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2017年3月24日 (金)

内視鏡(胃カメラ)検査

 昨今の政治状況には呆れるばかり。やっと現政権のいかがわしさが公になり日本国民の怒りが爆発するかと思いきや音なしの構え。それについては改めて論じよう。 
 本日は一昨年の胃がん手術の胃カメラ検査。血圧を計り看護師さんの問診。しばらくして点滴の処置。この病院では鎮静剤を使わない方針らしいがアカショウビンは口から内視鏡を入れて喉から胃、十二指腸を動き回る不快感と痛みを我慢したくないので鎮静剤使用をお願いしている。いま、点滴を脇に置き控室で待機中。テレビは国会中継。“百万円寄付”の経緯が追求されている。アカショウビンの他13人の多くは中高年たちはテレビを熱心な様子で注視している。皆さんご自分の病で大変だが、そのような政権状況の中で生きておられる。それに無関心ではいられないのだろう。点滴はゆっくり我が体内に入っていく。しばらく後に内視鏡が体内に侵入し器官が精査される。がんは再発していないか。医師たちの見落としはないのか。受付の中年女性の機械的な対応の声が疎ましい。点滴パックは“維持液ソルデム3A”。
 11時28分、検査が終了し車椅子で安静室に移動。ベッドに横たわっている。
 時刻は12時40分。約1時間仮眠し目覚めた。点滴の針を抜かれ検査結果を主治医に聞くため待機。いつもの部屋に入ると主治医の穏やかな表情に微細な陰りが。案の定残念な結果を聞かされた。胃の術後経過はもんだいないが喉に5mmくらいの早期ガンが発見されたという説明。昨年別の病院で手術したとき主治医の医師にアカショウビンは喉に〝前がん症状〟のところがあるので再発や新たながんに気をつけなければならないとクギはさされていたのだ。それが事実となったということだ。まぁそれなら仕方ない。次の方策を立てねばならない。来週は幸い下咽頭がん手術の定期検査に行くことになっている。次から次と苦難は我が身にふりかかる。5月中に仮住まいも引き払わなければならない。新たな終の棲みかも探さねばならぬ。愉しみは読書と音楽それに映画だ。検査が終わって図書館に本を返し新たに借りてから友人のN君のお誘いで試写会にも行く。

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2017年3月16日 (木)

命日

 きょうは吉本隆明の命日だという。若い友人からのメールで知った。そうか、そういえばこんな季節だったなと記憶を辿るも既にアカショウビンはアルツハイマーが進行中である。それにしてももう五年が過ぎているのだ。

 今朝の駅売りのスポーツ紙には久保奪還の見出しと渡瀬恒彦死去の大見出し。そうか、王将はカド番を凌ぎ切れなかったか。いちおう記事を読むために新聞を買った。渡瀬氏(以下、敬称は略させて頂く)は胆嚢ガンだったらしい。不思議なことに先日『新仁義なき戦い』(昭和49年 深作欣二監督)の第1作(シリーズ6作目)を借りてきて観たばかりだった。これも何かの縁かもしれない。

 先日は別の友人からメールがきて「あさま山荘事件」の日を知らされた。45年前の2月28日のことだった。友人は失業中の父親とテレビに見入っていたという。そういえば若松孝二監督が撮った作品は何年だったかとレンタルショップに行き借りてきた。2007年制作の2008年公開なのだった。「実録 連合赤軍 あさま山荘への道程(みち))」は若松が撮らずには死ねないといった執念の漲った作品である。

 ここのところアルバイトで体力の消耗甚だしく映画を観る気力も失せていた。しかしこの二本はしっかり観た。近いうちに感想を書く。吉本隆明の著作も久しく読んでいない。「狂うひと 『死の棘』の妻・島尾ミホ」(2016年10月30日 梯 久美子 新潮社)に登場する吉本隆明はしばらくぶりでその名を目にしたことだった。こちらの感想も近いうちに。

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2017年3月 2日 (木)

移民への仕打ち②

 二人への死刑を求刑する検察官カッツマンの論告から再現しよう。(ただし字幕の句読点は少し変えてある)

 「遠い未開の貧国からはるばる来た人々だ。イタリア人やポーランド人、プエリトリコ人などが、この文明国に近づこうと努力する姿は涙をさそう。我々の習慣や知性に順応しようとしている」

 「差別発言だ!」(ムーア弁護士)

 「陪審員の皆さん、弁護人こそ差別しとる。誠実な米国市民の申し分ない証言と哀れな移民を同等に考えとる。移民はわが国の原則を知らん。自由社会の理想や民主主義正義さえを知らん。英語もろくに離せん」

 「差別だ!KKK教団の狂信者と同じだ」

 「こういう連中こそ自由主義の最大の敵だ。思いやりは大切だが危険は避けねばならん」

 「差別だ。KKK団だ」

 「カリフォルニア出身のムーア氏はKKK団と言う・・・だが移民こそ血の絆で結ばれている。イタリア人は血の儀式を行う。〝首長〟の血を〝新入り〟の血に混ぜるのだ。野蛮な未開人だ!」

 アカショウビンが中学生のころ夢中になって観たマカロニ・ウエスタンで強い印象を受けた敵役の名優ジャン・マリア・ヴォロンティ演ずる被告の一人バルトロメオ・ヴァンゼッティは1921年から始まった裁判の13年前に米国に来て魚屋を生業として地道に働いてきたイタリア移民である。故郷のイタリアでは13歳から働き始めた。〝外国人一斉取り締まり〟があると聞いて移民の一部はメキシコに逃げた人々も。靴職人として生業を立てて来た友人のニコラ・サッコもメキシコに逃げたが「生活はできなかった。苦労して技術者になったのに、つまらん仕事しかなかった」。

 これに検察官カッツマンは追い打ちをかけるように激しく法廷に叫ぶ。

 「つまり、米国への愛は仕事と稼ぎしだいなのだ。貴方の米国への愛はドルで勘定できる」

 これにヴァンゼッティが答える。

 「私は1ドルの貯金さえできなかった。私の望みは、皆が食べていけること、子供達が立派な教育を受けることだ。働く者は白人も黒人も同じになることだ。資本家は貯金している間はおとなしいが、突然、戦争を始めて子供達を殺す」。

 1927年4月9日のバルトロメオの最後の陳述は次の通りである。

 「私は無実だ。盗みも人殺しもした事はない。人の血を流したことはない。犯罪をなくすために闘ってきた。その犯罪とは人間が人間を搾取するという犯罪だ。だから私はここにいる。検察官の言ったひと言が忘れられない。『君は金持になろうとこの国に来た』と・・・鳥肌が立つ。金持になるなど考えた事もない。こうして苦しみに耐え罪を受けるのは私が実際に犯した罪のためだ。アナーキストという罪のためだ。私はアナーキストだ。イタリア人という罪のためだ。私はイタリア人だ。だが、私は正しいと確信しているから、皆さんが私を二度殺したら私は二度よみがえって今までしてきた事と同じ事をする。

 ニコラ・サッコ、わが同志ニコラ、話すのは私が得意かもしれない。しかし、いつでも、この男の思いを考えながら話すのだ。皆さんは、彼を泥棒で人殺しだと決めて殺そうとしている。裁判長の身体がちりになり皆さんの名や制度が不幸な過去の記憶でしかなくなった時にも、ニコラ・サッコの名は人々の心に生きているだろう。皆さんにお礼を言おう。我々は哀れな被搾取者にすぎなかった。善良な靴職人、まじめな魚屋。一生かかっても、こんなに世の中の役に立つとは思わなかった。人間の寛容さや正義や理解のために役立てるとは・・・皆さんは哀れな被搾取者の人生に、意義を与えてくれた。

 続けて発言を求められたサッコは、死刑執行前に言いたいことは?と訊ねられて「ノン」とだけ答える。

 刑場に向かう護送車の中からヴァンゼッティが眺める外の景色にエンニオ・モリコーネの音楽が哀切を極める。しかし彼に促されてもサッコは外を眺めようとしない。「外は美しい」と言う彼にサッコは「何を見るというんだ?」と問い返す。「希望を失くしたのか?」「七年もたって?もう終わってほしい」

 サッコにはヴァンゼッティの言う〝希望〟が失くなくなってしまっているのだ。それは〝絶望〟という事なのだろうか。そうかもしれない。しかし、そこには言葉に収まりきれない深い淵に澱のようなものが怒りやあきらめとして時に希望も明滅し不気味に溜まっているように思われる。

 話は前後するが、この裁判には世界中から反対の声が挙がった。裁判でも知事の恩赦への請求が行われた。カッツマンは知事が同席した部屋でヴァンゼッティにそれを伝える。

 「君が闘う権力体系はクーリッジ大統領から判事へ、知事からここの看守へと及んでいる。この体系をどう思うかね?この体系の中でひとつの弱い点にすぎない知事がアナーキストに対して温情をかける力を持つと思うか?これにヴァンゼッティは「我々の罪は殺人ではない。アナーキストという罪だ」。これにカッツマン検察官は更に問いかける。

 「君がアナーキストではないとする。強盗殺人だとしよう。世界中にこれほどの反響が起こるか?起こりはしない。君はあたり前の一市民ではない。アナーキストだ。世界中に運動が起きている。温情措置は反権力運動に水をさすのでは?弱さととられるかもしれん」。

 ヴァンゼッティ 「正義を話したかっただけだ」

 カッツマン 「正義は、権力体系の一部では?こんな状況でも君が権力者なら恩赦を与えるか?」

 ヴァンゼッティ 「私は正義の証明がほしかっただけだ。貴方がたは改めて教えてくれた。権力体系は暴力の上に成りたっていると・・・」

 カッツマン 「アナーキストの君が暴力を論じるのかね?」

 ヴァンゼッティ 「七年前から同じ言い方だ。もう一度言っておく。貴方がたが強制する社会を我々は破壊したい。暴力の上に成る社会だからだ。生活に窮するのは暴力だ。何百万人の人が飢えに苦しむのは暴力。金銭も暴力。戦争も。日々に味わう死の恐怖も。それも暴力なのだ。フラー知事、なぜ言ってくれないのです?〝ヴァンゼッティ、請求は却下された〟と」。

 それに知事は「決めかねていたのだ」と答える。検察官カッツマンは勝ち誇ったように、「君はシンボル的な存在だ。しかし死刑囚でもある。君なら、どちらを助けるかね?死刑囚か?シンボルか?」

 この遣り取りのあと、独房に戻り、向かいの独房のサッコにヴァンゼッティは話しかける。

 「君が何も求めなかったのは正しい。奴らはただの人殺しだ」。

 独房でサッコは息子に手紙を書く。妻と面会に来ても裁判や父の現状を理解できない年頃で父親に近づこうとしない息子に。

 「息子よ。昼も夜も、お前たちを思った。自分の生死も分からなくなった。お前とお前のママを抱きしめたい。許しておくれ。この不当な死のためにお前は幼くして父を失う。彼らは我々の身体を焼くが、我々の信念は焼き尽くせない。それは若者に受け継がれる。お前のような若者に・・・覚えておけ息子よ、利他する幸福は、ひとり占めにするな。へりくだって隣人を思いやれ。弱い人、悲しむ人を助けよ。迫害される人に手を貸せ。彼らこそ、真の友人だ。覚えておけよ。利他する幸福を。忘れるな、利他する幸福を。我々の信念は崩せない。未来の若者に受けつがれる。お前のような若者に・・・」

 サッコは電気椅子に座らされる。「さよなら わが妻よ 息子よ。わが同志よ」

 上半身を縛られ、眼の前に覆いがかけられる。映像は映画の冒頭のシーンのように白黒になっている。画面はヴァンゼッティに変わる。独房から出されるヴァンゼッティ。陪審員たちに正面し、小さく頷く。12時10分を指す時計。その下の陪審員たち。顔に覆いをかけられるヴァンゼッティ。画面は暗転し、「法の定めにより、死を宣告する」のナレーション。クレジットが流れるなかジョーン・バエズの懐かしい歌声が響く。

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