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2017年5月14日 (日)

長閑な日曜日

 ここのところアルバイト疲れから抜けだそうと心身がもがいていいるのであろう音楽や読書に少しずつ集中しようという欲求が生じているように思われ今朝は早めに目が覚め読書にも二時間近く集中した。一昨年の入院前から習慣になっているNHKの将棋、囲碁、〝日本の話芸〟という番組は日曜日の日課のようなもの。本日の将棋はマスコミで話題にもなっている藤井聡太四段の登場である。いつものように番組終了までの熱戦かと思えば時間を余しての終局。途中見逃したが疾風の如き終盤の寄せだった。きのうの新聞では連勝記録を17に伸ばしたという。どうもその強さは本物のようだ。こうなると当然比較されるのは羽生である。羽生の実績に至るまでは長い道のりではある。将棋界にとっては話題作りと棋界にとっても久々の大型新人の登場で内外ともに活況で何よりだ。

 先日は「3月のライオン」の後篇を観て来た。なかなかの仕上がりで4時間以上の大作になった理由を納得させられた力技ともいえる。これまた将棋界、将棋ファンにとっては悦ばしいかぎり。そんななかで時に想い起こされるのは小池重明という真剣師の事である。真剣師とはアマチュアの賭け将棋指しのことである。破天荒な一生は本にもなっている。棋界の活況は悦ばしくとも勝負師とは盤上の勝ち負けはそれを生業とする者の殺し合いである。そこに面白さを超えた凄みという感覚が生じる。小池という真剣師はそれを体現し果てた勝負師だった。

 「聖(さとし)の青春」という作品には実在した村山聖という棋士の一生を描いてその凄みの一端が描かれていた点で秀作と思う。それは羽生との会話を通して描写されていた。

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