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2017年10月 2日 (月)

終活と就活

 先週でアルバイト先の現場は終了。他の現場に明日から行く。しかし、これまでよりかなり遠方。行きは新宿から車で千葉まで。帰りは電車という。交通費はでない。それでも仕事があり日銭が入るだけでもありがたいではないか、というのが世間相場というものだ。年相応に楽隠居というわけにいかないのは不徳の致すところ。正しく自業自得である。病を抱え終活とやらもしなければならぬが就活のほうが先である。
 本日は、終活に向けて築地へ。昨年の下咽頭がん手術、入院から一年以上が過ぎた。一ヶ月の入院予定が10日間で済んだのは経済的にはありがたいことだったが術後の経過による病院側の都合もあるのだろう。とにかく退院後はアルバイトで凌いできた。何とか緩やかに終末に向かい到るのだ。そこで音楽の力は不可欠。昨夜はマタチッチのベートーヴェンをN響の録画で見聞きできた。今朝は今井信子さんのヴィオラのCDで。シフとヴェーグのモーツァルトも聴いて心身に力を吹き込んだ。季節は既に秋である。何とか一年生き延びた。残りどれだけ持ち時間があるのか。人には寿命がある。落語の「死神」ではないが頓死もある。しかし、死は先駆的に覚悟される。この十年はアカショウビンにとってその過程の時であり続けている。本日の治療で我が身体にどれほどの効果があるか知らぬ。しかし、乗りかかった舟を降りるわけにもいかない。現代医療のシステムに身を任せ最後に向け些かの抵抗を試みるだけだ。
 朝の通勤時に乗客の表情はけだるい。青い月曜日なのだ。もう何度通ったか知れぬ路線で病院に向かう。スペイン語が突然聞こえる。オリンピックに向けて海外から訪れる外国人は格段に増えているのだ。築地もそうだ。それはまた国際的な人の賑わいはいいものだ。若い女が片言のスペイン語でスペイン人と会話しているのは微笑ましい。さて、本日の治療はどうなるやら。前回の内視鏡操作は荒っぽかった。些か不安でもある。
 10時前に終わった。何と施術は主治医だった。待機中のテレビ説明では5分から10分というのが20分くらいはかかったろう。麻酔をしているとはいえ時々喉の奥にあたるのがわかる。喉の何カ所かにがんがあるのだろう。「ここは照射かな」などと付き添った若い医師とディスプレイを見ながら話している。
 検査、治療とはいえ器具で喉を掻き回すのだ。拷問のようなものである。終わって30分間の休憩だ。
 一休みし、これから会計。さて、いくらかかったのか。アルバイトで稼いだ日銭は湯水のように出ていく。

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