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2017年4月 7日 (金)

徳之島西方二0浬(かいり)

 本日は昭和二十年、戦艦大和が特攻で出撃し徳之島沖で空から米軍機、海からは潜水艦による魚雷攻撃により沈められた日である。生き残った吉田満氏の“作品“は文庫で読める。しかし初出の文章はGHQの検閲により日の目を見なかった。それを米国で発見したのは文芸評論家の江藤淳である。その初出の文章は昭和56年9月号の「文学界」に掲載された。それは実に凝縮された漢字片仮名混じりの文章だ。検閲で書き直した文庫の文章とはまるで異なる。それは後に『一九四六年憲法-その拘束 その他』(文春文庫1995年1月10日)に所収された(p395~432)。それを再読し乗り組み員三千余名の鎮魂としたい。

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