« しのぎと雑感 | トップページ | 将棋の日 »

2017年11月12日 (日)

楽聖の若き頃

  先日、小澤征爾氏(以下、敬称は略させて頂く)とマルタ・アルゲリッチの最新CDが発売された事で記事を書いた。そのあと、手持ちのCDが引っ越しの段ボールを整理した中から偶然のように出てきた。アルゲリッチが1992年にアムステルダム・コンセルトヘボウ管と共演したライブ録音である。モーツァルトの25番の協奏曲とベートーヴェンの第1番協奏曲がカップリングされている。これを購入したのはモーツァルトのほうをシモン・ゴールドベルクが指揮しているからだろう。オーケストラはネーデルランド・チェンバー・オーケストラ。ベートーヴェンの指揮はハインツ・ワルベルク。このヴァイオリニストは後年指揮もしていた。それが聴きたかったのだ。しかし改めて聴いて、このCDの収穫はベートーヴェンのほうであることがわかった。モーツァルトは1978年の録音。ベートーヴェンは1992年。14年という時の隔たりは人には誰でも大きい筈だ。その間のピアニストの成熟とも成長ともとられる変化を一枚のCDで聴くことができるきことは幸いである。これを聴いてほかのピアニストのものも聴き比べた。先に聴いたバレンボイムの他にグルダ、バックハウス。これらと比べて繰り返し聴いて増々味わい深いのがアルゲリッチ盤である。特に第2楽章のラルゴは正に独壇場。その運指は神がかった風情が漂っていると言ってもよい。ライブの一回性とはこういうことを言うのだろう。聴衆もピアニストも指揮者もオーケストラの一人一人もこの一回性を体験した。この事実が記録されている幸いを言祝ぎたいのだ。

  そのピアニストが25年後に同じ作品を小澤と指揮した録音が貴重でない筈がない。しかし、それはいずれ聴くとして、しばらくはアルゲリッチ盤と他の盤を聴いて過ごす楽しみができた。

  また楽聖の若き作品を聴くことは消耗する日常に力を得る時である。交響曲の一番はヨッフムの最初の全集を聴いた。何とも清冽で、弾むリズムが心地よい。楽聖最初の交響作品に対する指揮者の気迫と気合、意気込みが素晴らしい演奏となっている。それは現在を生きるアカショウビンに精神と気力を励起させる。

  朝のNHKラジオ「音楽の泉」ではピアノ・ソナタ〝ワルトシュタイン〟をアルフレート・ブレンデルの演奏で放送している。これは偶然のようで偶然とも思えない。見事な演奏だ。

  引っ越しで未整理の本を整理していたら『ベートーヴェンの人間像』(近衛秀麿 昭和45年3月10日 音楽の友社)という本が出てきた。これまた偶然のようには思えない。それはまた別の話だ。

|

« しのぎと雑感 | トップページ | 将棋の日 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111335/66035250

この記事へのトラックバック一覧です: 楽聖の若き頃:

« しのぎと雑感 | トップページ | 将棋の日 »