒情も感じられる」と。ドビュッシーは晩年の癌との闘病中に、これらの作品を書き続け三番目を完成することができなかったと言う。

 ドビュッシーの作品はドイツ音楽好みのアカショウビンには馴染みの少ない作品が多いが、ピアノ曲はあれこれ聴いてきた。昨年の一月に聴いたチョ・ソンジンのショパンの前奏曲に感銘し、ショパンに対抗したと思われるドビュッシーの前奏曲集を以前聴いた内田光子の他にコルトーやシフラなどで聴き比べた。それもこれも不思議な縁というしかない。

 ヴァイオリン・ソナタの三楽章はスペイン風に戻り快活に終わる。続いて1915年に作曲されたソナタ。フルートも起用され「牧神の午後への前奏曲」のパッセージも聴きとられるではないか。ここでドビュッシーは自作の独創を回顧しているようだ。

 ここのところマーラーを集中して聴いているせいか、ドビュッシーの「フランス風」が新鮮だ。マーラーも因習に満ちたオーストリア風から脱却、突破しようと苦闘し歌劇場指揮者から作曲に転じ新たな境地を開いた。恐らくドビュッシーも同じ気概で作曲に没頭したのであろう。二人とも長寿はまっとうできなかったがモーツァルトよりは長く生きた。その足跡を辿れる私たちは幸いである。きょうは、改めて前奏曲集も聴き直してみようか。

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