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2017年12月18日 (月)

悼みと響き

  伯母の訃報を従兄との電話で知った。92歳、大往生と思いたい。しかし、アカショウビンと一つ違いの従弟を若くして亡くした経緯を従兄から聞いた話では伯母は長男の突然死の悲しみを畳を叩き泣き叫んだという。親より早く逝く不幸はかくの如し。それから次男と従姉家族との愛情で家業を守り長寿を全うされた。従妹に電話し、その様子を聞いた。アカショウビンが還暦同窓会で父の逝去以来、二十余年ぶりに帰郷したときに伯母の家を訪問した。従弟とは会えなかったが従姉と従弟の奥さんが迎えてくれた。長男の従弟と伯父の祭壇に手を合わせ暫し此の世の縁を偲んだ。我が家とは宗旨が異なるカトリックの伯父夫婦とは生前、様々な確執があった。アカショウビンの母や弟、従兄姉妹たちとの確執はアカショウビンが故郷を離れて風の噂で聞いた。学生時代から社会人になり、故郷での一族の確執からアカショウビンは逃れて都会の喧騒のなかで放蕩の如き生活を続けた。そのような生活を両親は心配したのだろう、家業をたたみ大阪に移住していた両親は深夜バスでアカショウビンのアパートを訪れたことがあった。六畳一間のアパートでアカショウビンは、その日暮らしのような、父から言わせればルンペン生活で凌いでいた。それから、しばらくしてアカショウビンは零細業界紙に職を得て世間並みのサラリーマン生活に就いた。就職いらいボーナスも出て大阪に正月を過ごしに行くときはいくらかの金を家族に渡すこともできた。業界紙という世界にも次第に慣れた。その間に訃報が少しずつ届くようになった。此の世は無常ではない。いつか終わりがくる。従弟の突然死も、まさかという時に降ってきた天変地異の如く届いた。まさに此の世は無常で無情なのである。従弟の死はカソリックの信仰を偲び、マーラーの「復活」を聴き、悼んだ。“原光”の独唱が心に沁みる。終楽章の復活の死と再生の願いがあるとするなら、伯母の霊よ、息子と伯父の元へ静かに至り給え。アカショウビンもいずれ再会することもあるかもしれない。その折は故郷での確執を超えて故郷の食事と歌と踊りで歓談しましょう。

 

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