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2017年6月10日 (土)

人生は音楽の時間のようなものか?

 あらゆる時間は過ぎ去るけれども、/グールドの時間は過ぎ去らない。/聴くたびに、いま初めて聴く曲のように聴く・・・/人生は、音楽の時間のようだと思う

 長田弘の詩をきのうの東京新聞の〝筆洗〟は引いている。グールドが弾くワーグナーの楽劇〝ニュルンベルクのマイスタージンガー〟のピアノ演奏に詩人は共鳴したのだ。その前節で詩人はこうも書いている。

 芸術は完成を目的とするものではないと思う。/微塵のように飛び散って、/きらめきのように/沈黙を充たすものだと思う。

  きらめきのように沈黙を充たす、の言や好し。グールドの9分32秒の演奏録音でなくともそういう時間を誰しも経験したことがあるのではないか。引っ越してから段ボールの中に入ったままのCDやレコードが出てきて新鮮な気持ちで新たに聴いている。そのうちグールドの〝ニュルンベルク~〟も出てくるかもしれない。そのとき詩人と同じように感ずるかどうかは定かでないけれども。

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