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2017年11月15日 (水)

将棋の日

  17日は〝将棋の日〟。ミニコミ紙の見出しで気付いた。NHKテレビでも日本将棋連盟主催のイベントを毎年放送していた。ここ数年、退職、入院・手術、引っ越し続きですっかり忘れていた。今年は藤井フィーバーで視聴率もあがることだろう。

  先日、友人から映画『聖の青春』の録画が送られてきて試写会の時以来再見した。将棋指しの世界をよく撮った秀作である。世間からすれば異様で過酷な不思議な業界だろう。しかし、それに賭ける棋士たちの生き様は少なからずの人々に共感を得るものと思える仕上がりになっている。俳優たちも渾身の演技で応えている。レンタルショップでも借りられるので将棋を知らない人にも観て頂きたい。その感想は改めて書きたい。

  映画に関しては先日観たМ・スコセッシ監督の『沈黙』を観て同監督が28年前に原作を読んだ頃に制作した『最後の誘惑』をレンタルショップで借りてきて観た。イエスとキリスト教への監督の関心は欧米や日本でも多いことと思う。アカショウビンも若いころに遠藤作品を読むなかで現在まで関心を持続している。原作も文庫で新たに購入し読んでいるところだ。映画は原作を忠実に再現していることがわかった。しかし映像と活字では当然ちがいがある。それはそれで興味深い。それは『最後の誘惑』でも同じだろう。原作は読んでいないけれども、そこで監督の想像力、構想力がいかんなく発揮されていることを改めて確認した。

  『沈黙』の主題は重い。いうまでもないが、それはイエス、キリスト教を介してユダヤ教や西洋文明にまでそれは広がる。それは改めて考察したいアカショウビンにとっても重要な主題のひとつである。

  昨日は都内の病院に足を運び手術の説明をきいてきた。新たに出来た部署で懇切丁寧な説明を受けた。主治医にそれを伝えブログでもヨイショしておきますよ、と。主治医も笑って応えてくれた。患者が多く手術は年末か年を越すことになりそうと言う。それまで頓死することもないだろうが何が起こるかわからない。無事、手術にまでこぎつけ生還できればゆるゆると最期の日まで四苦八苦しながら娑婆の生を全うしたい。

  村山聖とは膀胱がん同じ病という縁もある。次の手術は昨年と同じ下咽頭癌だが、死に至るまで些かの抵抗はせねばなるまい。その経緯は出来るだけ書き綴っていく所存だ。

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